第264話 災厄を迎え撃てーliar
地を這うように迫りくる槍は獰猛な猛禽類の如くその穂先を開き、天より落ちる蛇の刃は獲物を刈ろうと鈍く輝く。
これまでの戦いにおいてジルの契約武器、『
それなのに、今テレサに迫りくる武器は二つ。
そう、ジルは奪った武器を同時に発動できたのだ。
テレサの貌に焦燥が広がる。逆にジルはこの上なく笑顔だった。
奪うことを愉しむ男、ジル・ド・ラヴァール。
この戦いではそんな彼が奪われ続けていた。魔力、血液、矜持、尊厳。
彼の腸は煮えくりかえっていた。
さぁ、死ね。手足を千切って、臓物を撒き散らして、断末魔を上げて、その貌を歪めて、醜く死ね!
ジルはこの瞬間、己の腹に空いた風穴の痛みすら忘れていた。それほど狂喜していたのだ。
一方で、テレサは焦っていた。が、冷静だった。
予想の範囲でしかなかったのだから。
テレサは傘を閉じて地面に刺し、左手で指鉄砲を作った。
そのままグーロに照準を合わせる。
「
テレサの周囲に水滴が幾つも生まれ、そこから水の弾幕が一斉に放射された。
それは嘗て、ウィー・ステラ島でパーシヴァルを救った
水の弾丸は空中で一つとなり、巨大な水の塊となる。
その塊がグーロを弾き飛ばした。
弾き飛ばしてなお、水の追撃は止まず、地面を抉りながらグーロを遠くへ、遠くへと弾いていく。
元来、攻撃と回復を同時に行う創成魔法だが、今は無慈悲に物体を穿つ水の弾丸と化し、標的もろとも、射程範囲内の地面を抉り、掘削していった。
その威力は過去に見せたそれとは比べ物にはならない。
通常は周囲一帯に降り注ぐ形式の攻撃方法だが、それを一つに集約することで威力と速度を格段に向上させたのが『渦重』百パーセントだ。
無論、『
流石の契約武器と言えど、この圧倒的攻撃力の前では無惨にも地面を転がるしかなかった。
しかしまだ脅威は去っていない。
テレサはすぐに空を見上げる。
もう寸でのところまでピュートーンの刃が落ちてきていた。
テレサは右手に持つ刃に魔力を込める。
「『
瞬間、剣先から黒い水が生み出された。光沢のある黒い水だ。
テレサは剣を振るってその水を拡げる。
それは空中にて膜となった。まるで墨をぶちまけたかのような異質な膜だ。
その膜が黒い蛇にぶつかると同時にガチガチと固まっていく。
「何!?」
ジルは驚き、笑顔が消えた。
左手の籠手に魔力を込めるも、黒い蛇のギロチンはそれ以上進まない。
「は!」
ジルは気付いた。
左手の籠手、『ピュートーン』の魔力が吸われていることに。
「まさか、攻撃を受けているのか!?」
『
黒い水の膜で敵の攻撃を防ぐ防御の創成魔法だ。
防御に使われる膜を形成する黒い水にはエンプーサの衝撃波を内包している。
つまり、防御によって相手の攻撃を受けた際、その攻撃を防御しながらエンプーサで攻撃している状態になっているのだ。
これにより、エンプーサの魔力吸収の条件を満たすことができた。
即ち、防御と同時に相手の魔法攻撃を吸収しているのだ。
黒い蛇のギロチンがどんどん、消えていく。魔力を奪われているからだ。
最早、ギロチンを維持する力もなく、蛇は靄となって掻き消える。
「くそが!」
ジルは怒りのまま『ピュートーン』を消し、銀の剣を携えた。
そして、風魔法を己の足に施し、空中にて留まる。
テレサは右手に剣を携え、一気に飛んだ。
ジルと同じように風魔法を己の身に宿し、凄まじい速度でジルを狙う。
「ちぃ!」
空中で二人の攻撃がぶつかり合った。
そこが地上と見紛うほど、お互い軽快な動きだ。
剣劇の光と音が何度も響き渡る。
しかし、腹に風穴が開き、魔力を奪われ続けたジルは目に見えて劣勢だった。
「おのれぇぇぇえええ!」
ジルの怒号が木霊する。その勢いのまま乾坤一擲の一撃を放った。
だが、テレサはそれを軽やかに躱す。
そのままカウンターの一撃を繰り出そうとしたとき、ジルの視線が不意にテレサから外れた。
テレサの攻撃の手が止まる。嫌な予感がしたのだ。
その視線の先に会ったのは電撃によって弾かれた赤い盾、ナラシンハだった。
「撃て! ナラシンハ!」
その声と共に赤い盾にある獅子の口から炎の塊が射出される。
煌々と燃える炎の弾丸が無慈悲に空中のテレサを狙った。
ただ、テレサはどこまでも冷静だった。
彼女は指をパチンと鳴らす。
それに呼応して地面に刺さっていた傘が空中へと飛び上がった。
そして傘の幕を開き、ナラシンハの攻撃を防ぐ。
炎はエンプーサに吸われ、虚しき消えた。
ジルの貌がみるみる蒼褪めていく。最後の奇襲が防がれてしまったのだから。
「貴方の狙いはわかっていました。だから、エンプーサの片方をわざと地面に残したのです。この『罪人の声援』の中ならエンプーサの片方を手放しても簡易的な操作は可能ですから」
テレサは懇親の一撃を見舞った。
鋭い斬撃がジルを切り裂く。
「がは!」
ジルはそのまま無様に地面に落ちた。
咄嗟に魔法を発動して墜落死を免れる辺りは流石か。
対称的にテレサはゆっくりと悠然と降り立つ。
『罪人の声援』のもう一つの効果。それがこのエンプーサの遠隔操作だ。
この『黄金の魔法陣の中』という条件付きでだが、テレサの意思によって仕込み傘をある程度動かすことが可能なのだ。
また簡易的な魔法攻撃ならエンプーサの特性である吸収も発動できる。
まさに奥の手だ。
テレサは剣の切先をジルに向ける。
虫の息のジルは屈辱に塗れた貌でテレサを見上げた。
自慢の青い髭は己の赤い血で穢れている。
先程のように自分の血で魔法陣を描き、魔法を発動しようと試みるがテレサの殺気がそれを許さなかった。
もう、小細工は弄せない。
「貴方がこれまで奪った
テレサは淡々と話す。
その言葉一つ一つがジルのプライドを穿っていった。
「一つ消しては一つ現れる。その動作を見せるのが余りにも不自然。隠しておいたほうが得策ですからね。それに貴方と戦う中で契約武器が消えるタイミングがそれぞれ違っていました。新しい契約武器を出してから消えるときもあれば、消えてから契約武器を取り出すときもありました。その辺りから、あぁ、この人は嘘を吐いているな、と思っていました」
テレサの貌が笑みに満ちていく。
その笑顔はジルのプライドをさらに深く、深く、削った。
「ですので、常に貴方が契約武器を複数発動できると思って戦っていました。案の定、貴方は契約武器を複数発動しました。焦りはしましたが、想定の範囲内。あとは、どこにどの武器が落ちていたかを把握していれば対処など造作もないこと」
テレサはニッコリと嗤う。
それは今までの意趣返しのつもりだったが、ジルは精神が崩壊しそうになるほど悔しかった。
奥歯が割れんばかりに噛み締めて、テレサを見上げていた。
その瞳は今まで以上に憎悪の火を宿している。
「さぁ終わりにしましょう。もう殆ど魔力もないでしょう。決着の時です」
テレサは構えた。
ジルは声にならない獣のような雄叫びを上げる。
決着の時。
そう思われた……
「がは!」
突然、テレサが血を吐く。
訳もわからず、己の身体を望むと、自分の身体から無数の鉄の刃が飛び出しているではないか。
鮮血が、肉片が、地面を染めていく。
ジルはこの上なく嗤っていた。テレサの血に塗れながら。
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