第219話 告白-False
「なんだ!? その姿は!?」
ゴードンが椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった。
その貌は驚嘆一色である。
それもそうだ。
いきなり眼前に狼の化け物が現れたのだから。
驚くのも無理はない。
俺は獣王武人によって人外の化け物となり、全員の前に立っていた。
青白い湯気に包まれ、肥大化した筋肉の鎧を纏っている。
嘗て魔獣を屠った爪は妖しく光り、肉食獣と同じ牙が威圧を放っていた。
その裏で心は怯え、恐れ、泣きそうになっている。
あぁ、俺は今、
ゴードンは驚きつつも周りを見渡す。
そしてまた驚いた。
全員が自分と違うリアクションだったからだ。
この場で俺のこの姿を知らないのはゴードンだけ。
他は全員知っている。そのため、反応が薄い。
「ん? 何故皆は驚かないのだ?」
余りにも周囲が自分と違う反応をしているためか、次第にゴードンは冷静さを取り戻していった。
「え……と……僕は知っていたんだけど……ゴードン君は知らなかったんだね。ていうか、状況的に知らないのはゴードン君だけ?」
ロビンの問いに俺は頷いて答える。
そうだ、ロビンとサリーは岩魔法を使うまほろばの愚物を相手にした時。
クレアにはアサルト・モンキー戦で、そしてジュリアには先日勘違いから戦闘に発展した際に見せていた。
ゴードンだけがこの姿を知らない。
それ故に本来ならこの場にゴードンを呼ばないという選択肢もあった。
それでも俺はゴードンにこの姿を見せることにしたんだ。
友達として、ゴードンには見せないといけない。そう思った。
例えその結果、ゴードンに拒絶されたとしても。
不意に己の身体が震えていることに気付いた。
俺は肚に力を入れ、その震えを消す。否、隠す。
「なんと……他の皆は知っていたのか?」
ゴードンは嘆息しながら椅子を戻し再び座った。表情はやや蒼褪めているが真意までは伺えない。
「済まない。ゴードン。隠していたことは謝る。これが俺のもう一つの姿だ。この姿によって……先ほど見せた氣の力を用いて俺は魔獣やまほろばの敵と戦っていたんだ」
全員がまた俺の姿を注視した。
クレアも、だ。
俺は軽く息を吸い、覚悟を再び決めた。
次の言葉を吐くために俺は今日、ここに来たんだ。
「これは魔法じゃない。俺の中にある獣化細胞を覚醒させて変身している」
全員がどよめく。クレアすらも。
先日、ジュリアとの戦いで俺は全てを打ち明けることにした。あの時、やっとその決心がついたのだ。
その際、「詳しいことは後日話す」と誓った。
それが今日なのだ。
俺は狼の……化け物の姿のまま説明をする。
「俺の身体には獣化細胞という特殊な……細胞が宿っている。人間の細胞とは異なる細胞だ。その性質は見ての通りこの姿への変身。変身後の特徴としては氣の即時発動、膂力の向上、それに伴って機動力、防御力の向上、あとは狼の姿から想起しやすいかもしれないが嗅覚が、まぁ聴覚もだが大幅にレベルアップしている。あとは爪と牙が何度も生え変わる……くらいかな」
俺は一息に説明して呼吸を整えた。やや台本を読んでいるかのような説明だったのは昨日から考えていた台詞を吐いたためだろう。
それでも言葉の終わりは震えていた。情けないほどに。
俺の説明を受けて全員が俺の姿を凝視する。
「質問してもいい?」
ロビンは声を若干上擦らせながら問うた。
「構わないさ。なんだ?」
「その……獣化細胞と人の細胞が混じっているっていうならそれって危険はないの? 普通なら多種の細胞が混ざり合うなんて考えられないし……それこそ、それは僕らの世界には無いカガクの領域なんじゃあ……それに……」
ロビンは言葉を詰まらせる。
何を言いたいのか俺にはわかった。痛いほどに。
「カガクの力は万能じゃないって聞くし……身体は大丈夫なの? 細胞が混ざり合うなんて……危険なんじゃあ……」
ロビンの言葉に反応してクレアが真剣な眼差しを俺に向ける。
そう、ロビンの心配こそ彼女が最も聞きたいことだろう。
加えて、ロビンの優しさに感服する。この状況でもまだ、こんな化け物を心配してくれるなんて。
その優しさがこの上なく嬉しかった。
俺の身体、か……
ロビンが言った通り俺の身体はカガクの賜物だ。細胞が混ざり合うなど魔法の世界の領分ではない。
そしてこの世界ではカガクは発展途上。
それが及ぼす
そのカガクによって得たこの姿。
化け物になることの副作用。
それは……
「わからない。それが答えだ」
俺の言葉にクレアが愕然としていた。
ロビンも、ゴードンも、サリーも、ジュリアも、皆、表情が強張っている。
「今のところ、俺の身体に不具合はない。それどころか変身を解除すればある程度怪我も回復するくらいだ。だが、将来的に、何かの不具合が発生するかもしれない。それこそ俺にはわからない……と答えるしかない。ただ、現時点では俺の身体に問題は起きていない。それが答えでもいいかい?」
ロビンは生唾を飲みながら首肯した。
俺は不意に視線をクレアに向ける。
クレアの悲哀に染まった瞳が俺を撫でた。
その視線に耐えられず俺はつい目を背けてしまう。
「アイガ君は元に戻れるの? その普通の人に……普通っていうのが正しいのかはわからないけど」
ジュリアが恐る恐る聞いてくれた。
俺はその質問に答える前にサリーに視線を送った。
「サリー、済まないが、金属の魔法でカーテンのようなものを作ってくれないか? 俺を覆い隠すように」
「え? あ、わかりました」
突然の注文にもサリーは即座に答えてくれる。
俺と皆の前に金属の、鈍色のカーテンがお互いを断絶するように現れた。
これで俺の姿は隠れる。
「丹田閉塞」
俺は身体を元に戻した。そう人間の姿に。
そしてマジックストーンの力で破れた制服を戻し、すぐに着直す。
「ありがとう、サリー。もういいよ」
俺の合図によって鈍色のカーテンは消失した。
「この通り、元の姿に戻れるよ。まぁ変身する際に着ている服が破れてしまうので今みたいに解除する際は人目を気にしないといけないんだがな」
ジュリアがすぐに俺の下に駆けつけ、腕を擦る。真剣な眼差しで。
それはまさに診察のようだ。
「人間の……腕だね。細胞の変化ってそれは
泣きそうな貌だった。
俺は精一杯の笑顔を作る。
その裏でもう一度覚悟を決めていた。
心が軋む。何かが剥がれていく。同時に幻想とも現実ともわからない痛みが体中に走った。
「だろ? 人間には戻れているんだ。その点は問題ないよ」
この部分だけが嘘だ。が、ここだけは譲れない。
吐いたセリフが思った以上に俺の心を抉った。それでも、譲れないんだ。ここだけは。
例え嘘と見抜かれようと、拙い偽りであろうと、ここだけは隠し通す。
現状、俺が元の人間に戻れるかはわからない。確率でいえば絶望的だ。
それを伝えれば確実にクレアを蝕む。
だからこそ俺はこの部分だけを嘘で繕う必要があった。
覚悟を決めて尚、罪悪感からか俺はクレアの方を見られなかった。
「さて……次の説明に入ろうか。俺が何故この姿になったのか、を」
罪悪感から逃れるため、俺は下手な語り部のように、強引に話題を変える。
ジュリアは憂いを帯びた表情を残して席に戻った。
俺はまた肚に力を入れる。
次なる話は悍ましい過去の話だ。
記憶の中に潜る。
あぁ、いつ思い出しても嫌な景色だ。
身体は震え、鳥肌が立つ。
同時にあの女に対する果てしない憎悪が、憤怒が俺の中を駆け巡っていく。
暗い牢獄、家畜の餌のような夕餉。
檻の向こうに立つ女。
汚物を見るような目で俺を見下ろすあの女。
いつか必ず殺すと誓ったシャロンの姿が。
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