第238話 特別科の四人目-前編
それはまさに灼熱。
晴天に雲一つなく、夏の日差しが容赦なく照り付けていた。
山で暮らしていた時は森の木々が日光を遮ってくれていたが、遮蔽物の少ない街では日の光がそのまま降り注ぐ。
太陽の恩恵よりも災厄といった面が強い季節だと感じていた。
兎に角暑いのだ。
前にいた世界よりこっちのほうが暑いと感じるのは体感の問題なのだろうか。
温度計を見れば既に三十五度を越えていた。
俺が前の世界にいた時はもう少し温度が低かった気がするが。最早答えはわからない。
「大丈夫? アイガ君」
隣を歩くロビンが声を掛けてくれた。
「駄目だ。暑くて死にそうだ」
俺は弱音を吐く。多少冗談は含めているが。
「アイガには珍しい軟弱な発言だな。暑いのは苦手か?」
ゴードンは肩にかけたタオルで汗を拭っている。
「苦手……というよりかは嫌いだな」
俺も汗を拭った。
この時期、タオルは必需品だ。
山育ちだから暑さに得意と思われているかもしれないが、そもそも高地故に気温がレクック・シティ近辺より二、三度低い。山にいた時の方が快適だったのだ。
そんな場所で過ごしていたため暑いのは嫌いだ。
もっと言えば、前にいた世界でも暑さは嫌いだった。
汗だくになりながらその辺を駆けまわっていたので苦手ではないはずだと自分では思っているが。
『嫌い』と『苦手』は別の感情だ。
「そういえば、昨日デイジー先生のお使いどうなったの?」
ロビンが無邪気な顔をして聞く。
俺は一瞬で蒼褪め、冷汗が大量に流れた。
体感温度も一気に下がる。
「あれ? どうしたの?」
「あぁ、ロビン、聞いてやるな。またクレア殿に怒られたのだ、アイガは」
ゴードンがロビンに耳打ちする。
その内容が俺にまで届いているから耳打ちの意味はないと思うが。
「え? なんで?」
俺はその経緯を掻い摘んで話す。
ゴードンが嬉々として話そうとしていたから先んじたのだ。
何を嬉しそうにしているのか。少し腹が立つ。
クレアに怒られたのは昨日のことだが今も尚その恐怖は俺の中に巣食っていた。
よもや、フェザー・ウォーバーの恐怖を秒で更新するとは思わなかった。
クレアが憤激している際、俺は死を覚悟する。
しかし、俺の悲鳴に近い叫びを聞きつけてイザベラが戻ってきてくれたのが僥倖だった。
その折にイザベラがクレアに説明してくれて事なきを得たのである。
しかもイザベラはちゃんと自身の失態、俺の失態を隠してくれたのでそれ以上の誤解は広がらなかった。
クレアも矛を収めてくれたのだが、なんとその時学食にはゴードンもいたらしい。
俺はそれどころじゃなかったので気付かなった。
そして、騒動が終わってから登場したゴードンにそれまでの経緯を説明する羽目になったのだ。
というか、学食にいたなら助けてくれてもいいのに。
俺の視線を感じてかゴードンは咳払いをする。
「アイガ。我ではあの状態のクレア殿は止められん」
まぁ、そうだろうけど。
それでも不満だけが残った。
そんなことを話しながら俺たち三人は修練場の門を潜る。
今日は久しぶりの体術訓練だ。
だからこのクソ暑い中、歩いていたのである。
修練場の奥にはもうクラスメートたちが揃っていた。
皆一様に暑そうだ。
俺たちから遅れて数秒後、特別科の女性陣も到着した。
俺は恐る恐るクレアに挨拶する。
「あ、あの、クレア……」
「あ、おはよーアイガ」
クレアは満面の笑みで挨拶してくれた。
よかった、もう怒ってないようだ……
クレアが俺の横にひょこっと立つ。
「昨日のこと、まだ納得してないよ。またちゃんと、一から説明してね」
低く、響くような声で耳打ちされた。
冷汗が濁流の如く溢れる。
身体が地震の如く震える。
身の毛が一斉に逆立つ。
あ、俺……まだ助かってなかったのか。
蒼褪めている俺を見て、ロビンとゴードンが憐憫の情を向けてくる。
いや、だから助けてくれ。
「ん? どうしたの? アイガ君、風邪? 顔色悪いよ」
ジュリアがそっと俺の手首を持つ。
暖かい手だ。
「わ、脈もおかしいよ。大丈夫?」
ジュリアの上目遣いの瞳が優しい。
俺は「だいじょうぶ」と強がった。
後ろでクレアが
まだ、ギリギリ助かっているのかわからないが。
「ん?」
ふと、俺は視線の端が気になる。
そこには見知らぬ男がいた。
ダークグリーンの短髪をオールバック風に流している。襟足は少し長い。
キリっとした瞳は常盤色に輝いていた。
制服のローブは脱いで腰に巻いており、黒いシャツに銀の……ロケットを首からぶら下げている。
身長は百六十五前後か。筋肉もしっかりしており、一目で鍛えているとわかる体躯だった。
ただ、雰囲気が他の学生と違う。
剥き出しの刃物のような、爆発物のような、触ると危険とわかる雰囲気を放っていた。そして、それを隠そうともしていない。
「え……だれ?」
俺の疑問にクレアの表情が変わる。
「あ、アイガは初対面か。紹介するね。彼は私たちと同じ特別科のジェイド・クロフォード。ジェイド、こっちが……」
「必要ない。慣れ合う気など毛頭ないんだ」
素っ気ない。
それがこの男に対する第一印象だった。
名前はジェイド・クロフォード……か。
ん? 特別科?
「ご挨拶だな。ていうか特別科? 俺会ったことないけど」
そう、俺は彼に……ジェイドに会ったことがない。
特別科と合同で行う体術訓練でも、ウィー・ステラ島の合宿でも会っていないのだ。
「あぁ……ジェイドはお家の事情でウィー・ステラ島の合宿を休んでいたから……」
クレアはコソコソと教えてくれた。
「へぇ~」
成程、それで会っていなかったのか……
合宿を休めるということはそれ相応の事情と鑑みていいだろう。
だが、まだ疑問の全て解決していない。
「ん? でも、体術訓練は普通科、特別科合同なんじゃ……」
ジェイドが突然こちらを睨んできた。
「五月蠅い奴だな。鬱陶しい」
悪態もここまで露骨だと逆に清々しい。
純粋な敵意を浴びるのも久しぶりだ。
俺は珍しいものを見るような目でジェイドを見ていた。
「まぁ、本人がああいう性格でずっとサボっていたんだけど、とうとうパーシヴァル先生が怒って、本日やっと参加したわけ」
ジュリアが補足するように説明してくれる。
やれやれといったジェスチャー付きで。
ふむ、クレア、サリー、ジュリアと特別科の面々を知ってきた中で初めてのタイプだ。
これはこれで新鮮だと感じている。
もしかしたらある意味でジェイドとやらはこの世界の人間のオーソドックスなタイプなのかもしれない。
そんな時、
「久しいな、ジェイド」
ゴードンがジェイドに挨拶を交わした。
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