第218話 告白-TurningPoint
「揃っているな」
俺の声が
後ろにはロビンとゴードンがいる。二人とも瞬きが多いのは緊張しているからだろうか。
俺は試験終わりの二人を伴ってここへ来た。
二人にはただ、「一緒に来てほしい」しか言っていない。
俺の微かに震えた声といつもとは違う真剣な表情に気圧されたのか、二人は文句も言わずに付き合ってくれた。
本来、試験終わりはそのまま寮に戻って疲れを癒すのが通例らしいが、そんな中俺の不粋な願いを二人は聞き入れてくれたのだ。
本当に感謝しかない。
ここは特別科の教室だ。
部屋の大きさは普通科と変わらない。それなのに机は五脚しかないためだだっ広く感じる。
教卓と黒板。背後には掲示板。全て普通科と変わらない。
中にいるのは三人だけ。
クレア、サリー、ジュリアだ。
クレアは物悲しそうな顔で椅子に座り、サリーはその横で静かに佇んでいる。ジュリアは恐らく自分の机だろうそこに腰掛け、こちらを物憂げに眺めていた。
全員が些か緊張しているようだ。
昨日、俺は全てを伝えることをクレアに打ち明けた。
クレアは漸く俺の口から真実が聞けると喜んだが、それと同時に今いるメンバーに告白したいという俺の言葉に驚いていた。
しかし、
「アイガが決めたなら私には何も言えない。大丈夫だよ、サリーもジュリアもロビン君もゴードン君もきっと大丈夫。だって……皆、友達だからね」
と言ってくれた。瞳を濡らして。
それでいて優しく笑うクレアに俺は救われた。
そして、誰もいない場所はないかと聞いたらクレアが特別科の教室を推してくれたのだ。ここなら邪魔者は来ないだろうと。
試験の結果を聞いた後は確実に特別科の面々なら帰宅する、と。
そんな中、サリー、ジュリアにはクレアから話を通してもらい、残っていてもらったのだ。
俺はぎこちない笑顔で教卓の前に立った。
ロビンとゴードンは何が始まるのか不安な様子だったが、サリーが空いている席に促す。
本来の
その後、サリーとジュリアも改めて自分の席に座る。
全員の視線が俺に集まった。
俺は今一度、丹田に力を入れ、全員の視線に応える。
「今日は集まってくれてありがとう。試験の結果発表の日に申し訳ない。無理を通したことは謝る。ただ、どうしても今日は皆に話したいことがあったんだ」
暑い夏なのに、教室の空気が冷えていく。そんな気がした。
誰も何も言わず、只管俺を見ている。
「まず何から話そうか、迷っていた。だけどやっぱり最初から話すほうがいいだろうと思う。そう最初だ。そこから話したい」
クレアの貌が一瞬泣きそうになったが、すぐに真っ直ぐな目で俺を見つめた。
きっと彼女も覚悟を決めたのだろう。
それはクレアにとっても辛い現実だ。
俺はそんなつもりはないが、それでも彼女にとってはとても辛い現実だった。
「俺は異邦人だ。それは知っているよな」
クレア以外の四人が首肯した。
ゴードンにもこのことだけは既に伝えていた。
『だろうと思った』
と、返されたがそれでも彼は気にせず俺と変わらない付き合いをしてくれた。
「そう、俺は異邦人だ。けど普通の異邦人じゃない。いや、正確には異邦人でもないんだ。俺は魔法が使えない。俺は、この世界に呼ばれた人間じゃない」
この言葉にゴードン、ロビン、サリー、ジュリアが驚く。
「え? え? どういうこと? 魔法が使えない? え?」
ロビンの戸惑う声が静かな教室に響き渡った。
「言葉の通りだ。俺は皆みたいに魔法が使えない。魔力を持っていないんだ」
多分、俺の言葉の意味をここにいる全員が理解出来ていないと思う。
魔法が使えない。
それはこの世界ではありえないことなのだから。
「アイガくん……それって魔力欠乏症……みたいな病気とか怪我で脳に損傷をおって魔法が使えないみたいな障害とは違うの?」
ジュリアからの質問だった。彼女らしい医学的な質問だ。きっと分かり易いよう専門用語を砕いて聞いてくれているのだろう。
俺はその問いに首を振った。
「違う。元から使えない。魔力もない。そして俺は皆みたいに魔法演算とやらもできない。魔法が全く使えないんだ」
俺の言葉に全員が絶句した。
ややあって、ロビンが静かに手を挙げる。
全員の視線が集中し、少しだけロビンが緊張した面持ちになった。
「あの……アイガ君が今まで戦っていたときに使っていたのは魔法じゃないの? トライホーン・ボアを斃した時や、ハンマー・コングを斃した時のアレは魔上じゃあ……」
ロビンの質問に全員が「そうだ」という顔になった。
俺が魔獣を蹂躙していた記憶を全員思い出していることだろう。
「あれは魔法じゃない。あれは……氣だ」
全員、頭にハテナマークが浮かんでいる。そんな表情だった。
「氣? それって御伽話にでてくるあの氣?」
ロビンの言うとおりだ。この世界で今現在、氣はそうした形でしか伝わっていない。
昔にあったかもしれない眉唾の未確認の力。
それが氣だ。
「そうだ。改めて皆に見せるよ。ゴードン、俺に向かって魔法の火を撃ってくれないか。一番弱いやつでいい」
「な?」
いきなり、指名されたからかゴードンは少し驚いていたがすぐに掌に火の塊りを作ってくれた。
彼も知りたいのだろう。
氣というものを。
ゴードンもまた、俺の氣を目の前で何度も体験していたのだから。
「丹田解放、丹田覚醒」
俺は静かに唱えた。合わせて筋肉が膨らむ。
背面には魔人の証明が浮かんでいた。
「いつでもいいぜ」
ゴードンは軽く火の玉を投じる。
俺はそれを右手掴んだ。青く光る手で。
火の玉は俺に降れた瞬間、烈しく爆ぜた。
「おぉ……それは……あの時の……それが、氣なのか……」
ゴードンが目を見開く。
他の皆も同じだった。
「あぁこれが氣だ。氣は魔素を喰らう。触れた瞬間、今の魔法の魔素を喰らって破壊したんだ」
俺は氣について説明した。無論俺が知る限りだが。
氣は魔素を喰らう。それが体内に入ればその内部の魔素を喰らいながら突き進む。
魔法でも魔獣でも魔法使いでも、当たれば魔素を喰らって、体内を駆け巡る。
その果てが、全員目の当たりにしたあの黒い血と共に死にゆく魔獣の亡骸である、と。
魔獣にも、魔法使いにも、俺は氣を使って戦った。加えてその現場を彼らは見ている。故に全員が何とか理解できたようだ。
魔法とは違う、氣というものを。
「私はてっきり、私と同じ毒魔法の系列だと思っていたわ。でも確かに毒ではない性質もあった。だから不思議だったの。そうか、氣だったのね。なんか納得したわ」
ジュリアはそう言いながら得心がいったのか少し表情が柔和になった。
「アイガ君の力が氣ってのはわかったんだけど、なんでアイガ君は氣が使えるの? それは魔法が使えないってことに繋がるの?」
ロビンが問う。実に科学者志望らしい芯を突いた質問だ。
「あぁ。魔法が使えない。だから氣が使えたんだ。自身に魔法が使えないからこそ氣が俺の中に宿りやすかった。己が魔力を持っている魔法使いなら氣は使えないからな」
俺の言葉に全員がまた表情が強張る。
忘れていた現実の猛威がまた彼らの前に現れたのだ。
「異邦人なのに、魔法が使えない。この説明の前に、皆に見せなきゃならないものがある。先に謝る。申し訳ないが見てくれ。これが俺の正体だ」
俺は獣化液を取り出した。
サリー、ジュリア、ロビンは驚いた貌をしている。
クレアは泣きそうな貌だった。
ゴードンだけが不思議そうに見つめている。
俺は多分、今震えていると思う。それすらわからない。
今、動きを止めればきっともう二度とこの機会は訪れないだろう。
それほどに怖いのだ。
ひたすらに怖い。
覚悟は容易く揺らぐ。
腹を決めたはずなのに。
俺は己の心の弱さを呪いながら獣化液を首筋に打ちこんだ。
俺の弱い心とは裏腹に細胞が、身体が、化け物へと変わっていく。
ここが分岐点だ。
俺が……俺でいるための。
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