第169話 オリエンテーション 53
血の混じった砂煙が徐々に薄くなっていく。
火薬の匂い立ち込めるそこにロバートは静かに立っていた。
全身から血を流し、ところどころ火傷をしている。上着はボロボロになっていて金属が融ける身体が晒されていた。
ただ、瀕死というほどのダメージではない。
その目は怒りに満ち、その顔は殺意に滲んでいた。
パーシヴァルは冷静にロバートを望む。彼は何ら焦っていなかった。
手応えの無さを感じていたし、何よりロバートがこの程度で斃せるとは微塵も思っていなかったからだ。
パーシヴァルは鎖を戻し、黙したまま鉄球を再生させる。
その鉄球を右手で軽く振り回し始めた。
ブンブンと鉄球の鎖が回る音が響き渡る。
ロバートはもう笑っていなかった。静かに、鋭く、パーシヴァルを睨みつけている。
パーシヴァルは依然として同じだ。ただただ破壊を尽くす。それだけである。
お互いの視線が殺気を伴なってぶつかった。
そしてお互いが同時に飛び出した。
「はぁぁぁあああ!!」
「しゃあああああ!!」
ロバートの怪音波が高らかに鳴り響く。同時にラッパの銃から音の弾丸が放たれた。
パーシヴァルは鎖の結界、『灼撃装甲』を先ほど以上に広げて発動する。
音の弾丸が鎖にぶつかり、爆発が何度も引き起こる。
怪音波によってパーシヴァルの精神がまたも傷つけられていった。
それでもお互いに叫び続ける。
「死ねぇ! パーシヴァル!! 『
ロバートがラッパの銃を壮絶にかき鳴らした。大きな、大きな音の塊が放たれる。
その音の塊が凄まじいスピードで灼撃装甲を発動している鎖に激突した。
爆風と爆炎が吹き荒ぶ。
「まだまだぁ! 『
続け様に音の塊が連続で発射されていった。その度に爆発が起きて、砂塵が昇る。
ロバートは一息ついた。
だが、まだ殺意は消していない。
ラッパ型の銃を向け、狙いを済ます。ロバートはまだ勝利の余韻に浸っていない。
砂塵が消えていった。
パーシヴァルは悠然と立っている。無傷だ。
全ての音の攻撃が鎖の爆発で防がれていたのだった。
パーシヴァルは闘志を乗せて鉄球を思いきり投げる。
「バカが! 『
ラッパ型の銃が先ほどとは違う音を奏でた。すると、周囲の空気が震えだす。それは波紋のように広がっていった。さらに広がるほどその震えは大きくなっていく。
震えはやがて津波のようになった。
その津波の震えが今までの音の攻撃の余波を飲み込んでさらに膨れ上がっていく。
まさに津波だ。
「鉄球を投げちまえばお前自身は無防備! 鎖だけでこの音の大波を防げるか!? あぁ!? 死ねぇ!!」
高らかに嬉しそうに叫ぶロバート。
笑い声が不協和音に乗って周囲に響き渡った。
しかし、その不協和音はすぐに収まる。
パーシヴァルが笑ったからだ。
隙をついた。防御する手立てがない。絶体絶命のはず。
それなのに、パーシヴァルが笑ったのだ。
その笑みがロバートから笑い声を消した。
「何笑ってやがるぅ!!」
ロバートは右手でまた風の魔法を発動する。その風が鉄球を弾いた。
「な!」
ロバートは驚く。
その鉄球に鎖が繋がっていなかったのだ。
鉄球だけが放り投げられていたのである。
では鎖は?
鎖は現在、パーシヴァルの周囲を棚引いていた。が、その先端はどこかわからない。
ロバートは必死にその行方を追う。
一秒にも満たない時間でロバートは見つけた。
鎖の先端は地面に突き刺さっている。
それに気づいたとき、地中から鎖の先端の鉤爪が飛び出してきた。
それは宛ら蛇の如く、口の部分が開いている。
その鉤爪がロバートの身体にある金属の管に咬みついた。
「あ!?」
地面から潜っていた鎖が一気にあぶれ出る。まるで虫の羽化のように。
そして凄まじい速度で鎖が巻き戻った。
甲高い金属音を奏でながらロバートはパーシヴァルに引き寄せられる。
「ちぃぃぃいいい!!」
皮膚を咬みつかれているならその部分を引き千切れば逃げられるだろう。が、今咬みつかれているのは金属の部品。引き千切るなど不可能だった。
「パーシヴァルぅぅぅううう!!」
ロバートはその鎖を壊そうと試みるが、やはりびくともしない。
全てを呪うような凄まじい形相のままパーシヴァルに吸い寄せられた。
パーシヴァルの右手に炎が煌々と燃え上がる。その目は冷静に冷血に冷徹に迫りくる獲物を見据えた。
「『炎纏・
凄絶な回転する右のストレートがロバートの顔面に迫った。
しかし、ロバートは両腕でその攻撃をガードする。
瞬間、大爆発が引き起こった。
「がぁ!」
爆炎でロバートのガードした腕が爆ぜる。
ボキボキと骨が砕ける音が響き渡った。
だが、ロバートの目はまだ死んでいない。
爆炎の中、ロバートはパーシヴァルをずっと睨み続けていた。
「殺してやるぞぉ! パーシヴァルぅぅぅううう!! 『
ロバートの契約武器の筒の先端から音の弾丸が発射された。
轟音死弾。
不協和音ではなく、音波を圧縮した音の塊を弾丸として放つロバート最後の切り札だ。
勝利を確信した相手の虚を突く一撃だった。
普通の相手ならこれで終わっていただろう。
ただ相手はパーシヴァルだ。
残心を解かない彼に油断など塵ほどもなかった。
パーシヴァルは攻撃が当たる寸でのところで回避した。アウトボクサーの如く軽やかにスウェーしたのだ。
その勢いと反動を利用し、体制を戻した瞬間、腰を落とし低く構える。
そこからロケットの発射のように下半身の発条を使って浮かび上がった。
「しゃあ!!」
炎を纏ったアッパー気味のストレートがロバートの肝臓に穿たれる。
「がふ!」
ロバートの全身に激痛が襲った。肺の中の空気が全てなくなる。動きが完全に停止した。
そこに。
がら空きになったロバートの顔面に炎を纏った右のストレートが決まる。
「ぎゃあ!」
衝撃でロバートの角笛面は弾けて宙に舞った。背後にいたアンジーが小さく戦慄き霧散する。
その貌は鮮血に塗れ、歯は砕けて飛び散った。
ロバートはそのまま天を仰ぐように倒れる。
パーシヴァルの完全なる勝利の瞬間だった。
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