第173話 オリエンテーション 57

「ゴードン君。入っていい?」

「あぁ、どうぞ」


 ゴードンの了解を得て、入ってきたのは、クレアだ。


「お久しぶり~アイガ花瓶これでいいかな~?」


 クレアは青い花瓶を手に持っていた。

 そう、クレアは無事だったのだ。

 こればかりは本当に良かった。心から俺は泣いた。嬉しくて、嬉しくて、泣き腫らした。


 クレアが言うには、ジュリア、リチャード先生と共に学園に戻った直後、ワープ魔法陣が不可思議な挙動をしたらしい。

 改めて魔法陣に魔法を流すが、ウィー・ステラ島に行くことができなかったらしく、それで異変を察知したそうだ。


 直ちにシャロンに説明したところ、彼女が王都護衛部隊に連絡したらしいが、何分、ウィー・ステラ島は離島であるため応援が遅れたらしい。


 クレア、ジュリアはそのまま学園にて待機という判断が下された。


 俺は病院に入院することになった際もクレアの安否を教えてくれと恥ずかしながら暴れたが、クレアが病院に駆けつけてくれたので安心し、素直に入院することにしたのだ。


「ほかの皆は息災か?」


 ゴードンがクレアにジュースの入ったコップを渡しながら聞いてきた。

 クレアは持ってきた花瓶に俺が持っていた花を活けてからジュースを受け取る。


 実は花を買ってきたのはいいが、花瓶を用意するのを忘れていたためクレアが売店で花瓶を買ってきてくれていたのだ。

 ここの病院の売店はたいていのものが揃うらしい。流石、レクック・シティ最大の病院だ。


「皆、元気だよ。サリーも戻った頃はちょっと暗かったけど今はもう大丈夫みたい。あぁでもデイジー先生はまだ元気ないかも」

「そうか……」


 俺がハンマー・コングを屠ったあと、すぐにパーシヴァル先生が駆けつけてくれた。


 そこでお互いに状況を説明した。

 あの時はパーシヴァル先生の身体がボロボロだったことには驚いた。あの強靭なパーシヴァル先生を追い詰めた相手の強さに俺は戦慄したものだ。


 恐らく俺が戦ったアンドレイよりも遥かに強かったのだろう。

 そのアンドレイの話をしたときパーシヴァル先生の狼狽は凄かった。


 デイジーが無事だと伝えると、パーシヴァル先生はその場に崩れ落ちた。そのあと何か言葉を発したのだがあまりに小さすぎて聞き取れなかった。


 パーシヴァル先生の後でテレサ先生もこちらに来てくれた。

 テレサ先生に事情を説明すると彼女はすぐに風魔法を駆使してサリー、デイジーが残っている島まで飛んで行った。二人を迎えに行ったのだ。


 何せ、向こうへ渡るために使ったボードはハンマー・コングに激突させて使い物にならなくなっていたのだから。

 ただ離れ小島から帰還する際に無茶な扱い方をしたのでそもそもあのボートはもう使えなかっただろうが。


 小島から帰還するのに俺はある提案をした。それは『橋造り』というお題を聞いたときに真っ先に思い付いた案だ。


 しかし、その案はサリーの契約魔法に依存するため、彼女が契約魔法を禁じられた瞬間に没にしたのだが。


 案というのは、サリーの契約魔法によってレールを作り、その上にボードを走らせて爆速で帰還するというもの。

 サリーにこれを提案した際、「島の資源ではそんなレールは作れないが海底の資源を使えば可能でしょう」と言ってくれた。


 戦闘とは違い時間を掛けることができたのでサリーの契約魔法を使ってレールを作成。その際デイジーの助言によってレールを鎖にすることで魔法の消費量と生成の時間を短縮。

 さらに島に上陸する直前に氷魔法でジャンプ台を作り、加速するボードで一気に島に着眼することになった。


 運転をロビンに任せ、俺はこの方法で本島に戻ったのだ。

 危なっかしい稚拙な作戦はサリー、デイジー、ロビンの協力のもと何とか成功した。


 そしてゴードン達の戦いに参戦できた。


 本当に間に合って良かった。

 闘いのあと、離れ小島にいたサリー、デイジー、そして囚われのアンドレイはテレサ先生によって本島に戻ってきた。


 その後、一緒に船で戻ったのだ。


 アンドレイはそのまま捕縛され現在はどうなっているか俺にはわからない。シャロンがいうには然るべき時に説明するといっているが、果たしてその然るべきとやらくるのだろうか甚だ疑問だ。


 サリーも一日だけ入院したが俺が退院すると同時に退院し寮に戻っていった。

 デイジーはゴードンと同じくらい入院する予定と聞いていたが強行で退院し、学園に戻ったらしい。


 流石としか言いようがない。

 ことの顛末で俺が知っているのはそれくらいだ。


 当事者なのに、子供という理由からか、それとも別の理由かはわからないが多くは聞かされていない。

 この辺りはいずれ決着を付けねばならないとは思っている。


「ユーリ殿やエミリー殿は息災か? 彼女らには特に世話になったからな」

「あの二人なら多分大丈夫だと思うけどな。俺もあんまり会えてないから詳しくはわからんな」

「ふむ。そうか」


 ユーリとエリーは俺が入院しているときに一度だけ見舞いに来てくれた。

 ずっとお礼を言われっぱなしだったのでこっぱずかしかった思い出だ。そういうのは慣れていない。


 そういえば、ユーリの右目はいつの間にか元に戻っていた。

 本人に聞いたところ、あの時だけ急に赤くなったらしく今ではなんで赤くなったのかはわからないそうだ。

 視力に問題はないらしいのだが。


 ロビンを通じてほかのクラスメートたちのことはそれとなく聞いているが、特段変調を起こしている生徒はいないらしい。

 この辺りも流石、と言わざるを得ない。


 そう思っていたが、どうやらこれにはゴードンが起因しているらしい。

 ロビンがクラスメートに聞いたところ、ハンマー・コングとの戦いの折にゴードンが震えるクラスメートたちにかけた言葉が効いているとのこと。


 その言葉が彼らを奮起させ、魔法使いとして覚醒させたようだ。


 やっぱりゴードンは凄い。

 俺なんかよりも数倍凄い男だ、ゴードンは。


 そして俺たちは他愛もない会話をして病院を後にする。

 街に出るともう夕焼け空だった。


「よかったね、ゴードン君元気そうで」

「あぁ。あの様子ならもう大丈夫だろうな」


 本当に良かった。ゴードンが元気になってくれて。

 心からそう思いながら赤く染まる道を歩く。


 不意に、


「熱くなってきたわね」


 クレアが呟いた。


「そうだな」


 俺は真っ赤な空を仰ぎながら答える。

 吹き抜ける五月の風に仄かな生暖かさを感じた。


 今回の戦いで学園は大きなダメージを負ったことだろう。

 だが、それ以上に俺たち生徒は何かを手に入れられた。と、思っている。


 覚悟が俺の心を強く奮わせた。


 まほろば。

 それがどんな組織かわからない。どんな理念があって、どんな目的があるのかわからないし、知りたくもない。


 ただ一つ。やつらはクレアを殺そうとした。それだけは許せない。

 誰であろうと、何であろうと、強かろうと、関係ない。


 クレアに仇なすもの全てが俺にとって敵だ。

 俺は闘志を静かに燃やして拳を握る。


 今度こそ、戦士として戦う。そして勝つ。


 横を歩くクレアの笑顔。

 この笑顔を守るためなら俺はどこまでも強くなれるはずだ。


 俺は燃えるような紅蓮の空を眺めながら、もっと強くなることを固く、固く、誓った。

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