第250話 激闘を終えて-濃厚なデセール
結局、羞恥心が勝ったので痛みを我慢しながら俺は自分でアクアパッツァを完食した。
顔は真っ赤になっていると思う。
それでもやはり、痛いほうがマシだった。
イーブンさんはニコニコしながらこちらを見ている。凄く恥ずかしい。
兄貴はオッドさんにもイーブンさんにも相手にされなかったので不貞腐れていた。
まぁ、これに関してはいつものことなので放っておこう。
「さて、そろそろ次のお話をしようかな」
俺が食べ終わるのを待ってから総隊長が口を開く。顔つきは真面目になっており空気もまた少し変化した。
「とりあえず、アイガ。君はこれから一週間お休みだ」
唐突に休みだと言われ、俺はポカンとしてしまった。
「学校には行かなくていいということだよ」
いや、それはわかっている。『休み』という意味がわかっていないんじゃない。
何故、突然休めと言われたのかがわからないのだ。
「どうせ、その怪我じゃあ授業を受けるだけでも大変だし、『アムリタ』の治療も恐らく一週間前後掛かるはずだからね。休養だと思ってゆっくりしておきな」
総隊長はそう言ってウィンクする。
いや、怪我の原因……貴方なんだが。
「勿論、その手続きはしてあるから安心してくれたまえ。もうシャロンにも報告済み……だよね」
総隊長は隣にいるオッドさんに尋ねる。語尾が弱々しい。
どうやらその手続きを行っていていたのはオッドさんらしい。おそらくイーブンさんも。
「大丈夫です。アイガさんは一週間、学校をお休みしてもらって構いません。既に学校側の了解は得ています」
オッドさんが淡々と説明してくれた。
「と、いうことだ」
総隊長はさも自分が仕事をしたぞ、といった感じである。
「はぁ……」
呆けつつ何とか状況の整理に努めた。
とりあえず、俺は急に一週間も休みになったようだ。
とりあえず、そのことだけ理解しておこう。
「さて、次の議題だ。その前に……」
総隊長は店員を呼び、新しいデザートを頼んだ。
「皆もいる?」
総隊長は朗らかに聞くが、誰も首肯しなかった。
「それは残念」
と、総隊長は気にせず、五人前頼んだ。どうやら一人で五人分食べるようだ。
もう、この程度では驚かない。
「さて、次の議題。というか、これはお詫びだね。アイガに対しての」
「え?」
お詫び。
そう言われて少し背筋が伸びた。
何か貰えるのだろうか。
左腕が千切れるくらいの怪我をしたのだから、そこそこいいものが貰えると嬉しいのだが。
「君を
知らないワードが出てきてまた俺はフリーズする。
加えて、何か貰えるわけでもないのかと少しだけガッカリもした。
「アイガ、君は……九月にこの国で何があるか知っているかい?」
「え……と……九月ってことは……
「そう! それだ!」
総隊長は指を鳴らして、さらに「正解!」と高らかに宣言する。
このリアクションにも俺は驚かないようになっていた。
それはさておき……
それは俺のような田舎者でも知っているこの国で一番大きな祭だ。
なんでもガイザード王国が建国されたのが九月らしい。
そのため国を挙げて盛大に祝うのだが、その祭の規模と言ったら途轍もなく圧巻らしい。
国中の人間が大はしゃぎし、飲めよ、歌えよ、と酒池肉林の大騒ぎとのことだ。
まぁ、全部師匠から聞いた話である。
俺はこの祭に参加したことがない。
師匠からも「行くか?」と誘われたが、元来人の多いところがあまり好きではなかったし、修行を休んでまで行くほどではないと思い、結局一度も行ったことがないのだ。
「その建国記念祭なんだが知っての通り、まぁ王都にバカみたいに人が集まる。テロの懸念などもあってこの祭のときは王都護衛部隊の隊長が全員、王都に集結し王都を護衛するんだ。これが結構大変なんだよね」
総隊長の言葉に、兄貴も頷いている。
どうやら本当に大変らしい。
兄貴は祭の類が大好きだ。
その祭に参加できず、護衛任務に従事するのは兄貴にとって最大の苦痛だろう。
だが……きっと……多分だが……サボって祭に参加していると思う。
「ん?」
兄貴が急に睨んできた。
あれ? また心を読まれたのか?
「で、そんな大変な祭のために前月の八月に全隊長と総隊長の僕が王都に集まって会議をするんだよ。これを隊長会議って言うんだ。それに君を招待しようと思っている」
そんなものがあるのか。初めて知った。
ただでさえ多忙な隊長たちが集まるのだ。それほど建国記念祭を重要視しているのだろう。
人が増えれば、犯罪率は増加する。
しかも大きな祭ということで人々は浮かれてしまっているので、その危険性はより一層高くなるだろう。
そこに王都護衛部隊の各隊長を投入するのか。
最強の隊長たちが集結すればそれだけで抑止力になるはず。
こんな状況で犯罪を起こすなど、自殺行為に等しいのだから。
「どうだい? アイガ。君の最終目的のためにも各隊長に顔を売っておくのもいいだろ?」
俺はドキッとした。
そうか、総隊長はそこまで知っていたのか。
俺の最終目標。
それはクレアと共に元の世界に戻ること。
そのために必要なのはこの国の王家が保持する『神の忘れ物』という魔法具だ。
その中の一つに向こうの世界に行ける魔法具が存在するのだが、それを使用するには十年に一度開催される『謁見の儀』に赴かなければならない。
『謁見の儀』に出られるのは十年間で最高の実績を出した者だけだ。
そこでは本来、莫大な報奨金が貰えるのだが、それを辞退することで『神の忘れ物』を使う権利を得られる。
ここ近年は王都護衛部隊の隊員からしか選ばれていないが、別に王都護衛部隊に在隊している必要はない。
前例として民間ギルド出身者などが選ばれたこともある。
俺はこの『謁見の儀』に出て『神の忘れ物』を発動させるつもりだった。
ただ……『謁見の儀』に出られたとしても……
一つ、大きな問題がある。
『神の忘れ物』は強力だが、その分、膨大な魔力を消費するのだ。
即ち、魔力のない俺には発動すらできない。
できないのだが……
そこには裏技がある。
それを俺はシャロンから聞いていた。
その裏技を用いて『神の忘れ物』を発動する。
そして、二人で、クレアと共に、俺は向こうの世界に帰るのだ。
「『謁見の儀』に出る人間を選出するのは王都評議会だが、候補者はある程度多めに選定される。その選定に携わるのは王都護衛部隊の隊長たちだ。あぁ勿論、他の部署からも候補者は選定されるけど。ただ、どちらにせよここで隊長たちに顔を覚えてもらうのは悪いことじゃない。そうだろ?」
成程。
確かにこのお詫びとやらは重畳だ。漸く俺は事の重大性に気付いた。
「どうする?」
総隊長は挑発的な表情で俺の貌を望む。
しかし、俺の答えはもう決まっていた。
「ハハハ、オーケーだ。その貌を見れば答えはわかったよ」
「えぇ。是非とも行きますよ、隊長会議に」
総隊長はニヤリと嗤う。含みのある笑顔だった。
俺は奥歯を噛み締め気合を入れる。その笑みに呑まれないように。
ここがきっと分水嶺なんだろう。
俺が目的を果たせるかどうかの。
それほど重要な局面だったんだと思う。
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