第228話 フェザー・ウォーバー-その三
まさかこんなことになろうとは……
日頃の行いが悪かったか?
厄日とは続くものだとつくづく思う。
俺は今、ガイザード王国の南西にあるフェザー・ウォーバーという場所の近くに来ていた。
フェザー・ウォーバー。
名前の由来になったウォーバーとは絶滅した鳥の名前だ。無論、俺は姿形を知らない。
その鳥の翼のような形をしているということで名づけられた沼。
そう、沼の名前だ。
そして、ここはその沼がある湿地帯である。
周囲は葦のような植物に囲まれており、曇天も重なって印象はかなり暗い場所だった。
鬱蒼とした植物、地面には泥濘が広がり、何やら少し異臭もする。
けたたましく鳴く名前のわからない鳥の声をBGMに俺は一人、佇んでいた。
ここは普通の沼じゃない。
ガイザード王国があるボルティア大陸の中でも危険度Aランクという極めて危険な場所だ。
基本的に一般人は立ち入らない。
理由は魔獣の存在もあるが、それよりも沼そのものが危険なのだ。
この沼……広さは二百平方メートル程だが、なんと底無し沼である。
普段は五メートルにも満たない水深だが一定以上進めば直ちに汚泥に足を絡め捕られ一気に沈んでいく。
一度、足を取られれば二度と抜け出せないという蟻地獄のような沼なのだ。
魔獣ではなく、沼そのものが危険というガイザード王国でも稀有な場所である。
実際、ここの沼に沈んで死亡した人間はかなりいるらしく、現在は特殊指定領域という特別な場所になっている。
とどのつまり、ここに来るには行政の許可がいるということだ。
そんな沼に俺はいる。
何故か。
全ては昨日のこと。
そう、研究科に荷物を届けたあの日だ。
「アイガさん、不躾なんですが……実はお願いしたいことがあるんですけど……」
イザベラが神妙な面持ちで俺の顔を見上げる。
「明日、一緒にフェザー・ウォーバーに行ってくれませんか?」
「フェザー・ウォーバー?」
俺はこの時、まだフェザー・ウォーバーを知らない。
イザベラがフェザー・ウォーバーについて簡単にレクチャーしてくれた。
特殊指定領域なるものもここで知った。
成程、底無し沼か。
元居た世界でもそんな類のものはあった。が、それらは全て眉唾ものばかりだった。
底は普通にあるし、なんなら水深も浅いものばかりだ。
ただ、この世界では実際にあってもおかしくはない。
魔法の世界に慣れた俺はもうその程度では驚かないようになっていた。
しかし、何故……そんな場所に?
訝しがる俺を見て、イザベラが部屋の隅にあった棚からとある本を取り出した。
見るからに分厚い本だ。
「実は……フェザー・ウォーバーにある鉱物が欲しくて……これなんですけど……」
本を開き、ある場所を指す。
そこには黄色に輝く石の絵が描かれ、『ウォーバライト』と記されていた。
これが目当てのものらしい。
「学校にも用意してほしいと直訴しているんですが……この前の襲撃事件で延期されていて……個人的にギルドに依頼もしたんですが、何分お金が掛かってしまい……国営ギルドに頼んだんですけど……まだ着手してもらえていないんです……」
あぁ、その鉱物とやらを俺にとって来てほしいということか……
現在、シャロンからの依頼は来ていない。
比較的暇ではあるが……
「申し訳ありません。ちょっと難しいですね」
俺は丁重にお断りした。
イザベラの顔が一気に暗くなる。
そんな顔をされると断ったことが悪いような気がしてきた。
どちらにせよ、魔法が使えない俺がそう易々と行っていい場所ではない。
魔法が使えないことが露見するかもしれないし、自らそんな危険に近づく必要もない。
心を鬼にしてでもここは断るべきだと思った。
「だめですか?」
泣きそうな表情で見つめられた。
そんな顔をされると困惑と後悔が押し寄せる。
俺は居た堪れなくなり逃げ出した。
急いで部屋の扉に手を掛けた時、
「たよね……」
イザベラが何かを呟く。
聞き取れず、俺は立ち止まってしまった。
「え?」
振り返ると、イザベラが顔が赤くなっている。
「私の下着姿……見ましたよね?」
え?
衝撃的なワードが飛び出した。
同時にその時の映像が脳内を駆け巡る。
ピンク……
いやいや!
俺は頭を振った。
「ちょ……あれは! どちらかというと事故……では?」
寧ろ、事故でもないような気がするが……
「でも見ましたよね?」
あ、これは……
脅迫だ。
しかも……
圧倒的に分が悪い。
「見……ましたけど……」
「じゃあ! 手伝ってください。それで見られたことは忘れます!」
「いや! あれ、俺悪くないですよね!?」
イザベラがグイっと近づく。
「見たんですよね!」
有無を言わせない迫力だ。
それに……まぁ……見てしまったのは事実だし……
俺は黙考する。
これは……
仕方ない……のか?
イザベラの視線が痛いくらいに突き刺さった。
やむを得ない……
「わかりました! わかりました! 手伝います。その代わり、一回きりですよ」
「ありがとうございます!」
イザベラは俺の両手を握ってブンブン振り回す。
意外にも彼女は強かなのかもしれない。
本当に……面倒事が続く。
そんなこんなで俺はここに来たのだ。
イザベラとは、現地で落ち合うことになっている。
授業が終わり次第、ロビンとゴードンに謝って俺は一人、ワープステーションに向かい、そこからワープを二回繰り返して、ここに辿り着いた次第だ。
許可はいつの間にか、イザベラが取っていてくれたらしく別段止められることもなかった。
それにしても遠い。遠かった。
任務でもこのように遠出することはあるが、それに比べても遠い場所だ。
また、ここは寂しいくらいに何もない。
ワープ魔法陣があった小屋は無人。
周囲に村と呼べるものもなく、観光になるようなものもない。
元居た世界でいうところの田舎……いや僻地といった具合。
俺が師匠と暮らしていたオルウェーの森といい勝負だ。
さらに先ほどからひり付く緊張感。
近くに魔獣がいるようである。
流石、特殊指定領域。
そんなことを考えていると、人の足音が聞こえてきた。
俺はそちらを望む。
「お待たせしました! 良かった! 来ていてくれて、ありがとうございます!」
イザベラがやってきた。
今回は下着姿での邂逅ではなく、きちんと服を着ている。
学校の制服や昨日の白衣でもない。
冒険家のようなサファリジャケットに身を包み、背中にはバカでかいリュックを背負っていた。
靴は長靴、手には頑丈そうな革の手袋、まさに重装備だ。
逆に制服姿の俺の方が浮いている。
「まぁ、約束しましたからね」
乗り気じゃない俺の言葉も彼女は肯定的に受け取ったのか、ニコニコと笑顔だった。
よくよく考えれば彼女は俺がここに来ると信じて疑っていなかった。それに驚く。
俺と会わずに直接ここに来ているのだから。
もし俺が約束を反故にしたらどうするつもりだったのだろうか?
きっと、彼女はそんなこと毛頭考えていなかったのだろう。
強かと思えば純粋無垢。
非常に危なっかしいタイプだ。
しかし、嫌いではない。
俺の中で少しだけやる気が芽生えてきた。
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