第212話 仮面は踊る-顧みる語り部と

 王都護衛部隊ロイヤル・クルセイダーズ

 その成り立ちには紆余曲折があった。


 それを語るにはまずガイザード王国の歴史を繙かなくてはならない。


 魔法が存在する世界、リガイアには七つの大陸がある。

 だが、一つは人が住んでいないため有人の大陸は六つしかない。その六つの中で一番小さな大陸がボルティア大陸。ガイザード王国が丸々治める領土だ。


 ガイザード王国はこの世界リガイアで唯一大陸一つを支配し、王政を行っている国である。

 

 正し、それはある日突然できたわけではない。


 大昔、ボルティア大陸に他大陸より新天地を求めてやってきた人間たちがいた。それが全ての始まりだ。

 そして、ボルティア大陸には原住民がいた。

 他所の大陸から来た人間と元から住んでいた原住民の間に争いが起きるのは必定だった。


 平和を築くまで幾千、幾万の血が流れた。そんな歴戦の中、勝利したのは外から来た人間たちだった。

 彼らによってガイザード王国が建国される。

 原住民たちは淘汰され、迎合か逃避かを迫られた。が、彼らは最後まで戦うことを選ぶ。


 死をも恐れぬ彼らと戦うため、またガイザード王国を護るために彼らは最強の戦闘集団が誕生させた。


 それこそが王都護衛部隊だ。


 その圧倒的な力をもって原住民は完全に駆逐される。


 それ以降、王都護衛部隊はその名の通り完全に王都を護る部隊となった。

 当初は王都のみを護ることが役目だったが、ガイザード王国の発展と共にボルティア大陸の各都市も発展していき、とある問題が発生し始めた。


 治安の維持である。

 それは原住民の残滓ではない。

 街が発展すれば同時に悪人もまた生まれる。加えて魔獣の存在もあった。


 何より他国の侵略が一番の懸念事案だった。

 嘗て他大陸からやってきた自分たちがボルティア大陸を制覇したが、それと同じことを他国にされてはならない。

 彼らはそれを何より恐れた。当事者だからだろう。


 さらに王都しか守らない部隊に対して各都市から不満があがり、それは王国の分裂の危機を招いていた。


 平和の崩壊。

 それだけは避けねばならない。

 そんな大義名分を掲げ、王都は王都護衛部隊を拡充することを決定する。


 元々は三部隊交代制で王都を護っていた部隊を一気に九部隊まで広げた。

 そうして、彼らをその当時、最も発展の大きかった三都市と敵国の攻撃に備えるため大陸の東方、南方に配備したのだ。


 このような経緯で王都護衛部隊は九番小隊までできた。


 またこの時、王都守護部隊に組み込まれた組織がある。


 元々は諜報活動を主な任務として、ガイザード王国建国時から内外の敵の情報を探る暗部が存在した。

 当時の名前はページェント。現在の王都公安調査団ロイヤル・テラーの原型にもなった部隊である。


 王都守護部隊の拡充の折り、あまりに急ごしらえだったため戦力として期待できないレベルの部隊があった。

 そのため、その補填、若しくは問題があった場合即座に対処できるよう-この場合は処分といったほうがいいが-その対応のためページェントから戦闘に特化した者を数名王都護衛部隊の新部隊に異動させたのだ。


 それが王都護衛部隊四番小隊だ。現在でも四番小隊が自分たちをページェントと呼ぶのはそうした歴史に由来する。

 

 残った者たちは王都公安調査団となり、より隠密に、秘密裏に動くようになっていった。

 全ては王国のために。


 現在でも四番小隊は他の部隊とは少し動きが異なる。

 決まった場所の守護をするのではなく、王国そのものを守護するのが彼らの矜持であり役目だ。

 故に彼らは防衛のために守る他の部隊とは異なり、防衛のために攻撃する。


 この違いからか、奇襲に長け、調査団並みの魔法解析力を誇り、他の部隊からも一目置かれている。

 個々の戦闘力は言わずもがな。折り紙付きだ。


 通常の魔法戦以外の力を求められ、日夜訓練を欠かさず、修練を積み続けた超一流の精鋭部隊エリート

 それが四番小隊なのだ。



 そんな精鋭部隊が突入した山小屋の地下。

 彼らは身体が固まり、言葉を発せず、目を瞠ることしかできなかった。


 彼らの眼前にあったのは吊るされた人間の死体だった。

  

 天井から鎖で吊るされている。否、吊るされているのではない。まるで作品かのように展示されていたのだ。

 鎖の先端は返しのある鉤でそれが死体の喉元に突き刺さっていた。

 

 死体は腐り始めており、凄まじい腐敗臭が漂う。

 四番小隊は素顔を隠すためマスクの着用が義務付けられていた。スリーは度々破るが。

 そのマスクのお陰か強烈な臭いは嗅がずに済んだが、それでも脳が臭いと錯覚してしまいそうなほど、その死体は酷い有様だった。


 死体は恐らく、男性だ。

 白髪交じりの髪は短く刈られていた。


 両目は抉られ、両耳は切り落とされ、鼻は削がれ、歯は砕かれ、唇は焼かれていた。

 皮膚も所々剥がされており、それらは明らかな拷問の痕だった。


 腕は肘から先がない。足も膝から下がない。下腹部は損傷が激しくその部分で性別を判断することは不可能。


 断末魔を上げたかのような表情で無念と怨念を訴えるその貌は鬼気迫るものがある。


 腹は引き裂かれ、中身が開いていた。その昏い孔からこの世の全ての怨むかのように腐臭を吐いている。


「惨い……」


 ツーがノイズ混じりに呟いた。

 隊長は顔の前で十字を切り、素早く祈りを済ませる。

 せめてもの慈悲を送る姿は宛ら殉教者にも見えた。


 一方でスリーはいち早く硬直から抜け、辺りを見渡している。


 部屋の中は上の階と変わらない大きさだった。


 中央……死体の下には石のベッドがある。その横には金切り鋏、やっとこ、鋸といった大工道具のようなものが置かれていた。

 他にも刃物のついたものがあり、その全てに黒い何が怨嗟のようにこびりついている。


 向かって右の壁には棚が置かれていてそこには様々な薬品の瓶があった。

 カラフルな瓶からは饐えた匂いが発せられている。元々の臭いなのか、腐敗したからか、判別はできないが気持ち悪いことに変わりはない。


 左の壁にも棚があったが、そこには何も置かれていなかった。

 ただ、こちらには血飛沫の痕が生々しく残っている。


 吊るされた死体の向こう。

 そこには小さな一人用の机がった。丸椅子もある。


「あれは?」


 スリーは何かを発見し、机に赴いた。


「あ……」


 その行動にやっと隊長とツーは自分たちの目的を思い出す。今の今まで眼前の死体に意識が釘付けだったのだ。


 三人が机の前に集う。

 机の上にはノートが置かれていた。


 隊長が徐にノートを捲る。

 中は白紙だった。

 隊長は尚もページを捲る。探査魔法を発動しながら。さらに紙を凝視し何か隠されていないかを探っていた。

 ツーも後ろから探索魔法で見逃さないよう注視している。


 スリーはその場を離れ、何も置かれていない棚に向かった。

 埃だらけの棚を隈なく調べる。


「ん?」


 暫く棚を観察していたスリーだったが、不意に小さな音を感じ取った。

 それは小さな、本当に小さな音だった。


 ピ、ピ、ピ……


 加えて耳障りな音だ。

 脳が直接拒否するような、まさに忌避するような不快な音。


 それがどこから聞こえるのか、スリーは耳を澄ます。

 数秒して、何処から鳴っているのかわかった。


 死体だ。


 それに気づき、何かを悟ったスリーは瞬時に叫ぶ。


「隊長!」


 同時に不快な音が止んだ。


 次いで死体が裂ける。その裂け目はまるで悪魔が大きな口を開いて笑うかのようだった。

 そして、その隙間から真紅に近い色が広がる。

 腐った肉が膨れ上がり、煌めく光が辺りを包み込んだ。


 刹那で光は炎と熱に変わる。


 そう、爆発だ。

 全てを無に帰す無慈悲の光が周囲一帯を烈しく包み込んだのだ。

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