第237話 フェザー・ウォーバー-その十二
「あ、あの……これ……」
気まずい空気の中、イザベラが何かを取り出す。
それは掌サイズの小さな木箱だった。
俺は木箱を受け取り蓋を開ける。
中には青い珠が入っていた。
スーパーボールくらいのサイズだ。
「これは?」
イザベラは瞬きを何回か繰り返す。落ち着きを取り戻そうとしているようだ。
数回、深呼吸をしてからこちらに顔を向けた。
しかし視線だけは合わない。
「今日、採りに行ったウォーバライトと同じ
ほう、ウォーバライトと同じ……鉱石か。
うん?
「りゅうまこうせき?」
疑問がそのまま口から出る。
「溜魔鉱石はその名の通り、石そのものに魔素が溜まる鉱石のこと。それだけだと普通の石と変わらないんだけど、特殊な魔法や衝撃を与えることで溜めた魔力に応じた魔法を発動するの」
そういうことか。合点がいった。
凄いものだな、溜魔鉱石とやらは。
魔導士のイザベラが欲するのもわかった気がする。
「この鉱石から齎される恩恵は色んなものに使われているのよ。例としては極端だけどアイガ君の『魔人の証明』もこの溜魔鉱石の応用の一種なの。知らなかった?」
一気に饒舌になるイザベラ。
先ほどとは打って変わって、視線もしっかり合うようになる。
どうやら彼女の魔導士魂に火が点いたようだ。
気まずい空気も消えたのでラッキーだった。
それは兎も角として……
イザベラの話を聞いて初めて、俺は自分の背中に彫られた『魔人の証明』が溜魔鉱石なるものの恩恵だと知った。
『特殊な顔料を用いて』と説明されていたが恐らく、この『特殊な顔料』がその溜魔鉱石だったのか。
「アイガ君に渡したそれはもう魔力を放出し尽くして、厳密には溜魔鉱石じゃないけどね。シエロライトは加工し易いから鉱石としての力を終えた後はそうやって装飾品になることが多いんだ」
ほう、つまりこれはもう力を持っていない鉱石ということか。
取り出すと石特有の重さがずしりとくる。
明るい青色だ。その青の中に白い模様が描かれていた。
これは、まるで空?
「その白い模様は能力を失ったシエロライトの特徴で、加工して艶を出すと綺麗な青色になるの。まるで空みたいでしょ。だから別名、『空の石』って呼ばれているわ」
空の石。
正しくその通りだと思う。
天穹をそのまま丸くしたような珠は艶やかで美しい。
「まぁ、でも売っても二束三文だけど……貰ってくれる?」
イザベラの顔が少し不安そうになった。
力を失った鉱石。それを加工して装飾品にしたもの。
彼女は価値の無いものを渡すことに申し訳なさがあるようだ。
だが……
「有難く頂戴するよ。素直に綺麗だと思ったし。大切にするよ。ありがとう、イザベラ」
本心だった。
空の石の綺麗さに俺の心は吸い込まれたのだ。
イザベラは安心したのかニッコリと笑った。
「もう一度加工すれば色んな装飾品に改造できるよ。街に行けばそういうことをしてくれる雑貨屋さんもあるからね」
成程。それならネックレスか、ブレスレットにするか。
空の石のお陰か、空気も和み先の失態が霞んだ頃。
不意に身体が空腹を訴えた。
ココアの糖分で誤魔化すのもそろそろ限界のようだ。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「あ! うん、今日は本当にありがとう。それと……ごめんなさい」
イザベラは最後に深々とお辞儀をした。反省のためか、また顔が少し赤くなっていた。
俺は笑いながら教室を後にする。
今日は本当にいろんなことがあった。
感情が乱高下しすぎて、心が疲れてしまっていた。
こういう日は旨いものを食べるに限る。
階下に降りると学食から漂ういい匂いが空腹を抉るように刺激した。
今日の気分は……肉だな。
夕食のメニューを決め、学食に入ろうとした時だった。
「あ! アイガ!」
呼ばれて振り返るとクレアとサリーがいた。
「あれ? クレア? サリー?」
どうやら学食から零れる匂いでクレアの匂いに気付けなかったようだ。
「アイガもご飯?」
「そうだけど……クレアたちも?」
クレアはニッコリと笑う。
後ろにいたサリーはペコリとお辞儀した。
「そうだよ」
そう言いながらクレアは食堂の横にいる階段を見る。
「アイガ、今、階段から下りてきたよね。ここの二階って確か……」
「研究科の教室と実験室ですね」
思案するクレアにサリーが即答で教えた。
「あぁ、ちょっと任務の依頼で研究科に寄ってたんだよ」
俺は掻い摘んで説明する。
説明が面倒だと思っただけだ。
決して後ろ暗いことなどない。
「そっかぁ。大変だね」
クレアが労ってくれたので心の疲れが少し回復した。
「折角だしご飯に一緒に食べない?」
「いいのか? じゃあ、お言葉に甘えて」
クレアの提案を俺は快く受け入れる。何なら願ったり叶ったりだ。
俺は二人と共に学食に入ろうとする。
その時。
「あ、アイガ君!」
またもや名前を呼ばれた。
俺は立ち止まり、声の方を向く。
そこにいたのは、イザベラだった。
急いで降りてきたのか、息を切らしている。
「あ、イザベラ……」
「良かった。まだ近くにいてくれて」
そしてイザベラは笑顔で何かを手渡してきた。
俺は何も考えず、それを受け取る。
見覚えのある布の塊り。俺は無意識に一番受けに置かれていた布を持ち上げた。
風にはためくそれは……
下着!?
これは……俺の下着だ……
「え? これは?」
「アイガくんの服だよ!」
ん?
服?
あぁ、洗濯してもらっていたやつか……
「確認したら乾いていたから急いで持ってきたの。服が無いと困るでしょ」
あぁそういうことか……
わざわざ持ってきてくれたのか。
あれ……
後ろから異様な殺気が……
俺は恐る恐る見返る。
「ふく? なんで? それ……したぎだよね? なんで?」
クレアが真っ黒な目でこちらを見ていた。
俺は急いで下着だけをポケットにしまったが、クレアの瞳の色は一層濃く、黒くなっていく。
あ……
やばい……
「じゃあ、私はこれで! 今度はちゃんと裸見せてくださいね! 私まだ諦めていませんから!」
イザベラは変な言葉を残し、満面の笑みで研究科に戻っていった。
「いや! イザベラ!?」
俺の反論は届かない。イザベラはもう研究科のある二階へ消えてしまっていた。
「こんど? はだか?」
ひぃ!
俺はゆっくりとクレアから距離を取る。
「待って」
そんな俺の肩をクレアががっつりと掴んだ。
「く……クレア……さん?」
クレアの余りの迫力に自然と敬語になる。
「アイガ、どういうことかな? 今の女の子誰? 裸ってどういうこと? なんでアイガの服……下着を洗っているの? なんで? え? どういうこと? ねぇ、どういうこと?」
クレアの真っ黒な目が仄かに燃えていた。
ような気がした。
これは……
やばい……
背中の冷汗が止まらない。
震えが止まらない。
鳥肌が粟立つ。
「いや、これは、あの、その、違う、違うんだクレア」
慌てふためく俺とは違い、クレアの眼は真っ直ぐに俺を射抜く。
恐怖が心の底から湧きあがる。
内臓が悲鳴を上げ、身体が痙攣し始めた。
あれ?
フェザー・ウォーバーより怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
「どういうことかな? アイガ?」
あの原初の恐怖を一瞬で塗り替える恐怖がそこにあった。
「ねぇ? どういうことかな!?」
俺はもう詰んだのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます