第251話 暇日
暇だ。
暇すぎて死ぬ。
ハーギー・タウンのレストランで総隊長から
休日を挟んで昨日が登校日だったのだが、俺は休みになったため自室の部屋でのんびり過ごしている。
帰宅直後は、学校へ行って俺の休暇の件を確認しようかと思っていた。が、部屋に戻ってからダメージがぶり返したのか一歩も動けず、結局日曜日は寝て終わってしまったのだ。
翌日の昼前にやっと熱も引き、動けるようになったが学校への確認は億劫だった。そのため自室でゆっくりとしていた訳である。
その日の夕方くらいにロビンとゴードンがわざわざ見舞いに来てくれたのでそこで俺の休みがデイジーから説明されたらしい。
と、いうことで俺の休暇は確定しているようだ。
俺は任務でヘマをしたことになっていた。
いや、それは遺憾なのだが。
まぁ仕方がない。
総隊長と戦闘をしたなど誰も信じまい。
あと、総隊長から「この会談のことは内緒にしておいてくれ」と言われていたので内心納得しかねるが俺はその理由を受け入れた。
そのまま三人で話し込んだ。お陰で少し気が紛れる。
そんなこんなで本日。火曜日。
現在、午後なのだが暇すぎてしんどい。
『アムリタ』はずっと稼働していた。
中の液体は循環を繰り返し、俺の左腕は順調に再生している。
外から見ると、外見は殆ど治癒していた。
そして痛みがある。
そう痛みがあるのだ。
つまり神経も再生しているということ。
未だ、左手の先の感覚は復活していないのだ、指は自分の意思で動かせるまでに回復していた。完全に握ることはできないが第二関節までなら動かせる。
いよいよ、もう少し完全に治癒しきるはずだ。
それ以外のダメージは何とか抜けきっていた。
折れた骨なども回復しているらしい。
総隊長たちとの別れ際、オッドさんから塗り薬を貰ったのだが、これが利いたらしい。
塗り薬で大丈夫なのかと思ったが、こちらの世界ではこれで治るらしい。
とりあえず、左腕以外はもう八割がた回復している。
だからこそ余計に暇なのだ。
「あぁ~、暇すぎる! もう学校に行ってやろうかな」
俺はベッドでゴロゴロしながら宣った。
そんな時、不意にコンコンと窓に何かの振動が走る。
「ん?」
窓辺に立つとそこには折り鶴があった。
紙の嘴でコンコンと窓を叩いている。
振動の正体はこれだった。
「なんだ?」
不思議に思いつつ俺は窓を開け、その鶴を招き入れる。
鶴は俺の掌にフワリと落ちると、一瞬で正方形の折り紙に戻った。
「ん?」
開かれた折り紙にはメッセージが書かれていたのだ。
『アイガ、大丈夫? 今、普通科の寮の前にいるんだけど出てこれそう? 無理ならこの折り鶴にダメって書いて窓から放り投げて。クレア』
と、書かれている。
なんと!
クレアがわざわざ来てくれたのだ!
これは魔法で飛ばしたメッセージ。
俺は急いで新しいジャージに着替えた。
一応、昨日風呂は入ったので臭くはないはず……
もう、『アムリタ』で左腕を制限されていても日常生活を送る分には、不自由しない程度に慣れていた。故に着替えるくらいなんて朝飯前だ。
左腕は三角巾で固定する。骨折したときと同じ処置だ。
結局、これが一番楽なのである。
俺は意気揚々と部屋を出た。
浮かれ気分で外に出ると、クレアが心配そうな表情で立っている。
隣にはサリーとジュリアもいた。
その顔を見て俺は少し後悔する。己の浅はかさに。
「あ! アイガ、大丈夫!? なんかロビンくんに聞いたんだけど大怪我したって聞いて!」
クレアの眼に涙が浮かんでいた。
そのままクレアが俺の左腕を見て蒼白になる。
「大丈夫なんですか?」
サリーも心配してくれていた。クレアと同じような顔色だった。
「大丈夫だよ。ちょっと失敗しちまっただけだよ。あとちょっとで完全復活できるし」
俺はドンと右手で自分の胸を叩くが二人とも顔色は優れない。
不意にジュリアが俺の左手を診る。その眼は真剣そのもの。
ジュリアは医療魔術師志望だ。
粗末な嘘は容易く見破られるだろう。
俺は無意識に生唾を飲み込む。
「『アムリタ』の千番台……」
いつの間にか三角巾代わりの布を捲られていた。
一目見ただけで左手の『アムリタ』の番号まで読み解くジュリア。
ただ、『アムリタ』に番号があるのは初めて知ったが。
横からクレアとサリーも覗く。
左腕が千切れたことは隠したい。これ以上心配を掛けたくないのだ。
「神経はどこまで回復しているの?」
ジュリアの鋭い言葉に慄く。
どうやら彼女は一発で俺のダメージを看破したようだ。その貌はいつもとは全く違う雰囲気だった。
冷汗が背中に流れる。
「え? 神経? それって大丈夫なの? ねぇ? ジュリア?」
クレアの貌が一層引きつった。
「だいぶ……回復しているよ」
声が上擦る。不安が加速した。
ジュリア相手に嘘は通用しない。
俺は覚悟を決めた。
「指、動かしてみて」
ジュリアの声は丁寧だが、そこには抗えない重圧があった。
「いや……その……」
「早く」
有無を言わせない迫力がある。
俺は屈した。
「これ……くらいかな」
指を動かす。
第二関節までしか動かない手を見てクレアが小さく悲鳴を上げた。
涙が滲んでいる。
俺は心が痛くなった。
「処置してどれくらい?」
一方でジュリアは淡々としている。怖いくらいに。
「え……と……三日目……いや、四日目? 土曜日の夜につけたんだけど……」
ジュリアは俺の左手をその柔らかい両手で揉んだ。
ただ、その感覚は殆ど俺の脳には伝わらない。
何か当たっている、その程度だ。
「四日目で第二関節まで動作可能……平均再生速度を鑑みれば上々ね」
クレアはまだ不安そうだった。
サリーが後ろで支えて居なければ卒倒していたかもしれない。
「ジュリア、どうなの?」
クレアの震える言葉に俺の心に罅が走る。
「大丈夫だと思う。順調に回復しているわ。恐らくあと三日で掌の感覚も戻るはずよ。それで『アムリタ』の治療は完了ね。この器具は大まかに皮膚、筋肉、骨、神経って順番で回復させるから、感覚器官は最後なのよ。だから感覚が戻ったときは完治だと思って貰えれば差し支えないはずだし」
なんと、そうだったのか。
そんな詳しい説明は受けていなかったので俺は安堵した。
やっぱりジュリアは凄い。
クレアもホッとしたのか表情が明るくなる。
「ありがとう、ジュリア」
俺は色んな意味を込めてジュリアに礼を言う。
ジュリアはニッコリと可愛い笑顔を返してくれた。
「よかったわ。アイガ君が無事で。心配したんだよ」
その時の表情はいつものジュリアだった。
「すまない」
蠱惑的な笑みだ。
その笑顔を見て、不意に俺の脳裏に一瞬に嫌な予感が走る。
杞憂だろう。
そう思ったのだが。
「もう……無茶はだめだよ」
「あぁ、わかっている」
不穏な影が拭えない。
これは一体……
ジュリアは俺の左手をそっと持ち上げる。
ん?
疑問符が浮かんだ。
その状態でなすがまま俺の左手はジュリアの胸に谷間に置かれる。
「え! ジュリア!?」
「感覚ある?」
蠱惑を通り越して、艶美とも取れる笑顔のジュリア。
ただ、悲しいかな、触れているのは感覚なき左手。その豊かできめ細かい感触のほんの一握りも伝えてくれない。
くっそ、何故!
そんな言葉が脳裏をよぎったとき、俺は漸く不穏な影の正体を悟った。
「アイガ? 意外に元気そうだね」
先程までの悲壮は消え、クレアの貌が怒りに満ち満ちていた。
サリーは後ろで呆れている。
しまった!
「違う、違うよ、クレア……」
「顔が! にやけているわよ!」
クレアが思い切り俺の左手を叩いた。
瞬間、激痛が襲う。
「痛ってーーーーーーー!!」
俺の無様な断末魔が天穹に谺した。
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