第176話 王都評議会-後編
評議会の空気は苛烈に冷え込んでいった。
厳粛ではある。
だが、それは処刑場のような寒さを伴ったものだった。
原因である総司令だけが上機嫌だった。
顔も身体も純白のローブに隠れているのだが、空気だけが違う。
鼻歌でも歌いそうな雰囲気で天井を眺めていた。
その様はまるで御馳走を待つ幼子のようだった。
隣で公安調査団の団長は呆れている。
嘆息交じりに息を吐き、この濁った空気に辟易しているようだった。
左席の端にいる書記長は怯えていた。
純白のローブに身を包んでいてもその震えは見て取れる。
この空気そのものに殺されそうだった。
貴族院院長及び官房長の二人も震えていた。
しかし、それは書記長のように恐怖からではない。
怒りだ。
二人は共通して総司令に対する怒りで震えていたのだ。
厳粛な場をかき乱すその幼稚さと自分たちを小馬鹿にするその下劣さに憤怒していたのだ。
正面から闘えば王都護衛部隊の総司令に勝てるわけがない。
それも相まって腹立たしかったのだ。
『どうせ闘う気概もないくせに』
そう言われているような気がしていた。
それは屈辱に近い感情なのかもしれない。
一方で中央に座す国王代理官は嘆いている。
王都評議会という場においてまともな議論もできないのか、と。
選ばれし立場にいながら、感情の赴くままに振舞う彼らに対して失望を禁じえなかったのだ。
王都評議会は崇高であるべきだ。
その理念が浸透していないことに国王代理官は嘆いていたのである。
誰も口を開かない。
空気だけが重く、重く、澱んでいった。
その時だった。
突如として国王代理官の前の机が赤く光る。遅れて、ウミネコの鳴き声のような美しいメロディーが響き渡った。
場の空気が一変する。
僅かに澱んだ空気が薄まったのだ。
「どうやら到着されたみたいですね」
国王代理官の言葉に、顔が見えているメンツの目付きが変わる。
顔の見えない者も明らかに身に纏う空気が変わった。
一拍おいて、国王代理官が中空に手を翳す。
「入場を許可します」
国王代理官がそう発した瞬間、彼らの眼前の床が赤く輝いた。
円形の光だ。
それが一層眩く輝いた瞬間、一人の女性が現れる。
まるで最初からそこにいたかのように女性が現れたのだ。
そこにいたのは、シャロンだった。
彼らとは違うタイプの豪奢な白いローブを身に着けている。金で刺繍が施され、優美な文様が背中を彩っていた。
シャロンは現れると同時に跪く。
「この度は王都評議会にお招き下さり誠にありがとうございます」
淑女という言葉が似あう振舞だった。
先ほどまで怒っていた貴族院院長はいつの間にかフードを被っている。自分の感情を隠すかのように。
それに倣ってか王都公安調査団の団長もフードをすっぽりと被っていた。
今、この場に素顔を晒している者はシャロンだけだった。
「シャロン・ウィンストン。宣誓を」
国王代理官の口調に重みが加わる。
厳粛さがさらに深くなった。
「はい。シャロン・ウィンストン。ガイザード王国に誓ってこの場では真実のみを話すことを誓います」
シャロンはそう誓うとゆっくりと立ち上がる。
国王代理官は右席と左席を一瞥した。
そこに座る全員が頷く。
「シャロンさん、あなたをここに呼んだのは聞きたいことがあったからです。先ほども誓った通り、正直に真実をお答えください」
「はい、承知しております」
シャロンはにこやかに微笑んだ。いつものシャロンらしい笑顔だ。
「今更説明する必要もありませんが、この場での偽証は大変罪の重いことですのでお忘れなきよう」
シャロンは顔色一つ変えず「はい」と答える。
「では……お聞きします。私たちが聞きたいのはディアレス学園に侵入したまほろばのことではありません」
シャロンは微笑んだままだ。
微かに空気が震える。
数多の思惑が入り混じったためか先ほどよりも空気が重く、重く、淀んでいった。
「アイガ・ツキガミ。彼はいったい何者ですか? あの姿はいったい何なのですか? 正直にお答えください」
その質問を受けてシャロンはいまだ微笑み続ける。聖母のように。
それは余裕なのか、虚勢なのか。
空気はさらに震えていった。重みと淀みも増していく。
「お答えします」
静かに口を開いたシャロン。
笑ったままの彼女の瞳が一瞬だけ黒く、鈍く、妖しく、輝いた。
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