第159話 オリエンテーション 43
「貴様! あの時の!」
パーシヴァルの脳裏には黒罰回廊での激戦が呼び起こされていた。
そこで捕縛したセンビー。彼が使った魔法で突然召喚された二体の人形。
そのうちの一体、黒色の人形。
それに相手の姿が酷似していた。そして声はほぼ同一だった。
「そう、あの時は人形での邂逅だったな。パーシヴァル殿。改めて……お久しぶり」
慇懃無礼。
あまりにも挑発的な態度だった。
そして隠す気のない殺意。
パーシヴァルは一瞬で戦闘モードに入る。
もう、迷いや疑問は脳の端へ追いやられていた。
例え、惑い迷おうとも『闘う』という選択肢だけは消えない。それがパーシヴァルという男の性だ。
その様を見ながら、黒一色の男は嗤う。どこまで他人を小馬鹿にした下品な笑い方だった。
男は徐に革ジャンのポケットから小さな玉を取り出した。大きさはビー玉ほどだ。
瞬間、パーシヴァルに怖気が襲う。
「貴様! 何だそれは!? 何をするつもりだ!?」
男は嘲笑いながらその小さな玉を放り投げた。
全部で十個の玉が地面に落ちる。それらは容易く、ガラスのように割れ、白い煙を吐き出した。
そして何かが飛び出す。
現れたのはハンマー・コングだ。
涎を撒き散らし、目が血走った、一目でわかる危険な状態だった。
「な!?」
パーシヴァルは再び絶望に塗れた。
「きゃあ!」
「魔獣だ!」
生徒たちは先ほど以上にパニックを起こし、悲鳴を上げる。混乱が混乱を呼び、最早パーシヴァル一人でどうにかできるレベルではなくなっていた。
どうすればいい?
その疑問でパーシヴァルの脳は一杯になってしまった。
最早、答えなどない。
ワープ・ステーションの爆発。クレア、ジュリア、リチャードの三名の安否。
小島のメンバーへの不安。そこにいるアイガ、サリー、ロビン並びにデイジーの援護。
この場の生徒たちの保護。
全て、どうすればいい?
パーシヴァルの脳はオーバーヒート寸前だった。
戦士としてならシンプルに動ける。
しかし、今のパーシヴァルは戦士ではない。
教師だ。
教師である以上、シンプルには動けない。
こんな状態の生徒を守れるか?
誰が守る?
俺が?
何故?
俺は闘わなくてはならないはずでは?
誰と?
敵と?
違う。
俺が……
守る……
思考は絡まり、答えは見えず、焦燥と不安が絶望の餌となる。
結果、パーシヴァルは動けなかった。
脳に残った微かな思考の欠片。
それは想い人へ走りたいという我儘。
ここにいる生徒を守らねばという使命感。
最後に敵と戦わねばならないという責任感。
しかし、迷いから脱出するには至らなかった。
完全なる悪手だ。
自分でもわかっていた。
だが、抜け出せない。
汗がまた流れる。
絶望がさらに深く、濃く、抉れるようにパーシヴァルを呑み込んでいった。
そんな時。
「狼狽えるな!」
ゴードンの声が響く。
パーシヴァルはハッとした。
「我々は崇高なるディアレス学園の生徒だぞ! 厳しい試練を突破し! 今ここにいるのではないか! それを! たかが魔獣相手に狼狽えるな!」
全員の視線がゴードンに集中した。
貌は恐怖に塗りつぶされ、身体は悲壮感が漂い、心が挫けていた全員の瞳がゴードンを見ていた。
それは縋っているようにも、慄いているようにも見える。
そんな彼らを見ながら、ゴードンは一拍置いて吠えた。
「覚悟を極めろ! 我らはいずれこの国のために闘う魔術師になる身! 思い出せ! 何のために自分がディアレス学園の生徒になったのかを! 思い出せ! 己が誇りを! うぬらはそんなにも脆弱なのか! 違うだろ!」
ゴードンの言葉に折れていた生徒達の心に闘志が灯り始める。
気が付けば全員が立ち上がり、拳を握っていた。
「闘え! そして生き残れ! それしか道はないのだ! いつまで守ってもらうつもりだ! 我々はディアレス学園の生徒だ! うぬらは強い! 強い! 強いのだ! こんな魔獣程度に負けるわけがなかろう!」
強い。
その言葉に全員が鼓舞された。
闘志がその身に宿る。
もう悲鳴は聞こえない。
まだ震える者もいた。が、顔つきだけはもう魔法使いのそれになっていた。
「よく言った……よく言った! ゴードン!」
パーシヴァルは迸るように叫ぶ。
彼は己が恥ずかしかった。ゴードンが言ったセリフは本来、自分が吐かなければならなかったセリフだったからだ。
『パーシヴァル、教師にならないか』
パーシヴァルは思い出す。自分をディアレス学園に誘ってくれた恩人の言葉を。
『教師は面白いぞ。教えているつもりでも生徒に教えられることがあるんだ』
パーシヴァルは全ての迷いを捨てる。眼前の敵に集中するために。
『生徒が成長していく瞬間っていうのが本当に面白いんだ。そうした場面に遭遇するともう教師はやめられなくなっちまう』
その言葉を今、パーシヴァルは体感していた。そしてその通りだと思った。だからだろうか、こんな場面にも関わらず、パーシヴァルは笑っていた。
もう絶望は消え失せている。
頭は今までに感じたことがないほどすっきりしていた。
「ゴードン! 今だけお前を小隊長に任命する! ハンマー・コングは任せるぞ。必ず生き残れ! いいな!?」
「はい!」
躊躇いもなくゴードンは力強く返事をする。その言葉を聞くと同時にパーシヴァルは駈けていた。
右手には既にグレンデルが発動している。
「貴様が何者でも関係ない! 覚悟しろ!」
「はは! いいねぇ……かかって来いよぉぉぉ!!」
黒一色の男は嘲笑うことを止めない。
パーシヴァルの闘志は炯々と燃え上がった。
そこにいたのは嘗て、戦士だった頃のパーシヴァルだ。
遠い昔に拝命した字名が、それを体現していた自分が、今ここに蘇る。
「『
グレンデルの
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