第235話 フェザー・ウォーバー-その十
「ふぅ……」
芯から
俺はシャワーを止め、一息吐いた。
身体と心が蘇るような、そんな爽快感があった。
余談だが、この世界のシャワーは魔法具の力で水を湯に変える。
だが細かい調整はできないところが不満だ。
『冷たい』、『ぬるい』、『やや熱い』、『熱い』の四段階しかない。一応、『熱い』のさらに上に『熱湯』のレベルがあるが、こちらはロックが掛かっているので発動できない仕様になっていた。
まぁ、このロックは簡単に解除できるので『熱湯』を浴びたい人はロックを外している。
そもそも、『熱湯』といっても火傷するほどの本当の熱湯ではない。リアクションが取れる程度の熱さだ。
こちらの世界の魔法使いは一々、日常に使う物に魔法を発動するのは面倒らしく、家事、炊事、風呂を含むシャワー、洗濯などはこうした日常用の魔法具を使用していた。
この辺りは元の世界の仕組みと変わらないと思う。
どの世界も、日常の生活における面倒は極力排除したいというのが共通認識なのだろう。
魔法具を発動するには勿論魔力がいるが、魔法を発動するよりかは遥かに楽だ。
その都度、魔法演算なんてしんどいことをしなくてもいいのだから。
ただ、俺はそのしんどさを知らないのだが。
魔力の無い俺の場合、『
今回もそうだ。
俺は『代替の宝珠』に感謝しながら置かれていた白いタオルで全身を拭う。
改めてさっぱりした。
「ん? あれ?」
おかしい。
服がない。
はて?
棚を見渡す。が、何度見ても服がない。
俺は真っ裸で首を傾げる。
「あ、アイガさん、上がられました?」
突然扉の向こうからイザベラの声がした。
初めて彼女との邂逅を思い出す。
下着姿のイザベラ……
あの時と似た状況だ。正し立場は逆転しているし、なんなら俺は下着すらない。
「え……と……イザベラさん、俺の服知りません?」
「はい! アイガさんのお洋服、泥塗れになっていましたので今、洗濯中です。研究棟の三階にそこだけ魔法が許可されている部屋がありまして、そこに洗濯用魔法具が置かれているんですけど、そこで洗濯中です。あと少しで終わるので少々お待ちください」
やや早口でイザベラが説明してくれた。
なんと洗濯してもらっていたのか。
有難い……有難い?
いやいや、困るぞ、それは。
着るものがない。
「あ、一応、替えのお洋服、用意したんですけど……扉、少しだけ開けていいですか?」
ますます、出会ったときと酷似しているな。
「あ、どうぞ……」
許可しつつ一応念のため俺はタオルを腰に巻いた。
イザベラは扉を開け、手だけを出し、紙袋を置く。
「その袋にお洋服を入れておきましたので着替えてください。魔素を吸えばサイズが調整されるはずですから」
「あ、ありがとうございます」
俺は扉がしまってから紙袋を取った。
中には確かに服が入っている。
Tシャツとデニムっぽい素材のボトムス、あとトランクスが入っていた。
着てみる。
少しサイズは大きめだ。
宝珠に力を込める。
すると、石は輝き魔力を消費した。
成程、服がピッタリのサイズになる。
便利な服だ。
これ……一着くらい欲しいな。
あとでどこに売っているか聞くか。
「着替え終わりました」
俺は扉を開ける。
ニコニコと笑っているイザベラがいた。
良かった。
あの時と同じ状況にならなくて。
「服、ありがとうございます」
「いえいえ、これくらい。汚してしまったのは私の所為ですから」
イザベラはマグカップを手渡してきた。
中には黒い液体が入っている。
「どうぞ、ココアです。あ、甘いのお嫌いでしたか?」
「いえ、大好物です。ありがとうございます。頂きます」
俺はココアを受け取った。
いい匂いだ。
一口飲むと温かいカカオの風味が広がる。
程よい甘さと人肌のような温かさが身体に染み渡っていった。
「魔法でちゃちゃっと洗えればいいんですけどここは魔法禁止区域ですので。許可された場所以外はダメなんですよ。お時間頂いてごめんなさい」
「いやいや、洗ってもらえるだけ有難いです」
これは本音だ。
正直、寮に帰ってから洗うのは面倒だなと思っていた。
全裸で過ごすかと思ったが、それも杞憂だったので本当に助かる。
「私たち研究科は服が汚れることが多いので三階に洗濯用の部屋があるんですよ。そこに洗濯用魔法具があって洗濯のみ魔法の発動が許されているんです」
「あぁ、そう言えば初めて会ったときイザベラさんも……」
しまった。失言だ。
ココアを飲んで落ち着きすぎたようだ。
「そうですけど……そのときのことは忘れてください」
イザベラはココアで顔を隠した。耳まで赤くなっている。
本当にやってしまった。
「すみません」
俺は心から謝る。
気まずい空気が流れた。
「あの……ずっと言おうと思ってたんですけど……」
イザベラが急に真面目な顔になった。
「なんですか?」
俺も釣られて真面目な顔になる。
「敬語止めませんか? 私たち同い年ですよね?」
あぁ、確かにそうか。
クラスは違うが、同じ一年生だ。
つい初対面の印象の悪さから敬語のまま過ごしていた。
「そうですね……同い年ですし……」
「ほら、また敬語。じゃあせーの! で敬語を止めましょう」
「わかりました」
俺とイザベラはニッコリと笑う。
「「せーの!」」
お互いに掛け声を出した。
「なんかいきなりで困惑します……するけど……とりあえず……お疲れ様ってことで」
俺はたどたどしくタメ口に直す。
そして手に持っていたマグカップを掲げた。
「そう……だね。お疲れ様。今日は本当にありがとう」
イザベラもマグカップを掲げる
細やかな祝杯といったところか。
コンという小さな音が研究科の教室に響き渡る。
優しい気持ちが心に溢れた。俺はそのままココアを呑む。錯覚かもしれないが、さっきより甘い気がした。
「こんないい空気の中で申し訳ないんだけど……」
イザベラの雰囲気がまた変わった。
なんだ?
あ……お礼か?
「ごめんね、アイガ君」
イザベラが指を鳴らす。
瞬間、俺の着ていた服が破れ、服だった布が両腕を拘束した。
服の切れ端部分に引っ張られ、俺はそのままテーブルに突っ伏した形になる。
「え? 何!?」
パニックになりつつ俺はイザベラを見た。
さっきまでの和やかな雰囲気は欠片もない。
そこにいたイザベラは妖しく嗤っていた。
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