第243話 モープル山の死闘-その四

 天より降り注ぐ万死の雨。

 流体から個体へと化けた刃の群れが嗤うように銀色に輝く。


 あれがこの身に触れれば、忽ち切り裂かれて死んでしまうだろう。今までの戦いで相手の魔法の威力はわかっている。

 あの刃も先ほどの炎や雷と同様、俺が今まで見てきた魔法とは一線を画す威力のはずだ。


 一手も間違えられない。

 凄まじい緊張感が俺の中を駆け巡る。

 冷汗と血が混じった液体がゆっくりと地面に落ちた。


 次の瞬間、白ローブが生み出した銀の刃が一気に放たれる。

 まるで血に飢えた獣のように、真っ直ぐ俺に向かって。


 俺は氣を左手に集めた。

 爆炎に焼かれた腕に痛みが迸る。


 その痛みを無視して俺は拳を握った。


「破!」


 喉が引き千切れるくらいに張り上げた怒声と共に左手を前に突き出す。

 同時に爪を一気に伸ばした。


 俺の左腕の神経はまだ生きている。

 神経が生きているなら爪を伸ばすことは可能だ。


 咲き誇る花のように開いた手の爪が猛襲する刃にぶつかった。


 圧倒的な集中力のなせる技か、この瞬間俺は全てがスローモーションに見えたんだ。だから、相手の攻撃に適応できたんだと思う。

 時が止まった。そう錯覚するほどに。


 その集中力を持って、豪秒も狂うことなく俺は腕を振り下ろす。


 刃の軌道を変えたのだ。

 しかし俺の爪は敵の刃によって砕け、地面に落ちていく。血が、肉が、爪の破片がパラパラと散っていった。

 痛みがまた脳を穿つ。

 

 そんな状態で俺は嗤った。

 目論見が成功したからだ。


 刃といえど、敵の攻撃は魔法だ。

 魔法であるなら、氣の攻撃が通じる。


 敵の刃も俺の氣の宿った爪による衝撃によって破砕され、地面に転がっていた。

 折れた刃が恨めしそうに、鈍く輝く。


 俺は油断することなく構えた。

 未だ敵の刃はまだ迫り続けているのだ。

 

 ただ、第一陣を捌いたことで一拍の間が生まれる。


 死に物狂いで得た刹那の機会。


 俺はその間隙を使って、両足に力を込めた。

 そして筋肉を爆発させる。


 受け身も忘れて無様に横に跳んだ。

 地面を転がる際にまた痛みが走る。

 

 それでも左腕だけはもう痛くなかった。いや違う。正確にはもう感覚がないのだ。

 五指を失わなかっただけ儲けものか。変わらず肉は焦げ、骨は剥き出していて、血も滴っている。痛みだけが消えていた。

 

 俺は左腕を忘れ、即座に立ち上がる。その際、折れた爪の一部を右手に携えて。


 相手は悠々と地面に着地し、両腕を俺に向けた。


「開……」


 新たな魔法が生み出される。


 そうはさせるか。

 その思いで俺は右手に持った己の爪を投げた。

 まだ残氣を帯びた爪がダーツの如く相手を襲う。


 白ローブは構わず魔法を撃った。赤い炎の魔法だ。


 空中で俺の爪と相手の魔法がぶつかり弾けた。

 一瞬の発光。

 

 相手の魔法の威力が高かったか、爪は砕け虚しく散る。


 その勢いのまま相手の魔法が俺に迫る。が、威力は弱まり狙いも逸れた。

 俺の奇襲により、白ローブの魔法は今までより練られていなかったのだ。さらに速度も遅かった。その所為で俺の爪によって弱体化され、軌道もずれてしまったのである。


 千載一遇。

 ここまでの攻防の中、恐らくこれが俺にできる最適解であり、最後のチャンスだ。


 俺は走る。我武者羅に、無我夢中で。

 

「うぉぉぉおおお!」


 獣のように咆哮を上げる俺。

 白ローブは慌てず、第二の炎魔法で俺を狙った。

 

「開……重……」


 高密度の魔法がまた生成されている。


「しゃあ!」


 俺は地面に向かって思い切り踏み込んだ。

 

 震脚。

 または踏鳴ふみなりとよばれる技法。

 要は強い踏み込みだ。


 それだけでは何もならない。

 試合ならば気迫をぶつけるという意味合いもあるが、殺し合いではパフォーマンスにしかならない。


 普通ならば。

 しかし、ここは普通じゃない。

 

 俺が踏み込んだ場には普通じゃないものがあったのだ。

 それは白ローブが、生み出して俺が撃ち落とした銀色の刃の残骸。


 炎や雷といった現象の魔法は氣によってすぐに破壊される。

 だが、金属や岩といった物体の魔法は、氣によって破壊されるまでタイムラグがあった。


 加えて相手は俺の氣の対策として魔法にコーティングを施している。

 そのため、ここに落ちた刃たちも完全に破壊されず、まだ残っていたのだ。


 その刃の塊に俺は足を落とした。氣を蓄えた右足で。


 案の定、刃は折れ、砕ける。

 その刃が踏み込まれた衝撃で飛散した。


 ランダムに飛び散る刃に白ローブは初めて慌てたのか、たじろいだ。

 魔法の生成もキャンセルされる。


「せい!」


 さらに俺はサッカーの要領で空中にあった刃の破片を思い切り左足で蹴り飛ばした。

 白ローブが手ずから造った刃が、創造主たる己に向かって飛ぶ。


 自らが生み出したその強固な刃、俺対策で作ってしまった刃で串刺しになればいい。

 そんな思いが少しだけ過る。


 白ローブは右手で炎を生み出し、その刃を爆砕した。

 流石だ。


 しかし、その隙に俺は完全に間合いに入った。

 既に攻撃の準備は終えている。


「宵月流! 秘奥義! 『かんなぎ』!」


 全身を駆動させ、先ほどの震脚以上に踏み込んだ。

 地面を砕き、空気を裂くが如く身体を捻る。


 全ての動きが右の拳のエネルギーに変わった。


「く!」


 初めて相手の焦燥を感じられた。


 俺の拳を白ローブは左腕でガードする。瞬間、瀑布のように流れ込む氣の脈動。


 ドン、と大きな音と共に白ローブの左腕が爆発した。

 

 この弱弱しい手応え。

 思った以上に速い爆発。

 

 ちぃ……くそ……

 これは……


 氣外し。

 ここにきてそんな技術まで使ってくるとは……


 初見でできるわけがないとは思っていたが、この相手ならばできてもおかしくはない。

 不思議と俺は納得していた。

 この相手ならばそれも仕方なし、と。


 ただ、『巫』に使う氣の量で氣外しを行えるなど本当に強い戦士もののふでなければ不可能だろう。


 やはり、この白ローブ……

 強すぎる。


 それなのに……

 なぜだろうか……

 俺は無意識に嗤っていた。


 一か八かの奇策も渾身の一撃もこの相手には通じなかったのに。


 それに……まだ諦めたわけじゃない。

 

 俺は即座に身体をまた捩じる。

 引手だった左腕をロケットの如く発射した。


 踏み込んだ足が軸足となり、逆に先ほどまで軸足だった左足が半歩、前に出る。


 強引な動作に全身が千切れそうだった。

 筋肉の悲鳴と断裂する音が体内でこだまする。

 骨が軋み、折れる。

 痛みが、臓腑をねぶっていく。


 それでも俺はこの一撃に全てを込めた。


 激闘の中で氣外しを行ったことは感嘆に値するが、よもや全ての氣を取り除けたわけではあるまい。


 少しでも体内に氣が残っているなら!

 この技で!

 俺の勝ちだ!


「宵月流! 秘奥義! 『いかづち』」


 土壇場の思い付きだ。

 命懸けの戦いの中、まさに霆の閃きの如くそのヒントが俺の脳裏に轟く。

 俺はその閃きに掛けたのだ。


 恐らく切っ掛けはヴォルタン火山の際、ジュリアとの共闘で『霆』を撃ったことだろう。

 その時から俺はいつか、『霆』を形にしたいと思っていた。


 それがここで実ったのだ。


 氣外しを行う以上、魔素……即ち魔法を行使しなければならない。

 膨大な氣の一撃である『巫』の全ての氣を即座に体外に排出するのは不可能。

 つまり、お前の体内には、まだ『巫』の氣が残っているはずだ。

 加えてその氣は氣外しのために使った魔素に反応して燻っているだろう。


 それは最早火薬。

 微かな火種で大爆発を引き起こす火薬だ。


 そこへ大きな火種を送り込んでやるよ。


 天啓にも似た直感が俺を奮い立たせた。

 このままでは敗北は必至。

 ならば俺はこの閃きに己の運命を賭けるだけ。


 繰り出した左腕は辛うじて拳が握れているだけの力しかない。

 だが、氣は十分に練れている。


 俺は忘我の中、拳を白ローブの腹部に見舞った。


 直撃の感触と共に、俺の左腕からけたたましい音が轟く。

 今まで感じたことのない痛みが脳天を貫いた。


 俺の左腕は……死んだ。

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