第262話 災厄を迎え撃てーcollection

 幻獣、スプリガンが不気味に嗤う声が響き渡る。

 それは堪らなく不快だった。黒板を爪で引っ掻くような、皿に直接ナイフとフォークを擦るような、途轍もなく不快なものだった。


 その契約者、ジルは空間に生まれた扉の中から何かを取り出す。

 銀色の剣だった。持ち手も刃も全てが銀色で濃淡しかない。一見すれば模造にも見える。

 その剣を右手に携えた瞬間、左手にあった手甲が消え、黒い骨の蛇も消えた。


「これは三十年ほど前に奪ったものだ」


 剣を地面に刺し、ジルはまた空間の扉の中を弄る。

 次いで出してきたのは赤い盾だった。盾の中央には獅子の意匠がある。

 それを左手に装着すると、地面に刺さっていた剣が消えた。


「これは四十年ほど前に奪ったものだ」


 ジルはまた空間の中に手を伸ばす。

 次に出してきたのは漆黒の槍だった。何の変哲もない。

 そして盾が消える。


「これはカーリー・ガンの戦いの中で奪ったもの」


『奪った』。

 そう言いながら自慢の武器を見せびらかすジルの貌はこの上なく愉悦に満ち満ちていた。

 子供が新しい玩具を自慢するような無邪気さ。それでいて、他者から『奪った』という行為に何ら罪悪感を抱いていない傲岸さ。

 それらが混ざり合った貌にテレサは嫌悪感で溢れていた。


「他人の契約武器を奪ってきたのですか?」


 テレサの問いにジルはニッコリと笑う。


「あぁ。それが吾輩の契約武器の能力だ」


 テレサの背中に恐怖が這った。


 元来、契約武器にはある程度不思議な特性が備わっている。

 それは契約している幻獣の魔法とは違うもので例を挙げるならデイジーの契約武器、可変式手甲チェンジ・ガントレットの『変形』やパーシヴァルの契約武器、鎖付鉄球モーニング・スターの『爆破及び再生』などだ。

 ただ、これらは武器としての特徴という側面が強い。

 

 だからこそ、眼前のジルが契約したスプリガンの契約武器が異常なのだ。


 異常であり、異質。

 あまりにも異端すぎる。


「君のその傘も欲しいな。吾輩の新たなコレクションに加えたい」


 ジルは今まで以上に嗤い、テレサの仕込み傘を指さした。

 

 瞬間、テレサの中に虫唾が走り、悪寒で身体が震える。

 厭悪という言葉では表現しつくせない屈辱にも似た感情がテレサの脳を焼いた。

 怒りと憎しみが一瞬で沸騰する。


 それを呑み込み、テレサは再び冷静に、敵であるジルを瞠った。


 ジルは厭らしく嗤う。テレサの感情の機微を弄ぶかのように。


 その上で新しく出した槍の穂先をテレサに向ける。

 ジルは笑みを消した。代わりに純然たる悪意でテレサを射抜く。


「成程、その能力故に貴方は『蒐集家コレクター』……なのですね」

「あぁ。その通りだ」


 他人の契約武器を奪い、集める。だから『蒐集家』とはなんとも傲慢な肩書だ。

 テレサはそう思いながらジルの武器を観察した。


 ひと時の沈黙の後、ジルは槍を思い切りテレサに向かって投げる。


「喰い千切れ! 『グーロ』!」


 槍は投じられた瞬間、穂先の部分が上下に分かれる、それは宛ら鳥の嘴のようだった。

 そのままテレサを狙う。


「せい!」


 テレサは契約武器である傘を天に掲げそのまま凄まじいスピードで回転させた。

 その傘の回転に合わせて、風が巻き起こりやがて強烈な竜巻となる。

 

「そんな風では防げんよ」


 ジルはまた嗤った。

 一方でテレサは至って冷静だ。


「えぇ、重々承知しております」

「何!?」


 テレサの身体が風に合わせて浮き始める。

 そのまま竜巻に呑まれ、一気に空中へと上昇した。


 その風に煽られ、グーロの槍は失速しテレサがいた場所に虚しく穂先から突き刺さる。

 肝心のテレサは上空にて傘を畳み、その石突の先をジルに向けていた


「エンプーサ! 撃て!」


 先から強烈な矢が何十本と降り注ぐ。

 ジルは咄嗟に空間の中にあった赤い盾を取り出し、その攻撃を防御した。


 土煙が舞う。


 テレサは地面に優雅に降り立つと同時に、仕込み傘の持ち手を引き、刃を抜いた。

 そのままジルに向かって特攻を仕掛ける。


 ジルは赤い盾を消し、空間の中から銀色の剣を取り出すとテレサの猛攻をその剣で受け止めた。


 ずっと遠距離戦を演じていた二人がとうとう近接戦に雪崩れ込む。


 凄まじい剣劇の繰り返し。合わせて金属がぶつかり合う甲高い音が木霊する。


「ぬぅ……」


 徐々にテレサの攻撃がジルを追い詰めていく。

 ジルはどこかで魔法を発動し、この状態から脱しようとするが、テレサはそんな隙を与えない。


「おのれ……」


 もうその貌に笑みはない。

 焦燥の色が広がっていた。


「は!」


 果敢に攻めるテレサ。

 そうして、ついに均衡は崩れた。


 テレサの攻撃がジルの右腕を霞める。

 赤い血が数滴、宙を舞った。


 さらに一撃。また一撃とテレサの剣がジルの身体を切り裂いていく。

 全て、浅い攻撃だ。

 しかし、エンプーサの能力によってジルは攻撃を受ける度に微量とはいえ魔力と血液を奪われている。


『奪う』ことを得意とする『蒐集家』が奪われているのだ。

 ジルの目にまた憤怒と憎悪が迸る。


「貴様ぁ!」


 怒号を吠えるがテレサの攻撃のほうが強い。


「吾輩から奪うことは許さんぞぉぉぉ!」


 ジルは銀色の剣を思い切り振るが、テレサは難なくそれを往なし、乾坤一擲の一撃をジルに与えた。


「せいや!」


 テレサの刃がジルの右肩を穿つ。

 鮮血が飛び散り、ジルの呻き声が響いた。


「おのれ……」


 先程とは比べ物にならない倦怠感がジルを襲う。魔力と血液を一気に奪われたのだ。

 ジルは痛みに耐え、己から身体を引き、仕込み傘の刃を自ら抜いた。

 刺さったまま魔力と血液を奪われることを忌避したのだ。

 それでも抉れた肉の痛みと『奪われた』という屈辱がジルの肉体と精神を破砕した。


「許さん……許さんぞぉぉぉおおお!!!」


 怨嗟に近い怒号を放ちながらジルは赤い盾を取り出す。その盾の中央には獅子の顔がテレサを見据えた。

 途端に盾に施された獅子の口が開き、そこから火炎の塊が放たれる。


「焼き殺せ! 『ナラシンハ』!」


 ジルの背後にはいつの間にか幻獣がいた。

 赤茶色い肉体をもつライオンだ。人のように二本の足で立ち、その貌の周りには雄々しい鬣があった。

 だが、その眼は死んだように昏い。

 覇気は一切なく、俯いている。

 それは死した肉体を無理矢理立たされているようで、侘しさと寂しさが醸し出されていた。

 隣で嘲笑うスプリガンと比べるとなお一層その悲壮感が際立っている。


 テレサは迫りくる火炎の塊を傘を回転させ弾いた。

 地面を焦がす炎。


 だが弾かれた炎が再び、テレサに向かって飛ぶ。


「この炎は貴様を焼くまで止まらぬ! やれ! 『爆暴燐炎舞バーバリー・フレア』!」


 テレサは傘を今一度天に翳し、また回転させた。


 ジルはまた風か、と思う。が、その予想は外れた。


 傘の露先の部分から光の刃が放出された。光の刃が炎の攻撃を迎撃しながら地面に突き刺さっていく。

 炎は掻き消えるが、また火力を戻そうとした。

 ところが、戻らない。

 

 そのまま何度も光の刃に切り裂かれやがて鎮火した。


「ちぃ、魔力の吸収は魔法そのものにも適応されるのか!」


 これはジルの言った通りだ。

 エンプーサの攻撃によってダメージを負ったものは魔法であっても吸収される。

 魔力の塊ともいえる魔法であるならば、魔法使いに対してよりもより多く魔力を奪われる。

 その結果、相手を焼き尽くすまで消えない炎ですら消してしまうのだ。

 源となる魔力を奪うが故の芸当である。


「ん?」


 不意にジルは気付いた。

 テレサの光の刃が消えていないことに。

 地面に刺さった光の刃が伸び、何かを形成していた。


 これは……魔法陣!?


「しまった!」


 気付くのが遅かった。

 すでに魔法陣は完成していた。


 攻撃を防いだだけではない。

 テレサは次なる攻撃の準備を済ませていたのだ。


「創成魔法……『罪人の声援シン・ジャー・エール』」

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