第258話 災厄の襲来-outbreak
三人。
俺たちの前に現れた新たな敵の数だ。
たった三人なのに、圧倒的な畏怖を感じる。
それは、魔獣の腸から登場したという異質さもあるが、そことは別の……彼ら自身から放たれる禍々しい空気が俺の心を侵食していったからだろう。
「ん?」
よく見れば、三人の周りには透明な膜のようなものがある。それによって爆発したビッグバルーン・フロッグの臓物や血肉を防いでいたようだ。
膜にはべっとりと魔獣の欠片がこびりついている。恨めしいと訴えるかのように。
それが重力によって地面へと落ちていくが、悍ましいという表現以外思いつかなかった。
「は!」
気圧される俺とは裏腹に、ロベルトさんが気合の入った掛け声を放つ。同時に防御に使っていた水魔法を解かれた。
そして、護衛部隊の面々が全員戦闘態勢に入る。
一方で敵の方も覆われていた膜が消えた。瞬間、パリンと割れる音がする。
どうやらあれは膜というよりかは、ガラスの球体だったようだ。
敵の三人は余裕なのか未だ戦闘態勢には入っていない。
「ご苦労、レイラ」
三人の一人が後ろを向きながらそう呟いたのが聞こえた。
喋ったのは男だ。
三人の中央に佇み、威風堂々としている。
紺色の軍服に身を包み、両手には皮手袋をはめていた。足はブーツで姿勢の良さもあって本当に軍人のような男だった。
加えて衣服の上からでも鍛えているのがよくわかる。
帽子を目深に被っていて目元は分からない。
その後ろには茶髪の女性がいた。
大きな丸眼鏡をかけ、雀斑が特徴的だ。
茶髪は長く、後ろで三つ編みにしている。
軍服の男とは違い、挙動不審で怯えているのかへっぴり腰だ。
どこか普通の女性と感じる。この場に、戦場に不釣り合いな印象を持った。
彼女の右手には丸い盾のようなものがある。
その中央にはキラリと輝く宝石のようなものがあった。それは白銀色に鈍く煌めいている。
「あ……」
俺はつい声を漏らしてしまった。相手の女性の肩には小さな生き物がいたからだ。
それは白いカボチャのような物体だった。質感は遠目からだと石膏のようにも見える。
髑髏の形をしており、眼と口の部分が刳り貫かれていた。その中に火が灯っている。その火が刳り貫かれた部分を通して輝いているので眼に見えた。
胴体はない。
その髑髏の部分だけしかないのだ。大きさは本物の髑髏より一回り大きい。
それが彼女の肩辺りに浮いている。プカプカと。まるで幽霊のように。
アレは魔獣ではない。
アレは……
幻獣!
魔力のない俺でもわかる。
一目見ただけで幻獣特有の神々しさを放っているのだ。
つまり、敵は……
「
俺の独り言が緊張感を高めた。
まさか、敵側に契約者がいるとは。
いや、確かウィー・ステラ島でパーシヴァル先生が戦った相手も契約者だったはず。
そう聞いている。
即ち、敵にも契約者はいるのだ。が、こうやって実際に敵として契約者が現れるとは。
背中に冷たい汗が流れた。
「いえ……その……えぇ……と……」
契約者たる彼女の声は微かに聞こえる程度のものだ。
モジモジして、伏し目がち。
とてもじゃないが、戦う人間には思えない。
契約者としての凄みも強さも感じられない。
そのギャップからか、俺の中の恐怖が少し和らいだ。
和らいだ……はずなのだが、まだ脳内の警報は鳴りやんではくれない。
「だぁ! 鬱陶しいな! はっきり喋れよ! クソ女が!」
茶髪の女性レイラの横にいた男がそう叫びながら彼女の肩をドンと押した。
レイラは「ごめんなさい」と呟きながら後ろへたじろぐ。
「やめろ、ファーゴ」
軍服が突き飛ばした男を嗜めた。
ファーゴ。
そう呼ばれた男は身長百九十と少しくらい。軍服の男は身長百八十くらいありそうなのでそれよりも高い。
上半身は動物の毛皮が付いたダウンを着ている。中はシャツだ。そこから逞しい二本の腕が出ている。
下も動物性の皮で認めたようなズボンだがはち切れんばかりの筋肉は隠せていない。
顔には髭が伸び放題で、先ほどの仲間への振舞から伺えるように粗暴な印象を与える。
髪は後ろで無造作に括っていた。
見るからにわかるパワータイプだ。
「ふん」
ファーゴは謝りもしない。
ただイライラしているのか、足が頻りに地面を踏んでいた。
「全く……レイラ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です、すみません、リードさん」
軍服の男はリードという名前らしい。
リードは少し嘆息してからこちらへ向き直した。
初めて視線が合う。
冷たい目をしていた。
「まぁ、鬱憤が溜まるのも詮無いことか。あんな下賤な生き物の中に潜んでいたのだ。ストレスも溜まるだろう」
リードは首を回す。
だが、視線はこちらを瞠目したままだ。微塵も隙などはない。
空気がひり付いていく。
『アイガ、状況を説明してください』
今まで沈黙していたシャロンから突然交信が入った。
俺は手短に説明する。
「新手……ですか……」
流石のシャロンも狼狽しているのか、微かだが声が震えていた。
状況はどんどんマズくなっている。
「さて、楽しい楽しい歓談はここまでだ」
不意にジルは一歩、こちらへ歩み寄る。
緊張が走った。同時に痛いとも感じた。
背後を見れば、リードが右手を軽く上げている。
ファーゴはニヤリと嗤っていた。
「仕事の時間だ。たらふく暴れろ。ストレスの分も含めて、な」
「しゃあ! やってやんぜ!」
ファーゴが飛び出し、獣の如く迫りくる。
「ハハハハハ! ここからは一方的な蹂躙の時間だ!」
ジルの高笑いが響き渡った。
殺意が両方向から押し寄せてくる。それは純然たる悪意に基づく殺意だった。
「ロベルトさん! そちらは任せます!」
「え!?」
テレサ先生が突如、ジルに向かって走り出した。迎え撃つつもりか。
ロベルトさんたちは困惑していたが、すぐに切り替える。
俺は未だどうすべきが迷っていた。
逃げるか、戦うのか。戦うのなら足手まといにならないか。
無数の選択肢が俺を雁字搦めにしていく。
『アイガ……状況……』
そんな中、不意に光の粒子からシャロンの声が聞こえた。が、その声はさっきよりもくぐもっている。
ここに来て、相手側の搦手が強くなっているのか。つまり妨害されているのだ。
俺は意味はないかもしれないが、『伝われ!』と願いながら大声でシャロンに状況を説明した。
一瞬の沈黙の後、光の粒子が無言のままテレサ先生の後を追った。
シャロンには恐らく伝わったとは思うが、その上で援護をするつもりなのだろうか。
ならば……俺は……
目紛るしく変わる戦場。
それに適応しようと右往左往する俺。
突然、修練場に轟く魔法の爆音。
混乱する俺でもわかる。
それは開戦の合図だった。
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