第261話 災厄を迎え撃てーorigin
創成魔法。
これをオリジンという。
一から魔法を作り上げ、完全な独自性が認められた魔法にのみ冠することを許された名前である。
ただ、魔法の世界であるガイザード王国にて新しい魔法を作ることは然程難しいことではない。
それまでに無い演算式を組み立て、魔力を調整すれば容易く新しい魔法は生み出せた。
だが、その殆どが現存している魔法の劣化となる。
現在まで受け継がれている魔法は、生み出された後長い歴史の中で改良され続けたものばかりだ。
つまり洗練され研鑽され続けた魔法ということになる。
一朝一夕で生み出した魔法などその下位互換に過ぎず、その労力を考えれば独自に魔法を生み出すよりも既存の魔法を習得し、伸ばしていく方が理に適っている。
どの時代も、どの世界も、効率は最も重要視される
それはこの魔法の世界でも当てはまる。
そんな中、テレサは既に百以上の創成魔法を生み出し、その全てが既存の魔法と遜色ない性能を誇っていた。
彼女が生み出す魔法は全て、今までになかった魔法ばかりでその効果も特性も一線を画すものばかりだった。
それでも彼女のやっていることは意味がないという者も少なからずいる。
その根本にあるのが『契約』だ。
この存在が彼女、引いては創成魔法を下火にした最大の原因だった。
『契約魔法』は今まであった全ての魔法を下位へと追いやってしまった。
いくら優秀な創成魔法を生み出しても『契約』の前では霞んでしまう。
このため、『契約』が発見されて以降、『創成魔法を生み出すよりも今ある魔法を多く習得し、熟達していくほうがいい』という方向に拍車がかかってしまったのだ。
もし、『契約』が存在しない世界だったら、彼女はきっと英雄になれていただろう。
いや、彼女が望むならば『神』に近い存在にもなりえたかもしれない。
ただ、テレサ・パーヴォライネンはそれを望むような性格ではないのだが。
とある異邦人は言った。
『魔法の世界における魔法は、元いた世界でいうところのクラシックの音楽のようなものだ』と。
クラシック、即ちバロック式音楽。
それを現在、新しく作ろうとは思わないだろう。
それよりも著名な音楽家が作った今ある音楽を自分なりに演奏する方が大事だ。
それはある意味で正しい。
そうした認識の中、テレサはこの時代にあったクラシック音楽を作り続け、そしてそれが大衆を魅了し続けているのだ。
そう考えれば、如何に彼女が天才なのかがわかるというもの。
創成魔法は契約魔法と違い、その式を公表すれば原則、誰でも発動できる。
習得できるか、上手く発動できるか、といった問題はあるものの、魔法の熟練者であれば魔法として発動することが可能だ。
契約がない時代ならば、素晴らしい創成魔法を一つ生み出し発表すれば名声が手に入った。
そんな中、テレサは実戦の場で相手の契約魔法を己の創成魔法で何度も食い止めてきた。
今し方、使った『
彼女の自慢の創成魔法である。
『穏便な葬壇』は自分の周囲の空間を捻じ曲げ、それによって相手の攻撃を止める。
条件に『相手の魔法』を組み込むことでどんなに強い魔法でも動きを止めることができるようになっている。
また、それは契約魔法であっても固定化が可能だ。
さらに指印で演算式の一部を省略できるようにもしており、咄嗟の防御にも使えるよう工夫している。
『劫火と轟雷』は炎魔法と雷魔法を混ぜた超高火力の攻撃魔法。
多くの魔法使いは炎と雷の魔法を混ぜるだけだが、テレサはこの二つを完全に混ぜず、間に斬撃の魔法を組みこんでいる。
これによって攻撃の威力と速度を向上させ相手に命中したときに炎の火傷、雷の感電に加え斬撃によるダメージも同時に与えることが可能になっていた。
さらにこの魔法の恐ろしいところはエンプーサの衝撃波とも混ぜることができ、敵本体に命中していればダメージ量の増加によって多くの魔力、血液を吸収することも可能だったのだ。
発動の際の詠唱も簡略しているのも特徴である。
現代の魔法戦においても契約魔法に対抗できうる創成魔法を生み出す天才。
それがテレサ・パーヴォライネンだ。
故にガイザード王国から与えられた渾名が『
そんな歴戦の猛者たる彼女ですら、不安を抱く相手。
ジル・ド・ラヴァール。
その貌は怒りに塗れ、その眼は憎悪を孕み、身体全体から殺意をばら撒いていた。
よく目立つ青い髭も今は唯々、不気味にしか映らない。
「吾輩としたことが……つい、忘我の果てに感情に呑まれてしまった。失敬、失敬」
ジルは右手で己の青髭を撫でる。
一挙手一投足が芝居臭い。
その声は低く、昏く、深く、澱んでいるような気がした。
スプリガンはそんなジルの後ろでクスクスと嗤っている。人の神経を逆撫でするような厭らしい笑い方だ。
「ん?」
そこでテレサは気付く。
そのスプリガンの横にいつの間にかもう一体、幻獣らしきものがいることに。
「え? そんな……まさか……」
それは骨の蛇だった。頭から尻尾まで全部が骨だ。が、色は漆黒に近い黒。
頭を垂れ、まるで覇気がない。
しかし、その身体から溢れ出るのは幻獣特有の神秘的なオーラだった。
ありえない。
本来、契約は一人につき一つ。
これは絶対のルールだ。
それなのに……何故?
二匹目の幻獣がいるのだ?
理解が追い付かないテレサの蟀谷に冷汗が流れる。
『テレサ……テレサ……』
不意に自分を呼ぶ声にテレサは反応した。
シャロンの声だ。
「シャロン先生!?」
アイガのブレスレットにあった通信魔法であることを理解したテレサはジルを睨んだまま応える。
『テレサ先生、やっと……繋がりました。どうやら敵が新しく
成程、それでシャロン先生からの通信が途絶えていたのか。今も、向こうの声は聞き取りにくい。
テレサは納得しつつ、相手の魔法技術の高さに驚いていた。
新たなる妨害魔法が発動されている。
それは実際とんでもないことだった。
後出しで現在発動している魔法を妨害するのはかなりの高等技術だからだ。
『テレサ先生、アイガに聞きましたが、先生がジルの相手をしているのですね』
「はい、恐ろしい相手です」
テレサは率直な意見を述べた。それは嘘偽りのない正直な感想だ。
『わかりまし……妨害……で端的……言い……ジルの契約……の本……は『奪取』で……あい……は他人の……契約武器を奪えます……』
「は!?」
シャロンの通信はさらに聞き取りづらくなっていく。
しかし、その中で耳を疑うワードが拾えた。
『相手の契約武器を奪える』
何を言っているんだ。自分が聞き間違えか?
だが、それならばあの蛇の出現も頷ける。
奪われた契約武器の幻獣……
「契約武器を……奪う?」
つい口から洩れてしまった。
それは空気を伝ってジルの耳に届く。
「ほう、吾輩の能力に気付いたか? いや違うな。シャロンか。全くあの女狐め。まぁ、タネがバレたなら隠す必要もないか」
ジルは右手の鍵をこれ見よがしに前に翳した。
「吾輩の契約武器はこの鍵ではない。これは吾輩の契約武器を発動するための文字通りのキーなのだ」
ジルはまた空間に鍵を指す。
瞬間、空間に長方形の光の線が走り、扉のようなものが現れた。先ほどと同じだ。
後ろにいたスプリガンがクックックッと不気味に嗤う。
「吾輩の契約武器は『
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