第227話 フェザー・ウォーバー-その二

「えええぇぇぇ!!」

「わああぁぁぁ!! すみませぇん!!」


 俺は謝りながら咄嗟に後ろを振り向く。

 

 え?

 なんで?

 なんで? 下着姿の女性が?

 え? 痴女?

 あと……ピンク……か……


 後ろでバタンと力強く扉が閉まる音がした。

 恐る恐る振り返ると女性の姿はなかった。扉も完全に閉じている。


 未だ混乱は晴れず、俺は呆然としていた。瞬きも何回もしている。

 え?

 え?

 なんで?


 暫くして、徐に扉が開いた。

 俺の中にまた緊張が走る。


「先程はすみません……あの……貴方は?」

 

 扉は少しだけ開いて止まり、そこから先ほどの女性が頭だけ出した。

 顔がリンゴのように赤い。でもそれはきっと俺も同じだと思う。


「あ……すみません、デイジー先生の代理で来た一年三組普通科のアイガ・ツキガミです……」


 気まずい沈黙が流れた。


「あ……そういうわけですか……ごめんなさい、いきなり変な姿で出て……お粗末なものを見せてしまいました……」


 お粗末とはとんでもない。

 ジュリアとはいかないまでも見事なプロポーションだった。

 ピンクの下着がよく映える……


 おっと、ダメだ、ダメだ。完全にアウトだ。

 俺はかぶりを振る。


「私は……一年二組研究科の……イザベラ・ルービックです」


 自己紹介しながらイザベラはゆっくりと扉から出てきた。

 今度はちゃんと服を着てくれている。

 白いシャツと黒いズボンというラフな格好だ。


 よく見ればかなり身長は低い。百五十くらいか。

 茶色い長髪を後ろで無造作に束ねている。

 黒縁の眼鏡を掛け、研究者というイメージにぴったりの人物だった。


 それはさておき……

 さっきからずっと疑問が湧き続けている。

 彼女は何故下着姿だったんだ?


「え……と……付かぬことをお聞きしますけど、何で下……あんな格好だったんですか?」


 俺は早速疑問をぶつけた。

 

 イザベラの顔が一層赤くなる。

 聞かないほうが正解だったのかもしれないが、どうしても聞いておきたかった。

 普通に気になるだろう。聞かない方がモヤモヤする。


「すみません、実はさっき……研究中にちょっと薬品を零してしまいまして……」


 そう言いながら彼女は白衣の下を捲った。

 成程、服の一部が黒ずんでいる。


「それで、身体に薬品が点いたかもしれなかったので……シャワーを浴びていたんです。あ、この部屋の奥にシャワー室がありまして……」


 そう言いながらイザベラは木製の扉を指した。


 なんと、ここにはシャワーまであるのか。

 確かに魔法禁止の場所では洗浄のために魔法を使うということができないのだろう。


「シャワーを浴びているときに誰か入ってきたのは分かったのですが……生憎水の音で声までは分からず……デイジー先生に頼んでいたのでついデイジー先生が入ってきたと思い込んでしまい……急いで応対しないといけない。で、着替える時間も惜しい。どうせ同じ女性同士だし、まぁ白衣だけ羽織っておけばいいか……と、思った次第です。本当にごめんなさい」


 彼女はそう言って思い切り頭を下げた。


 そういうことだったのか……


「いえいえ、そんな……僕もすみませんでした」


 とりあえず、俺も同じように謝る。

 謝罪の必要はないと思うが、それはそれで何故か悪い気がしたのだ。


 とりあえず納得はできた。

 ただ……

 あまりにおっちょこちょいすぎないか?

 いや、おっちょこちょいとも違うか……


 俺が未だ混乱している中、イザベラは俺が置いた荷物を持ち上げようとする。

 この空気を嫌ったのか、どこか歩き方がぎこちなく感じたのは気の所為だろうか。


「ん……」


 しかし、予想以上に重かったためか荷物は微動だにしない。

 それもそうだろう。

 俺ですら重いと感じた荷物なのだから小柄な彼女には文字通り荷が重いはずだ。


 俺はそっと横から荷物を持ち上げる。

 

「どこに持っていけばいいですか?」


 イザベラはポカンと口を開けたまま停止した。が、すぐに再起動したかのように動き出す。


「あ、すみません……じゃあ、こちらにお願いします」


 彼女はまだぎこちない様子で部屋を出ていった。

 俺はその後ろに付き従う。


 廊下に出てすぐの扉をイザベラは開けた。

 途端に薬品のような匂いが広がる。


 中は十畳くらいの大きさで鉄製の棚が幾つも並んでいた。

 そこには薬品の入った瓶や、見たこともない器具が所狭しと置かれている。

 前にいた世界でいうところの理科準備室といった具合か。


 カガクがあまり発展していない世界だからこそか、こうした器具を見ると懐かしい気持ちになる。

 これがノスタルジーというものか。


「ここにお願いします」


 イザベラが示した棚に俺は荷物を置いた。

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言われた俺は荷物の上にあった青い紙を取る。


「すみませんが、ここにサインをお願いします」


 本当に宅配便だな、と思いながら紙をイザベラに渡した。


「わかりました」


 彼女が署名している間、俺は改めて部屋の中を見渡す。

 至る所に懐かしい器具や見たこともない器具が置かれ、どこか子供心を擽るその室内に少し興味が湧いていたのだ。


「あ!」

「え!?」


 突然イザベラが大きな声を出したので俺も驚いて大声を出してしまう。


「アイガさんって! もしかして……まほろばを迎撃したあのアイガさんですか!?」


 研究科にもまほろばのことは伝わっているのか。いや、それも当然か。同じ学校の中なのだから。

 だが、迎撃したか、と言われると少し誇張されている気がする。


「なんか、アイガさんの名前、どこかで聞いたことあるなぁ~ってずっと考えていたんですけど……やっと思い出せました。アイガさんって魔獣騒ぎのときやウィー・ステラ島でまほろばと戦って勝った人ですよね」


 急に眼を輝かせながらイザベラが俺を見つめてきた。

 不意にさっきの映像がリフレインする。


 ピンク……


 俺は咄嗟に視線を外した。


「勝ったのは勝ちましたけど……皆と協力して勝っただけで……」

「でも! 勝った人ですよね!」


 まぁ……間違ってはいないが……

 俺はその点を訂正しつつ一応、認める。


「やっぱり! 噂通り凄い強い人なんですね!」

「いや、本当にそれほどの者じゃないですよ」


 こそばゆい反応に俺は先刻とは違う意味で当惑していた。


「そうか……あれ? じゃあこれチャンスかも……」


 急にイザベラが小声で呟き始める。

 腕を組み考えるその様は本当に研究者そのものだ。


「あの! すみません! お願いがあるのですが……」

「お願い?」


 突然の申し出に俺は鸚鵡返ししてしまった。


 一方でイザベラの眼がキラキラと輝いている。

 その輝きに俺は一抹の不安を覚えた。


 何故だろうか、途轍もない嫌な予感がする。

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