第155話 オリエンテーション 39

 俺は怒りに震えていた。


 尊厳なく相手を蹂躙する相手に。

 そして何もしていなかった自分に。


 その怒りが俺を突き動かす。


「選手交代だ! ここからは俺が相手をする! アイガ・ツキガミ! 推して参る!」


 俺は構えた。

 相手は腐ってもテロ組織『まほろば』の戦闘員。


 隙を突いた俺のドロップキックを奴はガードした。

 瞬時に岩石の魔法で自分の前に岩の盾を生成し、直撃を避けたのだ。

 愚鈍な見た目ながら判断力は凄い。


 ただ威力そのものは殺せなかったので吹っ飛ばすことには成功したが。

 サリーとデイジーから遠ざけられただけでも御の字だ。


「ちぃ……なんだぁ……その姿ぁ……そんな魔法見たことねぇぞぉ」


 アンドレイは立ち上がるとあの棍棒を振り回し始める。


「畜生がぁ! 俺のぉ……楽しみを邪魔しやがってぇ! 楽には殺さねぇ! 殺してくれと懇願するまでぇ! ボコボコにしてやるよぉ!」

「ウダウダ五月蠅いんだよ。さっさとこい、デブ」

「あ? 殺す! 殺す! 殺すぅ!」


 俺の挑発にアンドレイは容易く乗った。

 アンドレイは棍棒を前面に翳し走る。


「岩石魔法! 『分岩・破壊』!」

 周囲の砂礫が集まり、やがて巨大な岩のドリルとなった。

 デイジーの決死の攻撃でやっと受け止められた巨岩のドリルを見て俺は気合を入れた。


 一直線に向かうドリルを俺は真正面から受け止める。


「ぐぎぎぎぎぎ!」


 全身に力を入れ、氣を張り巡らせ、その攻撃に耐えた。

 魔法でできたものなら俺の氣で破壊できる。


 しかし、このドリルの半分はこの島にあった砂礫だ。

 そこに猛烈な回転が加わっているため氣だけでは破壊できない。威力も相殺できていない。


 それでも俺は耐えた。


「はぁぁぁあああ!!」


 痛みが迸る。が、それがどうした。

 痛いくらいなら耐えられる。

 黙って仲間がやられる様を見続けた己の愚かさに比べればこの程度、耐えられないわけがない!


 俺は全身全霊で身体に力を入れ続けた。

 やがて回転は止まる。


「しゃあ!」


 俺は止まった瞬間、そのドリルを思いきり投げ捨てた。

 地面に叩きつけられ、ドリルの中からアンドレイが飛び出す。


 だが、奴は即座に立ち上がった。


「やるじゃねぇかぁ。だったらぁ、もっと本気でいくかぁ! 岩石魔法! 『分岩・甲冑』!」


 アンドレイの身体が岩に変わっていく。

 岩に変わった貌で下卑た笑みを浮かべていた。


 一方で俺は己の身体を眺める。

 硬い獣毛で覆われた腹から血が流れ、掘削の攻撃に耐えた両腕は赤黒く変色して血飛沫を飛ばしていた。


 この姿になることで俺の肉体は人外の防御力を得ている。


 鋼の如き硬さと柳の如きしなやかさを兼ね備える獣毛。

 人間の努力では到達できない圧倒的筋肉。


 それらを持つこの身体が、これほどのダメージを負うとは。

 拳を握る。痛みが駆け巡った。


 剥き出しの肉と神経が痛みを訴えていた。

 この姿の状態で痛みを感じるのはいつぶりだろうか。


 この姿になっても勝てないかもしれないと思うのはいつぶりだろうか。


 そして……

 この姿で全力を出すのはいつぶりだろうか。


「あぁ?」


 アンドレイの下卑た顔が見る見る真面目な表情になっていく。


 良かった。

 今、サリーたちが後ろにいて。

 この顔を見せずに済む。


「久しぶりに本気を出すか……」


 俺は嗤っていた。

 心から。

 本当に……化け物だ。

 闘いに狂う化け物。


 自分でもわかっている。

 己が異端だということを。

 それでも愉悦は止まらなかった。


 俺は構えた。

 全身に氣が駆け巡る。


 全身が滅紫色に輝いた。


「死なないでくれよ、アンドレイ……」


 俺は走る。

 彼我の距離は一瞬で潰れた。


 アンドレイは棍棒を振り回す。棍棒は回転しギィーンと甲高い金属音を奏でていた。


 俺は両手の爪を伸ばし、その棍棒を迎撃する。

 魔法でできたものではない棍棒に氣は通じない。


 通じるのは俺の武術とこの獣の爪だけだ。

 爪と棍棒がぶつかる度、甲高い金属音と激しい火花が飛び散った。


 一撃、一撃当たる度に爪に罅が入り、やがて割れて剥がれる。


 だが、爪は伸縮自在。割れようが、剥がれようが、俺の意思で次の爪が伸びた。それは宛ら鮫の牙の如く。


 痛みは勿論ある。爪が剥がれているのだから。


 血が、痛みが、俺の脳を突き刺す。が、俺は気にしない。

 これは何もしなかった自分への咎だ。

 その咎が、痛みが、怒りが、俺のエネルギーとなる。


「はぁぁぁあああ!!」


 武術でもない。技術もない。アンドレイのただ振り回すだけの棍棒に何を恐れることがあるだろうか。

 揮え! その爪を!


 獣の如き咆哮を上げながら、俺は己の爪を繰り出し続けた。

 駆け引きなんて必要ない。

 力任せの攻撃でいい。真正面からねじ伏せる!


「はあ!」


 そして右手の爪がアンドレイの棍棒の持ち手に絡まった。

 この機会を逃すわけがない。


「せいや!」


 俺は右手を大きく横に薙ぎ払った。

 棍棒は弾かれ遠くへと跳んでいく。


「ちぃ!」

「はぁ!」


 アンドレイは一歩下がった。

 俺は一歩踏み込む。

 仕留めるために繰り出した右手の爪がアンドレイを狙った。が……


 己の腕に今まで感じたことのない感触があった。

 痛みもある。

 それ以上に驚きが強かった。


 爪が砕け、弾ける。

 その先にあったのは大きな盾だ。

 アンドレイを丸々隠す大きな岩の盾があった。

 その頑強さは今まで攻撃していたアンドレイの岩の鎧を遥かに超えるものだった。


「ふぅ……岩石魔法……『分岩・大楯ブロック・シールド』」


 俺は即座に身を引いて折れた爪を捨てた。それに合わせて血が数滴飛び散る。

 即座に指先から新しい爪が伸びた。


 ただ、先ほどのような長さではない。通常の長さだ。

 長すぎる爪は拳を握るのに不利。


 ここからは正真正銘、素手の肉弾戦だ。


「殺してやるぞぉ! クソガキィ!!」


 盾の奥からアンドレイの汚い声が響き渡った。

 俺は静かに闘志を燃やす。

 懸念材料だった相手の武器は払った。


 俺の中に氣が巡る。


 さぁ、本気でいこう。

 全身全霊で、この醜い強者に、己の全てをぶつける。

 そう考えた時、俺はまた嗤っていた。

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