第260話 災厄を迎え撃てーfeint
現にクレアも『部分解放』という条件はあるが、迦楼羅天を召喚せずにその契約武器の力の一部を行使している。
その技術をクレアに教えたのが何を隠そうテレサだった。
クレアの場合、当時の話だが完全解放すると上に着ている服が弾け飛び、胸部が露になるというデメリットがあった。
また巨大すぎる契約武器のせいで移動が制限される。加えて目立つ。など、発動することに躊躇いが生まれる原因が幾つも存在した。
そのため困っていたクレアに、テレサが手解きをしたのだ。
本来の性能の半分も行使できない。
幻獣を召喚しないメリットは、虚を突けることくらいか。
特にテレサの場合、日常で使う道具に近い契約武器のため既に発動している場合だと完全に相手の裏を取れる。
さらに今回のような魔法戦であっても、幻獣がいないため使っている武器が契約武器とは認識されにくいという点もある。
ただ、戦闘においてはこの程度くらいだろう。
魔力の消費を抑えられるわけでもないし、幻獣を召喚した方が効率は遥かに良い。
クレアくらいデメリットがあるならば、幻獣を召喚しないという手はあるが、それはあくまでも例外だ。
そう、通常の場合は。
その思い込みを利用して、テレサはジルに一撃を与えたのである。
ずっと持っていた傘だからこそ、契約武器ではないと思い込ませたのだ。
まだ、テレサは契約を発動していないと誤認させたのだ。
一撃。
その一撃がテレサにとっては重要だった。
エンプーサの力を使うために。
「意外と狡いじゃないか」
ジルは左腕の傷を見る。
掠り傷程度だが、血が滴り、服を赤く染めていた。
「戦場においては騙される方が悪いんですよ」
テレサはゆっくりと構える。
その佇まいは只管に優雅だった。
「怖いことを言う……ん?」
喋っている最中、ジルは違和感を覚える。
なんだ? この感覚は?
左腕に一撃を受けただけのはずなのに。大した怪我ではないはずなのに。
まるで傷口を直接触れられているような不快感があったのだ。
ジルはもう一度左腕の傷を見る。
既に血は止まっていた。
おかしい。
血が止まるのは速すぎだ。
別段、回復系の魔法を使ったわけではない。
傷の威力からして、もう少し血が流れてもおかしくはない。
それに微量ながら己の魔力の感覚にもズレがあるように感じていた。
ちぐはぐな感覚だ。
受けたダメージと今の結果が釣り合っていない。
これは……
まさか……
「貴様! 魔力と血液を奪ったのか!」
ジルの言葉にテレサは構えたまま頷く。
「えぇ。それがエンプーサの能力。与えた傷に応じて魔力と血液を吸収します。しかし……その程度なら奪ったのは極微量だったはず。それでエンプーサの力を当てるとはお見事ですね」
最後は皮肉だった。
後ろでエンプーサはプププと嗤っている。
これがエンプーサの能力だ。
契約武器の
その能力の特殊性故に、テレサは『吸血鬼』と呼ばれていた。
ガイザード王国より賜りし渾名が『
もうテレサ自身も覚えていない話だ。
風が戦ぐ。
生暖かい風だった。
契約武器を握るテレサの手に汗が滲む。
彼女は歪な空気を鋭敏に感じ取っていた。
眼前のジルは震えている。その表情は今まで見せていた余裕の貌ではなかった。
奥歯を噛み締め、眼は血走っている。額には薄らと青筋が浮かび上がっていた。
「貴様……奪ったのか? 吾輩から奪ったのか!? 奪ったのかぁぁぁあああ!!」
獣のような咆哮だ。
その怒声には凄まじい殺意と怨念が込められており、テレサを一歩下がらせるほどの力があった。
「許さん! 許さんぞぉぉぉおおお! スプリガン!」
ジルは手に持つ金色の鍵を空中に刺した。
そして、そのまま錠を開くかのように鍵を回す。瞬間、周囲にガチャンと鍵が開いた音が響いた。
テレサは一気に走り出す。嫌な予感が脳内で警報を鳴り響かせていた。
それを払拭するかのように力強く、刃を右上から左下へ切る。
その軌道に合わせて銀色の三日月のような衝撃波が放たれた。
「オープン! 『ピュートーン』!」
鍵を翳した空間に光の線が走り、長方形の形になった。それが二つある。それは宛ら扉だ。
その長方形が観音開きのように開き、ジルは左手を突っ込んだ。
そこから勢いよく中から何かを取り出し、テレサの衝撃波を防ぐ。
甲高い金属音が木霊した。
「な!?」
テレサは困惑し、動きが止まる。
ジルの左手には巨大な手甲が装備されていた。
手甲はジルの左肘から下を完全に覆っている。
形は六角柱で色は闇を彷彿とさせるほどに黒い。
その手甲は関節部分だけを露出したもので動きは制限されていそうだ。
手の部分は鋼のようなもので出来ており、指先まで完全に保護している。こちらも関節部分は動くが完全に握れるのかは怪しい。
「吾輩から奪うことは許さん! 贖え!」
そこにいたジルは今までとは違う。
余裕綽々の態度は消え、憤怒に塗れた貌は鬼のようだ。
ジルは怒声を上げながら、その手甲をテレサに向ける。
その手甲にある六つの頂点。その全てから黒い靄が噴出した。
それは蛇の如く長く伸び、先端は鋭い鉤爪へと変化する。
意思があるかのように蛇たちはテレサを猛襲した。
「く!」
テレサは傘を拡げ盾のようにして防ぐ。
だが、蛇はその傘を婉曲して回避し、その背後にいるテレサを的確に狙った。
間合いに入ると同時に鉤爪が開く。
そこには正しく蛇のような鋭い牙があった。
「喰らえ! 『
ジルの咆哮と共に鉤爪がテレサを喰らう。
「ちぃ! 『
魔法を発動しながらテレサは左手に持つ傘を空中へと投げた。
空いた左手と剣を持つ右手で複雑な印を結ぶ。それは余りにも早く、傍から見れば美しい指遊びのようだった。
印を結び終えた直後、テレサの周囲が歪み始める。
温度差で景色が歪む蜃気楼のような現象だった。
その神秘的な空間の歪みが蛇を絡め捕る。
先にいるテレサを攻撃しようともがくが、空間に捕らえられた蛇の群れは虚しくそこから動けないでいた。
テレサは颯爽と左手で再び空中の傘を取り、素早く納刀する。
「
祝詞を言い終えると同時にテレサは傘の先をジルに向けた。
瞬間、その先から激しい炎と雷が混じった強烈な矢が放たれる。
それが動けない蛇たちに命中した。
眩い光が迸る。凄まじい轟音が響き渡った。
黒い蛇たちは一瞬で灰燼に帰す。
蛇は元の黒い靄となり、あっというまに雲散霧消した。
再び二人の距離が開く。
テレサは軽く息を切らしながら構えていた。その眼にある闘志は未だ消えていない。爛々と燃えている。
一方でジルはテレサを睥睨していた。その眼は血走り、憎悪が漲っている。
一拍の間が流れた。
不意にジルは嗤う。それは今までの余裕の笑みではない。虚勢だとわかる嗤いだった。
だが、不気味だった。
憎悪はまだ消えていないのだから。
噎せ返るような殺意がテレサの全身を嬲る。
不快感だけではない。
言い知れぬ、怖気がテレサの身体を駆け巡った。
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