第255話 災厄の襲来-overwhelming
修練場の中は凄惨を極めていた。
ハンマー・コング、シャドウ・エイプ、アサルト・モンキー、トライデント・ボア。
それら、魔獣の死骸があちらこちらに散らばっているのだ。
その中心にいるのは、日傘を差したテレサ先生だった。
黒い日傘に白いドレスのようなワンピース。
優雅に佇むその姿はまるで西洋の絵画のようで只管に美しい。
それなのに、周囲を彩るのは血と骨と肉といったグロテスクなものばかり。
背景の青天も相まってその景色は、ともすれば名画のような気品がある。が、実際に感じるのは血腥い骸の怨念と忌避したくなるほどの死臭だった。
そんな光景の中、俺の目は獲物を狙う獣のように動く。血走り、瞳孔は小さくなっていた。
この上なく集中しているのだ。
クレアの姿を必死に探すために。
「クレア!」
見つけた瞬間叫んでいた。
ここに入ったときにも声を上げていたので二度目の咆哮だ。
クレアはテレサ先生の奥にサリーと共にいた。
そこに屍はなく、一種の安全地帯のようだった。
「アイガ!?」
クレアが俺の声に反応して返事をしてくれる。
そのまま、二人でこちらへ駆け寄ってくれた。
見たところ怪我はないようだ。安堵から涙が出そうになるが必死で堪える。
俺は二人を迎えるように自らも近づいた。
咄嗟に
危うく抱き着きそうになったが寸でのところで理性がブレーキをかけてくれた。
「二人とも無事か?」
「うん、テレサ先生が守ってくれたから。私たちは無事だよ」
にこやかに笑うクレア。
後ろでサリーも微笑む。
良かった。本当に大丈夫のようだ。
冷静になった頭で改めて周囲を見渡す。
圧倒的。
その一言に尽きる。
加えて、どこか戦慄を感じた。
数えるのも億劫になるほどの数の死骸。
それだけの数をテレサ先生は蹂躙し尽くしたのだ。
流石、特別科の担任。
その強さに俺は心から感謝した。テレサ先生のお陰でクレアは怪我一つしていないのだから。
不意に俺の身体が影に隠れる。
テレサ先生が音もなく近づいていた。
気が付かなかったとはいえ、俺はたじろぎ一歩後ろに下がる。
その様を見てテレサ先生は妖しく嗤った。
「あら、アイガ。貴方が私たちを助けてくれる王子様かしら」
皮肉なのか比喩なのかわからない。
俺は反応できず、生唾を飲み込むだけだった。
「ご無事で何よりです」
そんな俺の後ろにいつの間にかロベルトさんたちがいた。
「貴方がたは王都護衛部隊の方?」
「はい。自分は王都護衛部隊五番小隊のロベルト・アーツです。救援が遅くなり申し訳ありません」
恐縮した様子でロベルトさんは今ディアレス学園が置かれている状況をテレサ先生に詳しく説明した。
クレアとサリーもその話を聞いて悲壮の色が浮かんでいた。
「そうですか。そんなことがあったんですね。ここで授業中、突然あの魔獣たちが降ってきましてね。一応、クレアさんたちには魔法陣に逃げてもらったのですが、魔法陣が発動しなかったんですよ。しかも通信魔法も働かない。止む無く戦闘になったわけですが……合点がいきました。どうやら状況は、相当マズいですね」
テレサ先生の貌は俄かに曇り始める。
空気も変わり始めた。
「はい。今、私の部下二名が魔法陣をワープ・ステーションの緊急用につないだままにしています。それを使って急いで避難しましょう」
「そうですか。わかりました。では、すぐに」
テレサ先生は真面目な顔で後ろを振り向いた。
ん?
あそこにいるのは……
「あれ? ジェイド?」
そう、ジェイドだ。
彼は修練場の奥にある階段状の椅子に膝を組んで座っていた。
こんな状況にも関わらず。まさに我関せずといった具合だ。
ジェイドは王の如く、威風堂々と座ったままだった。
それにしても、シャロンからは特別科の三人が修練場にいると聞いていたが……
つい俺はクレア、サリー、ジュリアがいると思い込んでしまっていた。
ここにいたのはクレア、サリー、ジェイドの三人だったのだ。
「クレア、ジュリアは?」
俺はクレアに問う。
ジュリアの安否も心配だ。
「ジュリア? ジュリアは違うプログラムだからここにはいないよ」
そうか、ジュリアは医療魔術師志望だ。
以前も彼女だけ授業内容が違うことがあったが、今回もその類というわけか。
「ジュリアなら第二研究棟です」
サリーが補足してくれた。
「そうか。それなら安心かもな。あそこには兄貴が向かっているから」
クレアの眉が少し動く。
「あの人、大丈夫なの?」
どうやらまだクレアの中で兄貴の評価は著しく低いらしい。
「性格はあんなんだけど、腕は確かさ。五番小隊の隊長だからな」
俺はとりあえず、兄貴の実力を褒めておいた。クレアはしぶしぶ納得したといった感じだったのでちゃんと伝わったかどうかはわからないが。
そんなやり取りをしている間に、ジェイドが漸く俺たちの元へ来た。
足取りは遅く、態度は悪い。一分一秒でも惜しいのに。
だが、テレサ先生は然して怒らなかった。
「では皆さん、避難しますよ」
クレアとサリーが軽く返事をする。
瞬間、俺の右耳で光が煌めいた。
あの粒子だ。
『アイガ、アイガ! 聞こえますか!?』
同時にシャロンの声が聞こえてくる。
「シャロン?」
魔法の発動と共に全員の視線が俺に集まった。
「シャロン先生ですか?」
テレサ先生が光の粒子に話しかける。
高身長のシャロン先生は当然屈むような姿勢いなった。
バラの匂いが不意に漂う。
「シャロン先生、こちらテレサです。今から避……」
『急いで! 早く避難してください!』
テレサ先生が話し終えるよりも早くシャロンの声が響き渡った。
あの女らしからぬ慌てた声だ。
その声色から緊急性が伝わる。
なんだ?
あいつがこんなに焦るなんて。何があったんだ?
全員に緊張が走った。
「急ぎましょう」
ロベルトさんも少し焦っているようだ。
緊張が俺たちを急がせる。
もう柔和な空気は消えていた。
全員が魔法陣へ向かおうとする。
その瞬間。
外へ続く扉が突如として開かれた。
全員が驚き、動きが止まる。
そこに立っていたのはテンガロンハットを被った老齢の男だ。
老人の如き風貌なのに、巨躯。さらに溢れんばかりの筋肉。
一目でわかる猛者だった。
だが、そんなことよりも……
俺の目はそいつが両手に持っているモノに釘付けになっていた。
その両手にあったのは……
「サイモン! ジェフ!」
ロベルトさんの怒声が響き渡る。
そう。
そいつが持っていたのはサイモンさんとジェフさんだった。
正確には二人の首だ。
怖気が、背を這う。
「残念だが、君たちは逃がさないよ」
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