第263話 災厄を迎え撃てーreduction
テレサとジル、二人の周囲を囲むように黄金の魔法陣が輝き出す。
ジルが慄きながら、赤い盾を構えた。
そこへテレサが一気に駆ける。
「はぁぁぁあああ!!」
裂帛の気合と共に仕込み傘の鋭い刃が煌めいた。
「ぬぅ!」
ジルは盾でその刃を受け止める。
金属と金属がぶつかり合う音が響き渡った。
テレサの刃は黄金色に輝いている。
ジルの顔に焦りが生まれた。
「は! 『
バチバチと迸る電撃。
雷の魔法がその剣に宿っていたのだ。
その電撃は意思があるかの如く、剣から盾へと流れていく。幾重にも重なって。それは凄まじい速度だった。
「ちぃ!」
ジルは咄嗟に盾を離す。
テレサはその盾を電撃の力で弾き飛ばし、間合いを詰めた。
ジルは即座にまた銀色の剣を取り出す。が、遅かった。
テレサは閉じた傘でその剣を弾く。
銀色の剣は虚しく地面を転がった。
ジルは目を見開く。
テレサの動きは二刀流のそれだったからだ。
さっきまでは剣と盾という役割をしていた仕込み傘だが、今は剣と剣のような二刀流の形になっていたのだ。
その動きに対応できずジルは武器を失ってしまう。
「は!」
テレサは傘を開く。
一瞬で開いた傘によってジルの視界は完全に防がれた。
「何!?」
これによってジルはテレサの動きがわからなくなる。
鋭い刃の一撃が自分のどこに向かってくるのか、判断ができなかった。
ジルの脳裏に初めて恐怖が過る。
「せいや!」
傘の幕の一部が破れた。
そこから煌めく刃の一突きがジルの腹部目掛けて飛来する。
「ぐぅ!」
ジルの腹に風穴が開いた。
血が刃に滴り、大量の魔力と血液を奪っていく。
テレサの渾身の一撃がとうとうジルを穿ったのだ。
「ぐぞがぁぁぁあああ!」
吠えながらジルは黒い槍、グーロを取り出しそのままテレサへと攻撃する。が、テレサは即座に剣を抜き、その攻撃を傘で受け流した。
ジルは憤怒の貌で睨みつけながら、グーロに魔力を流す。
すると、またグーロの先端の穂先が嘴のように開き、さらに柄の部分が伸びた。
そのままテレサに向かって槍が走る。
「は!」
テレサは無詠唱で『
先程の黒い蛇と同様、グーロは空間に固定され身動きが取れなくなる。
「なんだと!?」
ジルは焦った。
何故? 先ほどは発動に詠唱を必要としたはず。それが今は詠唱無しで発動しただと?
困惑するジル。
テレサはそれを嘲笑うように笑顔のまま再び間合いに入る。
「は!」
その勢いのまま美しい軽やかな剣の連撃を見舞った。
「ぐふ!」
ジルの身体にバツの字が刻まれる。
血を吐きながら、膝をついた。
しかし、その眼は未だ憎悪に満ちている。
「くそ……」
地面に広がる赤い血。
ジルはその己の血で魔法陣を即座に描き、魔法を発動した。
「おのれ!」
爆発の魔法だった。
だが、テレサはそれをすぐに理解し、後ろに跳んで回避した。
ドーンと爆音が響く。
爆炎と粉塵が仄かに舞った。
再び、二人の間合いが開く。
ジルはゆっくりと立ち上がった。
青い髭を己の血で汚しながら憎悪の眼でテレサを瞠目している。
一方でテレサは冷静にジルの動きを見ていた。
その剣の切先はジルの心臓を狙っている。
憤怒に塗れるジルだが頭は意外にも冴えていた。
怒りとは裏腹に『殺したい』と思うほど頭は冷えていく。どうやって殺そうか、どうやってこの留飲を下げようか、そう考えるほど冷静になっていった。
その頭で漸くジルは周囲で輝く魔法陣の効果を理解し始める。
先程、テレサは詠唱を必要としたはずの創成魔法を今回は詠唱を無視して発動していた。
エンプーサの能力は魔力と血液の吸収。
吸収であるなら、逆もまた然り……
しかし、ただ吾輩の魔力を使っただけなら先ほども詠唱無しで魔法を発動できたはず……
ならば、この魔法の結果は……
魔力と……血液……
そうか!
ジルの脳が正解に辿りつく。
「魔力だけでなく、血液も使ったか!」
テレサは心の中で「正解」と呟いた。
『
それはテレサが開発した魔法の中で最高傑作の創成魔法だ。
本来、エンプーサが吸収した魔力は術者であるテレサに還元される。これは血液も同じでどんな血液型であろうと、エンプーサを通じて血液型を変更されテレサに輸血された。
大怪我を負ったときなどに重宝される能力だが、単純戦闘においては重要視されない。
そこでテレサはその血液の返還を魔力の返還に変えてしまおうと考え創成魔法を開発したのである。
そうやって生まれたのが『罪人の声援』だ。
この魔法陣の中にいる間のみ、エンプーサによって奪った血液が魔力に変換されテレサに還元される。
ただ、血液全てが魔力になるわけではない。また変換してしまった血液は血液に戻せないので輸血の能力はなくなってしまうという弱点もあった。
それを踏まえても強力な創成魔法に変わりはなく、この魔法陣の中ならテレサは無詠唱で強力な創成魔法を発動できるし、また超級魔法も通常よりも楽に撃てるようになっていた。
これは余談ではあるが……
己の攻撃によって地面に魔法陣を描き、別の魔法を発動する。
それは嘗てクレアがアルノーの森においてハンマー・コングにした芸当だが、その師匠は言わずもがなテレサである。
通常の攻撃によって次の攻撃の準備をするのは彼女の得意戦術だった。
テレサの身体は今、奪ってきた魔力で満ちている。
潤沢な魔力によって彼女の攻撃力は膨大に増えていた。
テレサの目がキラリと輝く。
右手に剣を携えたまま、ジルに向かって翳した。
「超級魔法! 『
テレサの周りに巨大な火柱が三本生み出される。
それらは円錐の形となり、ジルに照準を向けた。錘の部分がキラリと光る。
テレサが指を鳴らした。
火柱たちは一斉にジルに向かって発射される。轟音を掻き鳴らして。
「グーロ!」
ジルが叫んだ。
それに呼応してグーロの槍が伸び、ジルを持ち上げる。
空に逃げたジルはそこで空間の扉を開きそこからあの黒き蛇を生み出す籠手を取り出した。
再びそれを左手に装着し地上のテレサに向ける。
「ピュートーン! 『
籠手の六つの隅にある頂点から黒い靄が猛スピードで飛び出した。
それらは交わりあっという間に一つの蛇になる。
その巨大な黒い蛇が咢を開き、テレサに迫った。
「弾けよ」
テレサはまた指を鳴らす。
瞬間、目標を失ったはず火柱の後方部分が爆発した。
その爆炎があっという間に広がる。それは綺麗な水面に絵の具を垂らしたときのようで、赤と黒の炎が空間一面を染めていった。
その炎がテレサを襲う黒い蛇を焼き尽くす。
恐ろしいほどの火力に蛇は忽ち灰と化した。
「な!」
ジルが驚く。まさかこんな方法で己の攻撃が防御されるとは思っていなかったのだ。
そんな中、テレサは既に次の攻撃魔法のスタンバイに入っている。
片や、空中において逃げ場のないジル。
だが、その口は嗤っていた。
「やれ! グーロ!」
「ん!?」
テレサの目が見開く。
地面に落ちていたグーロがジルの言葉に反応して穂先を伸ばした。咢を開いて。
テレサは即座にその槍を迎撃しようとする。
その時だった。
「ピュートーン!」
「え?」
テレサは驚き空を見上げた。
なんと、ジルの左手の籠手が消えていない。
グーロが発動したままにも関わらず。
さっきまでは一つずつしか発動していなかったはず……
テレサの脳裏に焦燥が過る。
「斬り殺せ! 『
籠手から排出される黒い靄がまた数多の蛇を生み出す。
その蛇たちは連なり、一つの大きな刃となった。
黒い刃だ。そして、大きい。テレサの身体を容易く両断するほどの大きさだった。
その表面には蛇のような鱗がびっしりと備わっている。掠めるだけで皮膚を削がれそうだ。
その刃が無慈悲にテレサに向かって降り注ぐ。
宛らそれは処刑具、ギロチンのようだった。
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