第158話 オリエンテーション 42
小島での激闘が始まるもっと前。
ワープ・ステーションが爆発したその頃。
ウィー・ステラ島の砂浜では驚嘆と動揺、混乱に満ち溢れていた。
生徒たちは混迷と混乱の中に陥り、悲壮感に染まっている。
それはザワザワと潮騒のように広がっていった。
そして広がるほどにその不安や恐怖は膨れていく。
ステーションから溢れ出る爆炎の熱と立ち昇る黒煙の臭いが、更にそれらの感情を加速させていた。
その不安と恐怖は教師陣もまた同じように感じている。
そして、全員が一様にこの爆発の意味を理解していた。
襲撃だ。これはあのテロ組織による襲撃だ、と。
その認識が彼らから日常を奪う。
ワープ・ステーションの爆発など元来考えられないことだった。
ステーションには厳重な結界魔法が幾重に張り巡らされており、それ以外にも防御系の魔法が施されている。生半可な魔法などものともしないはずだった。が、それらが一切機能得ず爆発していたのだ。
あり得ない。
あり得ないことが起きているのだ。
歴戦の猛者たるパーシヴァルですら動揺を隠せないでいた。
その表情は微かに不安の色もある。
「なんということ……パーシヴァル先生! すみませんがここをお願いします! 私はステーションに行きます!」
テレサは呆けるパーシヴァルを余所にもう動き出していた。
「え? あ……了解……」
漸く我に返ったパーシヴァルが返事をするよりも早く、テレサはワープ・ステーションへ飛んでいった。風魔法による高速飛行だ。
彼女は特別科の担任。自身が受け持つ生徒の安否を案じるのは当然だろう。
パーシヴァルはやっと思考するに至った。
しかし、いまだ混乱の中にいる。完全に復活しきれてはいなかったのだ。
思考が思考を呼び、どんどんと雁字搦めになっていく。
戦士だった時代にはなかったことだ。
その原因は生徒たちの存在だった。
テロ行為の渦中にいる現状、最優先すべきは生徒たちの安全だ。
彼らを守りながらこれからどうすべきか、その選択肢がパーシヴァルには無かったのである。
彼は今、教師だ。戦士ではない。その教師という重い立場であるが故にこの場の最適解が思いつかない。
どうすればいい?
その疑問が彼の迷いに拍車を掛ける。
ワープ・ステーションが爆発するほどの魔法、そんなものを扱う魔法使いが近くにいる。恐らく、そのレベルは己と同等かそれ以上だ。
そんな敵を相手にしながら彼らを守れるだろうか。
迷いは不安を、不安は焦燥を、そして焦燥がパーシヴァルの思考を搦めていく。
パーシヴァルの蟀谷から汗が落ちた。
その時になって初めて、パーシヴァルは自身が恐怖していることに気付く。
戦中でもこんな感情を抱いたことはなかった。
喉は乾き、手足は痺れ、
思考はさらに深く、深く、迷いの落とし穴へと落ちて行った。
不意にパーシヴァルは小島のほうを見る。
その先には彼が慕うデイジーがいた。そこへ視線が飛んだのは彼女を心配してからだろうか、それとも安寧を彼女に求めたのだろうか。
その答えはパーシヴァル自身にもわからない。
ただ、小島にいるデイジーが怪我を負っていることを彼は知っていた。テレサから聞いていたのだ。
島を望んでもデイジーやアイガ、サリー、ロビンの姿は見えなかった。
だが、途方もない不安がパーシヴァルの心に去来した。
今すぐ、小島に行きたいという願望が泉の如く湧き出す。
自分が小島に行くのは簡単だ。
だが、この場はどうなる。
いまだワープ・ステーションの爆発は原因不明。そんな場に生徒たちを残していいわけがない。
しかし……
迷いがまた生まれ、答えの見えない闇が深まっていく。
一体どれほどの時間が流れたのか。
十分程度か、それ未満か。それとももっと長い時間、思考の網に囚われていたのか。
パーシヴァルはそれすらもわからなかった。
生徒たちの混乱はさらに広がっている。不安と恐怖がより一層濃くなっていった。
パーシヴァルはそれを止めることができないでいる。
止める方法がわからなかったのだ。
自分自身もまた混迷と混乱の中にいたためだった。
そこに、
「よう、久しぶりだな」
聞いたことのある声がパーシヴァルの鼓膜を震わす。
振り返るとそこにいたのは黒い帽子を被った男だ。男は革ジャンを着て、革のズボンを履いていた。
革靴も黒、手袋も黒。全てが黒一色だった。
その姿とその声にパーシヴァルは慄く。
脳だけが熱く、身体は冷えていった。
絶望を今、彼は感じていた。
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