第253話 災厄の襲来-rouse

 役立たず。

 その言葉がよく似合う。


 俺は絶望に塗れ、端の方で座り込んでいた。

 勇んでアマンダさんたちの前に立ったのはいいが、敵の罠にまんまと嵌る始末。

 アマンダさんは何も言わなかったが、逆にそれが辛い。

 無様だ。無様すぎる。


 一方で五番小隊の人たちは懸命に結界魔法を解こうとしており、時折電気のようなものが空気中に走って不気味な音を奏でていた。

 祈るように俺はその光景を眺めている。思考は鈍麻し、言い訳も思いつかない。

 申し訳なさとクレア達の安否を知りたいという気持ちが精神をボロボロにしていった。


 そんな折、ふと俺の右手のマジック・ストーンの一つが金色に輝きだす。


「あ?」


 そしてその一つは砕けて地に落ちた。

 その中から光の粒子が現れる。

 粒子は風に戦いで俺の右耳へと移動した。

 

『アイガ、聞こえますか? アイガ、聞こえますか?』

「シャロン!?」


 俺は驚き声を上げる。

 粒子から突然シャロンの声が聞こえてきたのだ。


 その様子からアマンダさんもこちらを望む。


「シャロンさんからか!?」


 俺は黙って頷いた。


『良かったわ。やっと通じた。もしもの時のために貴方のマジック・ストーンの一つに緊急連絡用の魔法を仕込んでおいたの』


 シャロンはさらりととんでもないことを口走る。

 プライバシーという概念はないのか?

 この女、やはり信用ならん。

 だが、今回はそれが功を奏したか。


『中々通じなかったのだけれど。先ほど一瞬だけど結界魔法が解けたときにやっと繋がることができたわ。王都護衛部隊の方の力かしら』


 なんと、どうやら俺が空回りしたあの氣の連撃がこの魔法を発現するきっかけになったようだ。

 それならば溜飲も少しは下がるというもの。


 とりあえず、俺は自分がやったとは伝えず、シャロンの魔法に耳を傾けた。

 今はそんなことより情報を取得することが先だ。


 この粒子、言うなれば電話みたいなものだろう。

 こちらの声も届いているようだし、そういった認識で間違いないと思う。


「シャロンさん! 大丈夫ですか!? 中はどうなっているんですか?」


 アマンダさんが俺の耳にある粒子に向かって叫ぶ。

 鼓膜に響くほどの大声だ。


『アマンダもいるのね。こちらは大丈夫です。人的被害は今のところありません。ただ通信系統の魔法が全て遮断されているのが辛いですね』


 アマンダさんの声も向こうに届いているらしい。本当に電話だな、この魔法は。


 そして、向こうのシャロンは意外にものんびりとした口調だった。

 まぁ、こいつは殺しても死なない怪物だ。こんな状況でも右往左往することもないのだろう。


 それよりクレアだ。


「おい! クレア……皆は無事なんだろうな!」


 俺の呼び掛けにシャロンは一拍置いた。


『えぇ。貴方のクラスメートは大丈夫です。まほろばの襲撃には間違いないでしょうが、この校舎自体は襲われていませんから。中庭の公園が爆破されただけです』

「本当か!?」


 その言葉に俺とアマンダさんは目を合わせる。


 どういうことだ?

 これだけの規模の結界魔法なんてものを用意して何故?


 もう時間もだいぶ経っているはずなのに。

  

「それ……だけなのですか?」

『はい』


 そうか……

 つまりこれは……


「結界ではなく、檻か……」


 アマンダさんが悔しそうに独り言ちる。


 そうだ。これは……

 中の人間を逃げないようにし、援軍を遮る結界ではない。

 中の人間を外に出さないよう、援軍に活かせないようにする檻だ。

 

 狙いは別にあるのか!


『現在、調べてもらったところ、他の施設も攻撃されたようです』

「はい、第二研究棟が襲撃されているのはこちらも確認しています。現在、兄が……隊長が、そちらにむかっています」

『そうですか。それならそちらは大丈夫でしょう』


 俺はこの遅いやりとりにイライラし始めていた。

 未だ、クレアの安否をこいつは言っていないのだから。


「おい! 他はどうなっている!」

『焦らないことよ、アイガ。焦りは何も生まないわ』


 黙れ。

 その一言を呑み込んだ。


 ここでこいつと口論しても詮無いこと。俺は拳を固く握り、耐え忍ぶ。


『現在、襲撃されたのはこの本校舎、第二研究棟。そして修練場、実践訓練場の四つです』

「実践訓練場? そんな場所知らんぞ」

 

 シャロンが向こうで溜息を吐いた。


『実践訓練場は二年生になってから使う場所です。今、貴方が知らなくても無理はありませんが、学校の案内には書いてありますよ』

「そんなもの俺が読んでいると思うか?」


 またシャロンの溜息の声が聞こえてくる。


『まぁ、いいです。それで実践訓練場には二年生がいるのですがそちらには教員が一人しかいません。それに修練場の方ですが……』

「まさか……」


 嫌な予感が走った。


『そこは特別科の生徒三名とテレサ先生の四名しかいないのです』


 小さくなっていた焦燥と恐怖が絶望と混じって蛇のようなイメージで俺の中に生まれる。

 それは鎌首をあげ、下をちらつかせていた。


「クレアは!? クレアは無事なんだろうな!?」

『わかりません。テレサ先生は一流の魔法使いでもありますが人海戦術で襲われれば一溜りもありません。加えて今は連絡が取れていないのです。状況は……不明ですが、最悪です』


 蛇はニヤリと笑い、汚い舌を見せつける。

 絶望が俺を呑み込んだ。


「了解しました。情報ありがとうございます。あとはこちらで対処します」


 崩れ落ちそうになる俺とは違ってアマンダさんが力強く宣言した。


「アイガ! しゃきっとしろ! まだ何もわかっていないのだ。絶望に打ちひしがれるには早すぎるぞ! 気合を入れろ! お前も誇り高きディアレス学園の生徒だろうが!」


 アマンダさんはそう言って膝を曲げていた俺をしゃきっと立たせる。

 その叱咤が俺の心に救う蛇を蹴散らした。


 俺の心に闘志が燃え始める。

 アマンダさんは優しく微笑み、そして一瞬で戦士の貌になった。


「シャロンさん、二つの場所へ行くためのコードを教えてください。それによってワープ・ステーションから王都護衛部隊五番小隊が直行します!」


 なんと、そんなことができるのか。

 てっきり学校からしか、そうした施設には行けないものとばかり思っていた。

 しかしコードなるものさえわかればワープ・ステーションからも移動できるらしい。


 コードは即ち、鍵のようなものか。


『わかりました。コードは地面に描きますね。宜しくお願いします』


 粒子が俺の耳から離れ地面に何かの文字を描く。

 アマンダさんはそれを確認するとすぐに紙に写し、ロベルトさんを呼んだ。


「ロベルト! これが修練場のコードだ。お前が率いる二班はすぐに修練場に迎え。私と三班は実践訓練場に行く! 四班はここに待機してこの結界魔法を解き続けろ! わかったか!?」

「了解!」


 命令を下された五番小隊の人たちは雄々しく返事をすると一気に走り出した。

 俺は無意識にロベルトさんの後を追う。


「おい! アイガ!?」

「すみません、俺も行きます!」


 返答は無視するつもりだったが、アマンダさんは何も言わなかった。

 ただアイコンタクトでロベルトさんに何かを伝えるのは確認できた。

 黙認してくれたのだろう。


 アマンダさん、ありがとうございます。


 心の中でお礼を言って俺はロベルトさんたちと共にワープ・ステーションに向かった。


 クレア、無事でいてくれ。

 その一念が俺の足を加速させる。

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