第174話 王都評議会-前編

 そこは白い部屋だった。

 床も、天井も、壁も。何もかもが白い。

 病的なまでに。


 それはまるで未来に期待を膨らませるウエディングドレスを着た花嫁のような白さ。

 加えて未来を断ち切られ非業の死を遂げた屍が纏う死装束のような白さもある。

 それらが混じった歪で違和感しかない白で彩られた……そんな部屋だった。


 広さは二十帖ほど。

 薄ら寒い空気を醸し出している。


 部屋の中に装飾はない。剰え扉もない。窓もない。

 外界とは完全に隔離された世界がそこにあった。


 厳粛な空気は宛ら聖域の如く。

 安易に口を開けば、神罰によって裁かれてしまうような、厳かさが蔓延っていた。


 同時に、処刑場のような冷たさもある。

 そうした異質な空気がこの部屋には立ち込めているのだ。


 部屋の中央に机があった。

 勿論、白い机だ。その後ろに白い椅子がある。背の高い椅子だった。


 机は金属製のようだが何の金属かは全くわからない。ただただ冷たい印象を放つ。

 机自体は普通のものだ。マホガニー製の机に酷似している。


 その左右にやや大きな机が置かれ、そこにはそれぞれ三脚ずつ椅子が置かれていた。

 それらも全て白かった。


 そこにはそれぞれ人が鎮座している。が、右端だけが空いていた。


「では、報告は以上ですか?」


 中央に座る者が正面を向いたまま話す。

 白いローブに身を纏い、顔もわからない。声色から男性ということだけがわかる。


「はい」


 彼の右に座る男が静かに答えた。

 その男もまた白いローブを身に纏っている。ただ、フードは被っていないため素顔がわかった。


 黒い髪をオールバックにした端正な顔の男だ。

 見える首の筋肉から屈強さが伺える。

 肩幅も大きく、厳粛なローブを纏っていながら武人の匂いを放っていた。


 その隣に座る人物も白いローブを着ている。フードをすっぽりと被り素顔はわからない。だが、長い亜麻色の髪が零れていた。


「成程。ありがとうございます。しかし……困りましたね。高性能爆弾……ですか? 初めて聞きます」

「元々は異界の技術のようです。爆弾はこちらにもありますが、今回ワープ・ステーションを破壊したのはこれにあたるようで詳しい技術は不明ですがかなりのとやらを要するもので再現は不可能でした」


 オールバックの男が申し訳なさそうに話す。

 中央の男は嘆息しながら天井を仰いだ。素顔は見えないが嘆いていることが伺える。


「どうするおつもりですか? 国王代理官」


 今度は左の椅子に座る一団の中央にいる男が口を開いた。この者も白いローブを着ているが、素顔は晒している。金色の短髪で彫の深い相貌だった。やや恰幅な印象を受ける。


「貴族院からは何か言われているのですか?」


 金髪の男の隣に座る者が聞く。この者、声色は女性だった。

 彼女も白いローブを着ている。さらにフードをすっぽりと被っているので顔はわからない。


「まぁ、文句は出ていますね。無理もありません。あのテロ組織が復活したとなれば貴族も他人事ではありませんからね。ただ、まだ御しやすい。そう考えれば官房長さんほどの苦労はありませんよ」


 官房長。

 そう言われた女性はクスクスと笑い、反対の方向を向いた。中央に座る人間の空気を読もうとしているようだった。


 少しだけ空気が緩やかになる。


 ここはガイザード王国評議会。


 国の実権を握る者たちの集まりだ。

 中央に座すは国王代理官。

 国王から全権を任されたこの国の事実上のトップだ。彼の言葉は国王の言葉と同等である。


 その右にある三つの席。現在は二名しかおらず一番右端は空席だが、こちらは戦事担当の『右席』と呼ばれる者たちである。


 国王代理官に近い方から、王都公安調査団ロイヤル・テラー団長。次いで王都護衛部隊ロイヤル・クルセイダーズ総司令、そして現在空席なのは、王都連合協会ロイヤル・ギルド・ハイランダーの会長だ。

 全員が王都における戦闘組織のトップである。


 一方で国王代理官の左側の三つの席。こちらは政治担当の『左席』と呼ばれていた。

 国王代理官に近い方から、王都行政府官房長、王都貴族院院長、書記長となる。


 王都行政府とはガイザード王国における政治を司る場所だ。ガイザード王国は王政であるため総理大臣や大統領といったものはない。ただ、官房長がそれに近い役職を担っていた。


 貴族院とは所謂上院のことではない。

 ガイザード王国における貴族たちが所属する庁のことだ。元々は貴族庁という名前だったが時代の変遷の中で貴族院という言葉に変化した。

 ここでは貴族たちが己の権力を誇示し、維持するために様々な謀を行っている。

 因みに魔導士の連盟はこの貴族院に所属していた。


 最後が書記長。

 これはこの評議会における全ての言動を記録する係だ。正し間違いは許されない。いかなる場合も真実を残すことを義務付けられている。

 そのため、個人でありながらこの場にいる六名と対等の権限を与えられていた。


「それにしても……何故ディアレス学園が狙われたのでしょうか?」


 国王代理官の言葉に王都公安調査団の団長が軽く咳払いをしてから答えた。


「これに関しては現在不明としかいいようがありません」

「おいおい……ちゃんと調査したのか? 公安調査団の長たるあんたがそんなことを言うと不安になるぞ」


 貴族院の院長はいら立ちながら団長を詰った。

 団長は顔色一つ変えず「すみません」と慇懃無礼に言葉を放つ。


 少し緊張した空気が走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る