第213話 仮面は踊る-襤褸の幕は降りて

 そこはまさに地獄だった。

 地面は抉れ、大火が広がり、夜空すら塗りつぶすほどの黒煙。そして同時に吐き気を催す異臭が立ち込める。


 亡者の嘆きが具現化したようなその光景に周囲の獣たちは恐れ慄き、鳥たちは劈きながら空へと逃げていった。

 

 数秒経って突然、地面が競り上がる。

 ゴゴゴという唸りと共に。


 筍の如く現れたのは鉄の塊だ。

 三角錐のようなそれは巻貝を彷彿とさせる。

 無機質で色は鈍色だった。

 

 数は三つ。

 その巻貝からグググとくぐもった音が響き、パックリと開いた。

 蕾が花になるように、咲き誇るように。


「ふぅ~流石、ツー先輩! あざっす」


 軽口を叩きながらその中からスリーが出てくる。仮面を付けてはいるが、態度はふざけたままだ。


「貴様だけは置き去りにしておくべきだったな」


 続いて違う巻貝からツーが現れる。スリーに皮肉を言うも、当の本人は全く気にしていないようだった。


「助かったぞ、ツー」


 最後の巻貝から隊長が現れる。

 次の瞬間、巻貝は露となって消えた。


「いえ、それより、フォーたちが……」


 ツーが抉れた地面を眺める。ノイズ混じりでもわかるほど悲壮感に満ちた声色だった。


 爆発によって抉れた地面。その上にあったはずの山小屋は木端微塵になって砕け散っていった。

 もはやそこには何もない。

 広がる炎と燻る黒煙だけが残骸を燃やしている。

 

 いたはずの二人。

 その姿はなかった。

 

 あれほどの爆発だ。

 死体すらも残っていないかもしれない。


 嘗て仲間だった者の骸を探す。

 これほど残酷なことがあるだろうか。

 そう思うとツーの心に言いようのない虚無感が広がった。


「勝手に殺すなよ」


 突如空より声が響く。


 三人が一斉に見上げると、フォーとファイブがゆっくりと下りてきた。


「お前たち、無事だったか!」


 ツーが震えるような声で叫ぶ。


「あぁ。下からスリーの声が聞こえたから咄嗟にファイブが契約魔法を使ってくれたんだ。それで緊急避難が間に合ったよ」


 地面に着地したフォーは遅れて下りてきたファイブを指さした。

 ファイブは無言のままペコリと頭を下げる。


「それより……何があったんだ? あの爆発は一体……」


 フォーの質問に隊長が地下であったことを細かく説明した。

 二人は驚きつつその話を聞いている。


「死体が爆発……悪趣味もいいところだな」


 全てを聞き終えて、フォーが嘆息した。

 詳細に語られたその死体の爆弾。

 倫理を厭わない魔の凶行にフォーは吐き気を催していた。


「本当に予想外だったわ」


 ツーが静かに呟く。

 脳裏に焼き付いた惨たらしい死体の映像がリフレインしていたのだ。

 その映像を消すかのように頭を振った。


「実際、スリーが叫んでくれなかったら今頃俺たちは地面の下でお陀仏だったわけか」


 フォーの言葉にスリーはウィンクで返す。いつの間にか仮面を外して煙草を吸い始めていた。

 ただ、その目の色はいつものお調子者ではない。

 だからだろうか、いつもなら仮面を外す行為を咎めるツーも口を紡ぐしかなかった。


「そっすね。でもま、あの部屋全体が罠だったみたいっすからね」

「どういうことだ?」


 ツーがスリーに問う。

 スリーは煙草の紫煙を中空に吐いた。


「無残な死体で僕らの目を欺く。全員、何かあるかと部屋を調べる。お誂え向きに部屋には『なにかある』と思わせるような棚やらノートやらが置かれていましたよね。全部罠っすよ。あの爆弾が起爆するまでの時間稼ぎっす」

「ふむ……そういうことか……」

 

 納得がいったのか、ツーは項垂れた。罠にはまった自分を恥じているようだ。

 隊長は腕を組んだまま微動だにしない。


「恐らく、爆弾の起動は隊長たちがあの部屋に入った瞬間でしょう。ただ、爆発のタイミングは選べなかった。選べるなら即座に爆破しているでしょうし。わざと時間を掛けさせ、できるだけ多くの人間を爆殺しようとするところに残虐性を感じます。加えてどこか人間を弄ぶ嗜虐性も。これを仕掛けた人間は加虐思考且つ危険な幼稚性の持ち主かと……」


 不意にファイブが饒舌に語りだした。


「お得意のプロファイリングっすか?」


 スリーの言葉に「そんなたいしたものじゃない」とファイブは否定する。

 謙遜なのか、本当にそう思っているのかはわからないが、ファイブはそれ以降口を閉ざした。


「どちらにせよ、今回は敵の作戦にまんまと嵌ってしまったな。あの死体も全てこの地面の中だ。もはや情報も証拠もない。こうなると今回のこの情報も我々への罠だったと考えるべきだな」


 それまで静かだった隊長が悔しそうに言い放つ。

 その言葉に辺り一帯が葬儀のような雰囲気に包まれた。


 しかし、ただ一人、その空気に抗う者がいる。


「そうでもないっすよ」


 スリーだ。

 彼はニヤリと笑いながら懐から白い紙きれを取り出す。


「なんだ、それは?」


 当惑するツーの問いにスリーは煙草を吸いながら点を見上げた。

 焦らしているのだろう。

 

 ツーが苛ついているのを見て、悪戯な笑顔でまた紫煙を吐いた。

 そして、提示した紙きれを広げる。


「扉から向かって左に棚があったでしょ。何もなかったあの棚っす。その棚の下から二段目の板の上部分。下から覗かないとわからない場所に張り付けてありました。血で無理矢理張り付けたんでしょうね。あの爆発の直前に見つけたんで回収が間に合ったんすよ」


 スリーはそれを隊長に手渡した。

 隊長を始め、他の面々が一斉にその紙に注視する。


 そこには『GEPRAR/ALHFAMO』というアルファベットが血文字によって書かれていた。


「暗号か……」

「恐らく」


 スリーはいつの間にか真面目な顔になっている。


「上出来だ。いや、よくやった、スリー。これが罠であろうが、なかろうが一歩前進したことに変わりはない」

「元盗賊っすから。お宝発見はお手の物っす」


 そういってスリーはツーに向かってにっこりと笑った。

 ツーはバツが悪そうにそっぽを向く。


「よし……とりあえず、帰還するぞ。フォー、お前はこの詳細に至急王都の本部に伝えてくれ」

「承知しました」

 

 フォーはそう言い残して瞬時に消えた。本当に一瞬でその場からいなくなったのだ。


「ここの処理は王都公安調査室に任せよう。どうせ、その辺にいるだろうからな」


 隊長が辺りを見渡し、細かい殺意の気を放つ。

 遠くの木々がそれに当てられて微かに揺れた。


 隊長は殺気を放ったまま、その場所を睨む。

 スリーは最後の紫煙を口の中で味わうと右手にあった煙草をまだ燃えている小火の中へと投げ入れた。


 次の瞬間、全員がその場から消える。


 残ったのは地獄の残り香だけだった。

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