第254話 災厄の襲来-trepidation

 王都護衛部隊ロイヤル・クルセイダーズは十の小隊から構成されている。

 ただ、俺は十番目の小隊を知らなかった。


 王都護衛部隊の知識は師匠から教わったものだ。

 師匠が隊長を務めていた時代は九番までしか小隊が存在しなかったためである。

 そのため、十番小隊が他の小隊と同じかどうかまではわからない。


 その上での知識だ。

 王都護衛部隊の小隊は隊長、副隊長を除いて原則三十名とされている。

 三十を上回ることはないが、下回ることは多々あるらしい。というか、その場合が殆どらしい。

 三十名いる小隊のほうが珍しい、と師匠は言っていた。

 怪我による離脱、品行方正の問題による馘首クビ、年齢、若しくは各個人の事情から除隊を申し出た場合などによって数が減るのだ。

 ただ、一番の理由は殉職らしい。


 そうした中、一年に一度試験が行われ、それに合格した者がそれぞれの部隊に配属される。

 無論欠員が著しい場合は緊急で補充が行われるそうだが、そのパターンは稀だ。


 そう、一年に一度、必ず数名が合格し入隊するのだ。

 言い換えればそれほど入れ替わりが激しい。


 弱肉強食。

 その言葉が一番似合う。

 実力なき弱者は淘汰され、新たな強者が部隊を強くする。


 そんな王都護衛部隊の小隊は基本的に五班に分かれ活動していた。

 隊長、副隊長を除いた三十名を五組に分け、一組六人で一つのチームとするのだ。


 現在、五番小隊の一班は隊長こと兄貴と共に第二研究棟へ。

 二班は俺と一緒にワープ・ステーションに向かっている。

 三班は副隊長のアマンダさんと共に実戦訓練場へ。

 四班はディアレス学園に残り結界魔法の解除に当たっていた。

 五班は、レクック・シティに待機し、もしもの際に備えている。


 ロベルトさんはどうやら二班の班長らしく、先頭を凄まじい速さで走っていた。横目で見る景色はみるみる変わっていく。もう既に目と鼻の先にワープ・ステーションが迫っていた。

 追随するほかの人たちも速い。四足歩行の獣のようだ。いや、戦車のほうがしっくりくるかもしれない。


 嘗て一緒に任務に赴いたロベルトさん。

 その時は頼もしい導き手だったが、今は厳格な戦士の貌だった。当たり前だ。

 戦士としてのロベルトさんは一度も後ろを振り返らない。

 きっと少しでも遅れれば躊躇なく捨てられるだろう。


 我儘で帯同している身だ。足手纏いになってはいけない。

 その一念で俺は歯を食いしばって五番小隊に食らいついていた。


 ワープ・ステーションに着くとロベルトさんが施設の職員に何かを囁く。

 職員は話を聞き終えると大慌てで俺たちを奥の間へと導いた。


 知らない扉をいくつも通り、婉曲した廊下の先。荘厳な観音開きの扉の向こう。

 そこはいつも使っている場所とは違う場所だった。


 白い壁、白い床、白い天井。

 遠近感や立体感といった感覚がおかしくなりそうな白い部屋だった。

 その白さに神聖さは感じられない。厳かさもない。

 どこか気持ち悪い白だった。

 まるで骨で作ったかのような不気味さがある。


 その中央にある赤い紋様の魔法陣。

 それは異質で異様な雰囲気を放っていた。魔法陣を象る赤は血のような色合いでどこか禍々しい。


 冷汗が背中を流れる。


 職員は俺たちを案内するとそそくさと部屋から退出した。


 ロベルトさんはすぐに跪き魔法陣に手を翳す。

 途端に赤い魔法陣が輝いた。

 続けて、ロベルトさんは何かを呟く。祝詞のようだ。よく見れば、アマンダさんより手渡された紙を見ている。

 それに合わせて魔法陣の紋様が変化していった。


 これがコードなのか、と感心していると、ロベルトさんたちが一斉に魔法陣の中に入る。

 俺も急いで中に入った。


 魔法陣が赤黒く輝く。

 ワープが起動したのだ。


 景色が一瞬で塗り替わる。

 そこは紛れもない修練場だった。


 俺は驚きつつ、今しがた通った魔法陣を見下ろす。


 本来、ここの魔法陣は地面に直接描かれているのだが、今その地面は真っ白だった。下は砂ではない。

 では、何かと問われるとわからない。

 プラスチックのタイルに近いものがあるが、それが正解ではないと思う。あくまで近いというだけだ。

 

 また、その白も真っ白というわけではない。

 濁った白だ。

 それは風化した骨を彷彿とさせる。


 魔法陣自体はワープ・ステーションの魔法陣と同じ赤黒い色をしていた。血が固まったときのような不気味な色合いだ。

 

 俺はかぶりを降る。

 脳裏に湧くこのイメージは不安からくるもの。そう思った。いや、思い込んだのだ。

 

 今は不安など相手にしている場合ではない。


 闘志を燃やせ、アイガ。 

 俺は気合を入れ直した。


「サイラス、ジェフ、お前たちはここで魔法陣に魔力を注ぎ続けろ。生徒たちを救出し次第即刻帰還する!」

「了解!」


 不意にロベルトさんは屈強な二人の戦士に命令した。

 その言葉から察するに魔法を注ぎ続ける限り、この魔法陣はワープ・ステーションと繋がっているようだ。

 それもそうか。よくよく考えれば普通の場合この魔法陣を使って戻れるのは本校舎だけだ。

 今、本校舎は檻のまま。無論、四班の方たちが結界魔法を解除してくれていればいいが、恐らくまだ解除には至っていないはず。というかその公算が大きい。

 

 そうならば本校舎に行くより、ワープ・ステーションに戻る方が絶対にいい。

 そのためにこの二人を残したというわけか。


 サイラスという人は色黒で恰幅のいい体形だった。プロレスラーのようで一見肥満に見えるが、その身体は全てが筋肉で構成されている。

 その証拠にこの人はあれだけ全力疾走したのに息一つ切れていないのだ。


 一方でジェフという人は白人のような見た目だが、かなり背が高い。恐らく二メートルを超えているだろう。

 手足は長く、まるでネコ科の猛獣のような体躯だった。


「アイガ」


 突然、ロベルトさんに呼ばれ俺は瞠目する。

 その貌はやはり厳しい。


「ここから先は戦場だ。アマンダさんの許可があるとはいえ、基本的に我らは君の帯同を快く思っていない。だからこそ己の身は己で守れ。いいな」


 峻厳な言葉だ。

 だが、それは俺を一介の生徒ではなく一人の戦士として扱うというもの。

 今回に限り、ではあろうが、それは俺を奮起させるには十分な言葉だった。


 俺の中の闘志が一層熱く、燃え盛る。


「無論です」


 短く、力強く、俺は返答した。

 ロベルトさんは頷き、背を向ける。


 他の人たちは何も言わずロベルトさんの方を向いていた。


「行くぞ!」


 ロベルトさんの号令と共に部隊は走り出す。


 林を抜け、現れた修練場の扉。

 その扉をロベルトさんは蹴破った。


 見慣れた修練場の景色。

 竹を斜めに切ったような建物の中にある砂地の広場。

 奥にある階段状の座席。


 見慣れたはずのその世界は異常な物体で埋め尽くされていた。

 あの魔法陣を見て感じたイメージがその景色に重なる。


 屍の山。血の河。

 あぁ、これが地獄絵図なのか。


「クレア!!」


 自分で自分の声に驚く。

 無意識で俺は吠えるように叫んでいた。


 絶望が再び俺の中で起き上がる。

 それは今し方まで心に巣くっていた不安を喰らい、大きく、大きく膨れ上がっていった。

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