第175話 王都評議会-中編

「発言……よろしいですか?」


 そんな中、王都護衛部隊総司令が軽く手を挙げる。その声色は機械的に改良されていて、尚且つ不明瞭だ。男か女かもわからない。


「どうぞ」


 国王代理官は発言の許可を認めた。

 貴族院院長は鼻息を荒くしながら背凭れに深く座る。偉そうな態度だった。


「根拠は乏しいのですが、個人的に考えた幾つかの仮説を挙げたいのですがよろしいですか?」

「はい。お願いします」


 国王代理官は間を置かずに総司令の発言をまた許可した。


「では、第一の仮説。ディアレス学園は貴族が多く通う名門です。そこを潰すことで内外にまほろばの存在をアピールできるから襲った。第二の仮説はシャロン学長に深く恨みがある。第三にディアレス学園の秘宝が目的……」

「いや、待ってください」


 空かさず官房長が身を乗り出す。その声色は先ほど以上に高い。きついとも言える印象だった。


「あまりに酷い推理です。王都護衛部隊総司令ともあろう方が妄想も甚だしい」


 官房長の言葉に総司令は全く動じていなかった。


「反論があるなら冷静にお願いします」


 緊迫する空気を鑑みて、国王代理官は努めて冷静に官房長を諭す。


「あぁ、すみません。では」


 官房長は深呼吸してから総司令を望んだ。総司令は微動だにしない。寧ろ反論をしてこいといわんばかりに威風堂々としている。


「第一の仮説は無理があります。ディアレス学園以外にも貴族が通う名門学校なんて沢山あります。それこそ三大名門校と呼ばれるくらいですから。ディアレスを二度も襲う理由にはなりません」


 総司令は何も答えない。動じてもいないようだ。


「第二のシャロン学長に恨みがあるというのはカーリーガンの戦いの際にシャロンさんが当時、王都護衛部隊の隊長をしていたからですか? しかしその理由なら他にも恨みを買っている人間はいるでしょう。それこそシャロンさんと同じように魔法学校の学長になった人もいますし」


 隣で貴族院院長がうんうんと何度も首を縦に振る。同意を示しているのだろう。


「第三の理由ですが……ディアレス学園の秘宝とはディアレス学園の前身、ディアレス軍事学校時代に造られたという魔法具のことですか? あれは眉唾の噂でしょう。それこそ王都公安調査団が調べて何もなかったのではなないのですか?」


 急に名前を出されて調査団の団長が鼻を掻きながら隣の総司令を伺う。「確かに何もありませんでしたね」と言葉を付け足して。


 それでも総司令は動じておらず、悠然と足を組み直した。


「仰る通りです。だから根拠が薄いと申しました」


 総司令は悪びれもせず、抑揚のない口調でそう発する。どこか子供のような無邪気さとこの場をグチャグチャにしてしまいそうな幼稚さが垣間見られた。


 総司令のそんな態度に官房長は嘆息しながら椅子に深く座る。

 呆れ果てているのだろう。


「では続きを話します」


 官房長が座った瞬間、総司令が言葉を紡いだ。

 虚を突かれたのか、官房長と貴族院院長は驚いている。


 しかし総司令は全く気にしていない。


「第四の仮説、現在レクック・シティに常駐の護衛部隊がいないため。それ故にテロ行為が起こしやすかった。現にウィー・ステラ島の事件の際は応援が遅れています。第五の仮説は今話した全て、もしくは幾つかの条件が当てはまっていた……」


 総司令は言い終えるとまた足を組み直す。さぁ反論をしてこいと挑発しているようにも見えた。


「ちょっと待ってくれ! レクック・シティに常駐の護衛部隊がいないのはそっちの責任だぞ!」


 貴族院院長が立ち上がって抗議をする。

 国王代理官が冷静に座るよう促した。


「えぇ。その点は反省しています。現在早急に常駐部隊の編成をしております。おそらくあと一週間以内に解決できるかと」


 総司令の口調には笑いの感情が混ざっていた。抑揚のない機械的な声でも、それははっきりとわかるほど挑発的だった。


「貴様! 本当にわかっているのか! その仮説通りなら貴様の責任問題なんだぞ!」


 鼻息を荒くしながら貴族院院長は激高する。

 王都護衛部隊の怠慢によって悲劇が起きたかもしれない。その長たる総司令が他人事のようにのたまう態度が貴族院院長には気に食わなかったのだ。


「そうですね。その時はこのくびを差し出します。それでいいですか?」

「な!」


 貴族院院長は憤怒で脳天がおかしくなりそうだった。

 自らの怠慢を自ら嘲笑い、この神聖な評議会において相応しくないその態度、言動、全てが貴族院院長の神経を逆撫でしていく。


 まるで全てを馬鹿にされているようだ。そう感じていた。

 国王代理官がいなければ一発殴っていたかもしれない。無論、王都護衛部隊の総司令などという地位にいる人間にそんなことができないのはわかっているがそれでも貴族院院長は殴りたくてたまらなかった。


「おい、総司令殿、無礼がすぎるぞ」


 公安調査団団長に諫められ総司令は頭を垂れる。


「申し訳ありません」

「ここは王都評議会です。皆さん、節度ある言動をお願いします」


 場の空気を読んでか一段階トーンを落として国王代理官が注意した。

 その上で代理官は総司令の方に向き直す。


「第五の仮説……全て、もしくは幾つかを内包をしている、というのは少し的を射ているかもしれませんね」

「そうですね。ただ私としては第六の仮説を一番押しています」

「第六?」


 全員が総司令に注目する。総司令は満足そうに背凭れに深く凭れ込んだ。


「理由なんてない。なんの目的もなく、ただただディアレス学園を狙った」


 その発言に一瞬、場が凍り付く。

 そして。


「貴様! ふざけるのも大概にしろ!」


 貴族院院長が怒りのまま白い机を叩き、立ち上がった。

 机は衝撃で拳の形に凹み、隣にいた書記長は驚きのあまり椅子を倒して転げてしまう。


「院長、静粛に。書記長は大丈夫ですか?」


 国王代理官の言葉に貴族院院長は怒りのまま震え、書記長は「すみません」と言いながら椅子を戻し座り直す。


「総司令も軽はずみな発言はおやめください」


 先ほどと変わらない口調ながらそこには怒りが滲んでいた。国王代理官も総司令の発言に少なからず怒りを覚えているようだ。


「失礼しました」


 総司令はまた頭を下げて詫びるもどこか嘘くさい。

 貴族院院長は怒ったまま椅子に座った。額には青筋が浮かび上がっている。


「全く……」


 公安調査団団長は呆れたまま頬杖をついた。

 空気が重いまま、沈黙が流れる。殺意に近い感情が混じり始めていた。

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