第259話 災厄を迎え撃てーClash
ジル・ド・ラヴァールは嗤いながら両の掌に鈍色の刃を生成した。
その刃は掌中で高速回転し、殺傷力を高めていく。無慈悲な金属音が甲高く響き渡った。
テレサは駆けながら右手に魔力を集約させる。
汗が一滴、彼女の額から零れた。
魔獣を駆除していた時とは違う緊張感が彼女の中にあるのだ。
桁が違う。
相手の力量、魔力量、そして狡猾さ。
全てが上位だ。
この場において、この恐ろしい敵を止められるのは自分しかいない。
王都護衛部隊の面々よりもまだ可能性がある。
そう、テレサは判断した。
だからこそ、自分が打って出たのだ。
しかし、それでも敵うかどうか。
否、今までも格上とは戦ってきた。その都度、紙一重とはいえ勝ってきたではないか。
今度もまた、辛勝といえど勝てばいいのだ。
負けてはならない。
己の敗北は即ち、教え子たちの未来を奪うことになる。
テレサは今一度闘志を燃やし、眼前の敵を睨みつけた。その瞳は煌々と覚悟の炎が燃えている。
「元王都護衛部隊第三小隊隊長! テレサ・パーヴォライネン! いざ尋常に勝負!」
覚悟を決めたと同時に放たれる裂帛の覇気。
空気は震え、大地が戦慄く。
それでもジルは嗤っていた。
「まほろば!
ジルは両手の魔法を放った。
金属の刃が拘束回転しながらテレサ目掛けて猛襲する。
対してテレサは右手に集めた魔力を氷に変え地面から伸びるように出現させた。
分厚い氷の壁が飛来する刃を受け止める。
ガリガリガリガリとけたたましい音が轟いた。
氷の破片が飛び散り、刃は勢いを失い地に落ちる。
「ほう……この程度ではダメか」
ジルは感心しながら次の魔法の準備に入った。
テレサは氷の壁に魔力を込めた手で触れる。
次の瞬間、氷の壁が破砕し、その破片がジル目掛けて発射された。
ジルは驚きながら軽快な身のこなしで巧みにその攻撃を回避する。が、咄嗟の行動のためか隙が生まれた。
テレサはその隙を見逃さない。左手に持っていた傘を相手に向けて開く。
すると、傘の先端から光の矢がジルに向かって射られた。光の矢は鏃しかなく、その速度は先ほどのジルの放った刃よりも速い。
「成程!」
回避直後で姿勢が定まっていなかったジルは寸でのところで地面を転がりながらその光の矢を避けた。
光の矢はジルがいた場所の地面を抉っていく。
ジルはすぐに起き上がり、左手で炎の魔法を生み出した。火球だ。
その魔法をテレサに向けて撃つ。
テレサはそれを開いたままの傘で弾いた。
炎の塊は虚しく地面に落ちて灰色の煙を出しながら消えていった。
「流石は元隊長。侮れぬわ」
そう言いながらジルはまだ嗤っていた。余裕そうに服についた土埃を掃っている。
テレサは傘を閉じ、優雅に立った。
その眼は猛禽類のように鋭い。
「『
ジルは笑顔のまま己の青い髭を撫でる。
「古いことを知っているのね。私の嘗ての渾名なんてもう知っている人は殆どいないのに」
テレサは話しながらゆっくりと歩き始めた。
その身から迸る気迫が大気を歪める。
「謙遜するな。貴公はまだ強い。吾輩が本気になるくらいにな」
ジルは笑みを消す。
テレサはそれに合わせて走り出した。
「略奪せよ! 侵奪せよ! 剥奪せよ! スプリガン!」
「欲望を飲み干しなさい。希望を吸い尽くしなさい。 エンプーサ!」
祝詞を言い終えたのは同時だった。
ジルの右手には掌ほどの金色の鍵が出現している。
一方でテレサには何も現れていない。
ただ、その手に握られた傘が鈍く輝いていた。
「金属魔法! 『鋼の轍』!」
ジルの正面に無数の刃が出現する。
それが一斉にテレサに向かって射出された。
テレサは傘を広げ回転させることでその刃を弾け飛ばし、間合いを詰める。
それと同時に素早く、傘の持ち手を引いた。
傘のシャフト部分が残り、それより一回り小さい鈍色の刃が太陽に照らされて鮮やかに輝く。
この傘は仕込み傘だったのだ。
「エンプーサ!」
抜き身の刃はまるでサーベルの如し。
それをジルに向け、テレサは鋭い突きを全身全霊で撃った。見事な一撃だ。優美さを感じられるほどに。
ただ、依然としてまだ距離はある。が、その穂先から銀色の衝撃波が飛び出した。
それがジル目掛けて猛スピードで突き進む。
「ぬぅ!」
ジルはそれを右手に持つ鍵で防御した。
しかし、威力全てを殺しきれず、後ろに弾かれる。
よろめきながら、ジルは堪えた。
衝撃波の余波か、ジルの左の肩から血が滴る。
二人の間合いがまた広がった。
お互いにお互いを見据え一拍の間ができる。
テレサはジルを睨みながら、その後ろの生物にも注意を払っていた。
それはいつの間にか出現していた。
黒い二足歩行の獣だ。
小さな後ろ足で立ち、大きな前腕を地面に置いている。見た目は猿のようだが、貌は犬に似ていて、耳は垂れていた。
ニヤリと嗤っており、大きな口はまるで裂けているかのようだ。
一方でジルもテレサの後ろにいる不可思議な生物を注視している。
体長百五十センチほどの大きさで女の子のような姿だ。蝙蝠のような翼を生やし、プカプカと浮いている。
全体的に青白く、貌からは長い黒髪が垂れており顔は見えない。
一番印象的なのは足だ。
左足は馬のような、驢馬のような足。もう片方の右足は青銅の義足のような足だった。
「そうか……それが貴公の契約武器か……」
「えぇ。『
テレサは抜き身の刃を改めてジルに向けた。
左手には傘布の部分を盾のように携えている。
その姿、一見すれば淑女だが、対峙するジルには戦場に立つ騎士にも見えていた。
ジルは真顔のまま、青い髭を撫でる。
そして……
「欲しいな……その武器」
静かにそう呟いた。
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