第197話 不死鳥花-その十二

 ジュリアは真剣な眼差しでグツグツと煮え滾るマグマを眺める。

 お団子になっている水色とピンクのカラフルな髪の先が風に煽られてそっと戦いだ。

 遅れて揺蕩う色香に俺は少しドギマギする。


 さっと視線をジュリアと同じようにマグマの中へと向ける。

 横目で眺める彼女はマグマに照らされて輝いていた。

 

 美しい。

 だが、どこか儚い。

 

 いつもの艶美さもある。

 あるのだが、今日のジュリアはいつもの姿とは違っていて、それが俺の心を揺さぶっていた。


「不死鳥花を煎じた回復薬を処方された人は魔力を爆発的に回復させる。そしてその回復量は本人の限界値を突破するわ。故に奇跡の薬草……」


 不意にジュリアが呟く。


 その言葉の中にあった二つのワード。

 回復薬。そして薬草。


 俺はこの二つを知っている。

 ひと月前の馬鹿な俺なら違いすらわからなかっただろう。


 だが今は違う。

 ロビンに協力してもらったが、俺は自ら学んだ。


 嘗て己の無分別によって一人の女性を傷つけた。

 この時ほど己を恥じたことはない。

 だからこそ、同じ轍を踏まないように俺は知識を得たのだ。


 苦い経験からか、俺は回復魔法に関すること、それに近しいことを積極的に学んだんだ。


 まぁ、元々師匠と共に山籠もりをしていたので、薬草についての知識はある程度あった。そのため勉強は苦ではなかった。

 いや、苦などと言う資格など俺にはないのだが。


 回復薬。

 それは俺がいた世界のゲームなどに出てくるものとは違う。

 残念ながら使えば忽ち怪我を治すなんて都合のいいものはこの世界には存在しない。

 

 では、何を回復するのかといえば……魔力だ。

 処方した人間の魔力を回復させる。

 それが回復薬。


 回復魔法は治癒にしろ、再生にしろ、回復する側の魔力を消費する。

 そのため受け手の魔力が無いと回復魔法を施せない。

 雀の涙程度の魔力しかない者にはその程度の回復しか望めないのだ。

 

 そのため回復薬を与え、一時的にでも魔力を増やす。

 それは俺がいた世界に例えるなら輸血に近いのかもしれない。

 いや、輸血じゃない。増血か。

 血がなくて死にそうなら増やす。それに近いイメージだ。


 ただ、そんな回復薬にも問題がある。

 素晴らしい効果をもつものほど高価なのだ。

 

 貧者には行き渡らない。

 その時ミリアの顔を思い出した。

  

 俺が傷つけた女性だ。

 彼女は魔力が乏しかった。

 加えて金がなかった。


 それ故に足を失うという大きな事故の際、回復魔法の恩恵に預かれなかった。


 回復薬の回復量はどんなに優れていても限界がある。

 魔力がゼロの俺は何も起きない。無意味だ。


 生来、魔力量が低いミリアがどれほど回復するのか、回復したとして足を治癒できるほどの魔力が担保できたのかはわからない。


 しかし、金がないからその効果を得られなかったのは余りにも厳しくて悲しい現実だ。

 

 それが当たり前だと断じられるほど俺は人間ができていない。

 それどころかクソくらえだと思っている。


 そして、そんな回復薬の原料となるのが薬草だ。

 薬草とは高濃度の魔素を浴びた植物のこと。


 高濃度の魔素が異常成長を促し、植物を薬草に変化させる。と、俺が読んだ書物には書かれていたがその仕組み全ては理解できていない。

 

 薬草自体でもある程度、魔力を回復させる力はあるらしいがそれは微々たるもので回復薬として生成しなければ大しことはないらしい。

 

 今回採取する不死鳥花も分類は薬草だ。

 あれを処置すれば回復薬になる。


 だが、それがどのような力を持っているのか俺は知らない。

 そこまで学ぶ時間がなかった。

 無論、言い訳である。


「限界値を突破?」


 回復薬、薬草について学んだが、その上でジュリアの言葉にわからない部分があった。

 俺はジュリアの言葉を鸚鵡返しで聞き返す。


「回復薬の回復量はどんなに優れていても施された患者の絶対値を超えることはない。でも不死鳥花だけは違う。不死鳥花を元にした回復薬は処方された人の絶対値を超えるの。だから高難易度の回復魔法を施せる」


 なんと、そんなことが可能なのか。

 それならば……彼女も……


「まぁ患者が瀕死の状態とか、魔力の残量が十パーセント以下とか、色々条件はあるんだけどね。条件を満たさないと普通の回復薬程度だし。でも条件さえ合えば……」


 ジュリアはゆっくりと立ち上がった。


「助からない命が助かるかもしれない。それは本当に素晴らしいことなの」


 にっこりと笑うジュリア。

 ところが、その笑みは一瞬で消える。


「まぁ、医療魔法具を使えば不死鳥花は必要ない。そんな意見もあるんだけどね」


 ジュリアは悲しい目で呟いた。

 

 魔力の量に関わらず治癒を促す魔法具。それが医療魔法具だ。

 

 俺も昔その力を受けた身である

 医療魔法具は魔力がゼロの俺すらも回復させた。

 しかし……


「医療魔法具は高額なんだよな」


 俺の言葉にジュリアは深く頷く。


「うん。悲しいけどね。だから貧しい人は助からない。助けられない。でも不死鳥花があれば、お金がない人も回復魔法を受けられる可能性が出てくる。回復魔法なら人によって無償で施してくれるからね」


 その時のジュリアの表情は初めて見るものだった。


 悲哀と諦念と微かな希望を織り交ぜたようなその貌は見惚れるほどに美しかった。


「だから私は今回の任務に志願したの。どうしても不死鳥花を手に入れたかった。お金の問題で不死鳥花を手に入れる機会を損なわれるのだけは防ぎたかったの」


 ジュリアの顔がいつもの顔に戻る。

 彼女の言葉を受けて、少し印象が変わった。

 

 ジュリアの芯なるもの少し垣間見えた気がしたからだ。

 彼女は気高い。そして尊い。

 それは憧憬とは違う。


 これは尊敬だ。

 俺はジュリアを尊敬していた。


「ありがとうね。アイガ君」

「ん? 何が?」


 ジュリアは笑ったまま再び視線をクレアに戻す。

 俺の疑問に終ぞ彼女は何も答えなかった。が、不快ではなかった。

 

 マグマの海の上でクレアは優しく不死鳥花を摘む。

 採取の方法は既に渡されていた依頼書に書かれていた。

 何も小難しいことはない。根っこごと引き抜けばいいだけだ。


 採取自体に面倒臭さはない。

 ここに来るまでが面倒なだけなのだから。


 クレアは採取した不死鳥花の土を払う。

 そして俺たちにそれを見せた。


 俺はクレアを労う意味でグッドサインを送る。

 クレアも片手でピースしてくれた。


 任務達成だ。


 そう思った時。

 不意に殺意を感じた。


 俺は急いで振り返る。

 ロベルトさんも構えていたのが見えた。


 視線の先にいたのは魔獣、ランチャー・ベアだ。


 この殺意と肌をひり付かせる脅威。

 間違いない。

 

 二体目の……

 ランチャー・ベア・ワイルド!

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