第248話 激闘を終えて-総隊長の気まぐれ
その後、俺たちはワープ・ステーションを経由してこのハーギー・タウンにやってきた。
総隊長の「ここの飯が旨いと雑誌に載っていていたので是非とも食べてみたかった」が理由である。
理由はともあれ、あれほどの激闘を繰り広げたあとで飯が食えるのか?
そう思っていたが……
総隊長はお構いなしで喰い続けている。
隣にいる兄貴もがっつり食っている始末。
俺の思いは杞憂に終わった。
因みにこの村に着てすぐ、オッドさんとイーブンさんは、仕事があるとのことでまたワープ・ステーションを使ってどこかに行ってしまった。
「アンディ、それ旨そうだな。一口くれよ」
「嫌ですよ。喰いたいなら頼んでください」
「ケチだなぁ~」
「あんたに一口渡したら、その一口で全部喰うでしょうが。ケチとかの問題じゃないっす」
二人とも器用に飯を口に入れながら喋っている。
いや、器用というよりも行儀が悪いのか。
兄貴に断られた総隊長は即座に注文をした。
その間もずっと喰っている。
ていうか、この二人どんだけ喰うんだよ……
もう、何十人前……
暫くしてやっと二人の食事が終わった。
総隊長はデザートに頼んだアイスを堪能している。
兄貴は残った酒を名残惜しそうに飲んでいた。
向こうの方で店員が椅子に座ってグッタリしているので相当頑張ったんだろうな。
コックらしき人は口から魂が出ている勢いで椅子に座っていた。
テーブルの上は綺麗になくなっており、俺の手前に申し訳ない程度のアクアパッツァが置かれているだけだ。
もうすっかり冷めている。
一応、気を利かせたのか、それとも最初からこの料理に興味がなかったのはわからない。
未だ、痛みで身体を動かすのが億劫なので俺はそっとその料理から視線を外した。
「さて、そろそろ話し合いを始めますか」
徐に総隊長と視線が合う。その顔つきは先ほどまでとは違い真面目そのものだった。
同時に和やかな空気に一筋、電光が走ったような気がする。
「まずは謝ろう。今回は済まなかったね」
そう言って、総隊長は座ったまま頭を下げた。
「いえ、その……」
「アイガ、受け取っとけ。総隊長の謝罪なんてこの先一生見られないぞ」
恐縮する俺の横で兄貴は嬉しそうだ。
総隊長は顔を上げると「ニッ」と笑った。
「まぁ、本当は君の実力を試すだけのつもりだったんだけど、思いのほか君が強くてね。最後の一撃はよかったよ。本気になりかけたからね」
総隊長から嘘は感じられない。きっとこの人も戦いに愉悦を見出すタイプなのだろう。
だからこそ、これは本気の評価だと思う。
俺は総隊長から褒められて少し照れてしまった。
「アイガ、結論から言って合格だ。おめでとう」
「はぁ……」
何に対しての合格なのかわからないが、俺はとりあえずその合格を受け取ることにした。
総隊長は着ていたアロハシャツのポケットから小さな石を取り出す。
真っ白でまん丸の石は自然物ではなく、人工物のようだった。
机の上にその石を置き、総隊長はデコピンの要領でそれを弾いた。
瞬間、石から分厚い紙束が俺のほうへ向かって飛びだす。
これもまた魔法か。この石は恐らく運搬用の魔法具といったところか。
「それが報告書。シャロンが直接もらったものだ」
シャロンの名前が出て、俺は背筋が伸びる。
総隊長はそのまま話を続けた。
曰く、五月の終わりに王都評議会なるものが開かれたこと。
そこにシャロンが召喚され、証言させられたということ。
ディアレス学園にまほろばが現れたことは勿論、俺の獣王武人のことなど俺に関しても詳細な証言がされたようだ。
その後、そういった経緯を含めた詳しい書類を提出するよう命じられたらしい。
その書類が俺の眼前にあるものだった。
総隊長はデザートの最後の一口を食べながら「読んでいいよ」と一言呟いた。
俺はゆっくりと書類を開く。
丁寧に書かれた文字をじっくり読み込んだ。それこそ穴が開くほど。
ふむ、さっぱりわからない。
読めるには読めるが、専門的な用語が多すぎてもう何を書いているのかチンプンカンプンだ。
辛うじて分かったのは俺がこちらに来た経緯。
俺の身体に宿った氣の説明。
獣王武人の特徴と特性。
宵月流殺法術をゲンブ師匠に習ったことと俺が師匠の下で生活していたこと。
つまり俺に関することだけわかったということだ。
それ以外のシャロンの研究に関する部分はわからない。
実験体にされた当事者だというのに。
ただこれだけはわかる。
シャロンは真実を巧妙に隠していた。
あの身の毛もよだつ実験の過酷さを省いている。
血反吐を撒き散らした残酷さを割愛している。
人権を無視し、人格を侮蔑した非道を黙っている。
憤怒の炎が俺の中で漁火の如く、紅く、眩しく、燃え広がった。
浅ましい。それでいてこの上なく醜い。
「間違っているところはあるかい?」
総隊長はいつの間にか甘そうなジュースを飲んでいた。
「恐らく無いと思います。ただ、あの女の醜悪さが足りないくらいですね」
俺の言葉に総隊長は屈託のない笑顔になる。
「俺もそう思う」
その言葉は意外だった。
てっきり否定されるものとばかり思っていたからだ。
この人はあの女の正体に気付いているのか。シャロンの外面の良さと面の分厚さはこの大陸一番だと思っていたが。
「総隊長はシャロンのことを知っているのですか?」
俺の問いに総隊長は背凭れに凭れて天井を仰ぐ。
「僕、王都護衛部隊の総隊長になる前は王都護衛部隊とは違う部隊にいてね。シャロンとは直接関りがないんだよね。僕が総隊長になったときには彼女、隊長職を辞職していたし。まぁ挨拶程度はしたことあるけど、立ち話すらしたことなかったんだよね、実は」
それでシャロンの正体に気付いているなら大したものだ。
やっぱりこの人は凄い人なのかもしれない。
「あの人は怖い人だね。煌びやかな仮面を被って他人と応対するけど、その仮面の奥にある闇の深さを隠そうともしていない。それに気付いてその闇を覗こうとすれば忽ち引きずり込まれてしまうし……」
総隊長はそう言いながらジュースを一気に飲んだ。甘い匂いが微かに漂う。
「でも、そうなってくるとその仮面を剥がしてみたくなるのも仕方ないだろ? その素顔は女傑か? 怪物か? 確かめたくなったのさ。だから君を誘い出した」
総隊長は人差し指で俺を指し示す。
口角は上がって笑っているような貌で。
ただ、眼は笑っていないのだけれど。
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