第161話 オリエンテーション 45
「うがあぁぁぁぁあああ!!」
ハンマー・コングは炭になった自身の右腕を引きちぎった。
燃える右腕の残骸が砂浜に転がる。
血飛沫が飛んだ。肉片が散った。骨が見え、肉の焦げる匂いが立ち込める。
「ひぃ!」
誰かが悲鳴を上げた。
ゴードンはそちらに一瞥もくれず、眼前のハンマー・コングを睨む。
右腕を失ったハンマー・コングは怒り狂った眼でゴードンを睨んだ。
二つの視線が交差し、中央で激しく火花を散らす。
一瞬の静寂。
それは嵐の前の静けさだった。
「騒げ!」
先に動いたのはゴードンだ。左手を前に突き出す。
遅れて、ハンマー・コングが雄叫びを上げながら左手を振り上げた。
「祭りを彩る神たちよ! 戸を開けよ! そして我を誘え! 『
彼の左手から無数の雷の矢が飛び出す。
その全てがハンマー・コングに命中した。
「ぐぃぃぃいいいいい!!」
強烈な雷撃がハンマー・コングを焼く。
『魔雷蜂散弾』。
上級の雷魔法だ。
己の魔力を雷の矢に変えて放つというシンプルなもの。
演算処理の厄介さと魔力の消費が激しいが、威力も高く、速度もあって攻撃魔法の中ではかなりの上位に当たる。
ゴードンは肩で息をしながら尚を撃ち続けた。
やがて雷の矢が尽きる。
ゴードンはその場に膝をついた。
魔力切れだ。
夥しい汗が流れ落ちる。
呼吸も激しく、顔は青白く唇は紫色になっていた。
「大丈夫!? ゴードン君!」
ゴードンのもとに二人の女性が駆け寄る。
ユーリとエミリーだった。
二人は後列にて索敵を担っていたため、今このタイミングで列を離れたのだ。
残った一人が懸命に索敵魔法を周囲に張り巡らせている。
「我は……大丈夫だ……はぁ……はぁ……」
それが虚勢だと二人は一瞬でわかった。
「酷い怪我! 私、回復魔法使えるから……焼け石に水かもしれないけど……」
エミリーがそっとゴードンの右手に触れた。
黒く腫れた右腕は熱が籠り、爆発しそうなほどに熱かった。
ゴードンはその手を優しく払う。
エミリーは驚いた。
「いらぬ……回復魔法が使えるなら……他の者が怪我をしたときに……使ってくれ……」
ゴードンは立ち上がる。
眩暈で視界が霞んだ。
その先には雷と炎で焼かれてなお立ち上がるハンマー・コングがいる。
ダメージの所為で動きが緩慢になっているが、怒りと憎しみ、痛み、殺意、それらが混ざった激しい表情でゴードンを睨んでいた。
『天楽園への道』で封印しいているハンマー・コングはまだ動けない。
心配そうな顔で見つめるクラスメートたちが砂と水で拘束している奴らも動けない。
ただ、落とし穴に落としたほうは徐々にだがそこから脱出しそうだった。
ゴードンの計算通りならあの二体はそろそろ出てくるはずだった。
今回の任務は生き残ることだ。
勝つことではない。
で、あるならば瀕死の一体と落とし穴の二体をなんとかすれば、任務は達成のはずだ。
そうゴードンは考えていた。
時間が経てばパーシヴァルがこちらに援護に来られるはずだ。
しかし、それが何とも難しい。パーシヴァルの相手はあの『まほろば』なのだから。
パーシヴァルは勝ってくれるだろう。そこに一ミリの疑念もない。
だが時間は掛かるはずだ。
ゴードンの魔力はすでに切れかかっている。
右手からは尋常じゃない痛みが襲ってきていた。
生き残る。
その重圧がゴードンに圧し掛かった。
自分が持つ最大攻撃力の魔法『魔雷蜂散弾』と迎撃魔法の『暴れ狂う天火』で一体は潰せると思っていた。
ところが、それも叶わなかった。
ゴードンは正直悔しかった。己の見通しの甘さに腹が立っていた。
自分に契約があったなら……
奥歯が割れそうになるほど噛みしめる。それほど悔しかったのだ。
四大貴族のオークショット家の次男ながら未だに契約を持っていない自分が歯痒かった。
契約さえ使えたなら。
クレアやサリーのような強力な魔法が使えたなら。
いや、アイガのように純粋に強ければ。
悔しい。腹立たしい。恨めしい。そして悲しい。
ゴードンの心はそれら負の感情が満ちていく。
「ふ……」
ゴードンは突然笑った。
己にそんな感情があったとは、と自嘲したのだ。
落ちこぼれが一丁前に悔しがる、か。愚かだな。
ゴードンはまた真顔に戻った。笑った顔はユーリとエミリーには見られていない。
ないもの強請りをする価値もない。己がしてきたことを考えろ。お前ごときが契約魔法? 自惚れるな。
己の弱さから敵の術中に嵌り、お山の大将を演じていた自分が?
他者を慮れず、蔑み、貴族の立場に胡坐を掻いた自分が?
契約?
笑わせる。
ゴードンは敵を睨んだ。
奥の手も切り札もない。
だからといって諦めていいわけではない。
ゴードンは腹に力を入れた。
せめて死にかけの一体は斃そう。例え刺し違えたとしても。
後の二体はクラスメートに任せるしかない。彼らは優秀だ。我一人がいなくても大丈夫だろう。
ゴードンの目に危険な火が灯った。
それは覚悟を決めた者の目だった。
「ゴードン君!」
ユーリがゴードンの左手を掴む。
彼女は何かを感じ取ったのかもしれない。
「……痛み入る」
一瞬、何かを迷ったような表情をしたゴードンはそう言って彼女の手を振り解いた。
優しく。丁寧に。
そして走る。
ユーリが触れたその左手には激しい雷が迸っていた。
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