第217話 告白-Determination
夏が猛威を奮っていた。
真っ赤な太陽は容赦なく照り付ける。
辺り一帯を焼き焦がすような強烈な日差しだ。
その熱を伴う風。
それが土を舞い上げ、世界を茹でていた。
何をしなくても汗が滲む。
それは異世界と言えど前にいた世界とお同じだった。
この暑さを懐かしいと感じるのは異邦人の特権なのかもしれない。
俺は壁に凭れ、教室の中を眺めていた。
昨日、全ての試験が終わった。
三日間掛けて『座学』……つまりテストが行われ、二日間掛けて『発表』……即ち実技が行われる。
テストはちゃんと俺も受けた。白紙ではないが殆どわからなかったのは詮無いこと。
実技は免除されているので、受けたふりをしてその日は普通に寮に戻っていた。
そのため、周りは俺もちゃんと試験を受けたことになっているはずだ。
今日は第六曜日。元の世界でいうところの土曜日である。
本来なら休みになるのだが、テストの結果を発表するということで強制的に通学させられていた。一応、次の第一曜日、こちらは月曜日のことだが、その日が振替休日になるらしい。
既に発表は終わっている。
全員合格だ。
故にクラスメートたちは安堵の顔が広がっていた。
もし追試がある者がいれば午後から追試になるらしいが、それも今回はない。
よかった。
俺もテストのほうが不安だったが、そちらも問題はなかったようだ。
まぁ、それよりも俺はこれから為すことを考えればまだ完全に不安は拭えていないのだが。
だからだろうか、俺だけがこの中で笑顔ではなかった。
「どうした? 暗い顔をして。アイガも合格だろうに?」
そんな俺を心配してゴードンが話しかけてくれた。
その後ろにはロビンもいる。
「二人とも、合格おめでとう」
俺は自分への質問を無視して、二人を心から祝福した。
今回、合格が確約していた俺は部外者だ。この輪の中で喜ぶ資格などない。それも俺が笑っていない理由の一つだ。
一方で俺の言い回しに二人は首を傾げていた。
「う……うん、ありがとう。でも初めての試験だからやっぱり緊張したね」
「うむ。テストは問題なかったが実技は流石に緊張したわ」
二人とも実技が大変だったのは知っている。というか、この二人に限ってテストのほうで躓くことなどなかろう。
「ロビンは実技で何をしたんだ?」
俺はロビンに問うた。
これは本当に気になっていたことだ。無論話題を変えたいという思惑も多少ある。
実技とは自分がこの学校で学んできたことを発表すること。
一年の間は契約魔法を習得できれば一発合格。それ以降は実技が免除される。
ただ、それはそうそう簡単なことじゃない。
だから、皆それに匹敵する何かを披露することになっていた。
俺は実技が免除だが、その代わりシャロンから命じられるままギルドの低難易度クエストを熟さなければならない。
ここ最近、そのギルドの依頼を事務的に熟していたため他の面々が何をしているのか全く知らないのだ。
それ故に気になっていた。
実技という試験そのものに。
ロビンは机の上に分厚い本を広げた。
「僕は最近流行りの『魔法陣形成の省略とその際の難易度修正、また熟練度の補正』の研究を自分なりの観点で纏めて発表したよ。実験結果と他の人の論文を纏めるのに時間が掛かってちょっと危なかったね」
そう言って本の中身を指さす。
成程、さっぱりわからん。
俺は隣にいるゴードンに視線を送るがゴードンもわからなかったようで首を横に振った。
「つまり……どういうことだ?」
ロビンは目を輝かせている。
「えっとね、魔法陣を描く際に省略した文字を書くことがあるんだけど、あまり字体を崩すと魔法陣として発動しなくなるんだ。崩すことで書く速度は上がるけど効果が弱体化する可能性もある。どこまで省略すれば、どこまで弱体化するのか。どこまでなら許容範囲か、そして省略する文字はどれならばいいのか、っていうものだね。その際に発生する効果の補正とか、色々あってそうしたものを実験結果として纏めて……」
うむ、さっぱりわからん。
俺は再びゴードンに視線を送るが、やはりゴードンも首を横に振るだけだった。
ロビンは嬉しそうに話している。
俺は時折頷くが結局わからないままだった。
一通り話して、ロビンは満足したのか、笑顔で講釈を終えた。
そのタイミングで俺は「ゴードンは?」と尋ねる。
「我は単純に覚えていた上級魔法の練度を上げ、また新しい上級魔法を習得しただけだ。それを発表したにすぎん」
「え! 上級魔法を? 新しいのを習得したの?」
ロビンの驚きぶりを見るにそれはかなり凄いことのようだ。
「覚えるだけなら難しくはない。ただ、我の場合はそれで終わっていたのだ。覚えただけ。その実、魔法の質としては最低だった。あのハンマー・コングと戦って身に染みたわ。故に魔法の練度を上げ、威力を底上げし、その上で新しい上級魔法を習得した。もう二度とあんな猿如きに敗北はせぬ」
笑いながらそう言ったゴードン。
だが、その目は闘志に満ち満ちていた。
辛酸を舐め、敗北した苦い記憶が、次は負けないという強い覚悟が、ゴードンをまた一つ強くしたようだ。
俺もわかる。
その記憶と覚悟が闘志となり、自己を更なる高みへと連れて行ってくれるのだ。
ゴードンは強くなっている。
それは間違いない。
俺が入学したあの頃よりも確実に、ゴードンは強いはずだ。それこそ今闘えば結果はわからない。少なくてもあの時のような余裕綽々の戦いなど決してできないはずだ。
俺は窓の外を眺める。
初めてここに来た時に咲いていた花は落ち、深緑の木になっていた。
その流れと共にロビンとゴードンは成長したのだ。
特にゴードンはあの敗北のあと、強くなると誓った。だからこそ己を鍛え、また一つ強くなった。
そして、合格をもぎ取ったのだ。
次は俺だ。
俺もまたあの時、強くなると誓った。
そのための試練だ。
俺は腹に力を入れる。
覚悟が、俺の中でがっちりと固まっていく。
「二人に話がある。この後、一緒に来てくれないか?」
この言葉を吐くだけに勇気がいった。今も足は震えている。
できるだけ俺は平静を装った。
俺の覚悟が今、試される。
きっと、これが俺にとっての試験なのだろう。
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