第151話 オリエンテーション 35

「貴様は教育上好ましくないな。どちらにせよ『まほらば』ならば退治しなくてはならない。早急にこの場から消えてもらう!」


 デイジーが右手を構えた。

 アンドレイは嗤ったままだ。


「いいねぇ。気の強い女は大好物だぁ。そういう女程、蹂躙して心を折る瞬間がたまらねぇからよぉ」


 涎を撒き散らしながら舌を出す。

 サリーの顔が見る見る青褪めていった。


 その気持ちはわかる。

 女性でなくてもこの男の発言は気持ち悪い。低俗で最低だ。


「サリーは待機していろ!」

「しかし……」


 デイジーの指示にサリーは困惑した。

 確かにここは二対一で攻める方がいいかもしれない。


 だが教師としてなら正解だろう。生徒をあんな愚物と闘わせたくない気持ちはわからないわけではない。

 特に女生徒であるサリーなら尚更だ。


「命令だ! 待機していろ!」


 より強い言葉でサリーを制するデイジー。


「はい……」


 サリーはとうとう折れた。が、戦闘の構えは解いていない。


「よし……穿て! グリフォン! 『颱砲斬華ドゥーム・ストーム』!」


 デイジーの手甲が燦然と輝く。

 それは嘗てトライデント・ボアを一瞬で肉塊に変えた暴風の一撃だ。


 瞬時に風は塊と化し、そして放たれた。

 アンドレイは嗤ったままそれを受け止めた。片手で。

 荒れ狂う暴風はアンドレイの右手で轟々と唸りを上げている。

 しかし、当の本人は嗤ったままだった。


「いい風だぁ! 気持ちいいぜぇ! だけどなぁ! 足りないなぁ! 殺意がぁ! 殺す気がぁ! 足りねぇなぁ!」


 アンドレイは地面に風の塊を叩きつけた。

 暴風の塊は地面にて爆散し、その場を抉る。


 それほどの攻撃力のある魔法をアンドレイは片手で防いでいたのだ。

 それがどんなに恐ろしいことか。俺の背中に冷や汗が流れる。

 対峙している二人の顔は見えない。が、サリーは微かに震えているように見えた。


「そうか……なら! 本気で行かせてもらう!」


 デイジーは叫ぶや否や、走った。

 同時にガチャガチャと契約武器の手甲が蠢く。


 そうだ、あの手甲は可変式だ。大砲のような形態と爪のついた手甲の二つの顔を持つ武器だ。


 そして、今は手甲の状態であの風の弾丸を撃った。

 つまり本来の威力は有していなかった。


 あのトライデント・ボアを爆散させたときは大砲のほうだ。

 デイジーは本気を出していなかったのか。


 今、この瞬間、その本気が解禁される。


「唸れ! 『突風征覇ブラスト・コンクエスト』!」


 デイジーが叫ぶとその右手から風の弾丸が幾つも発射される。その様は宛らマシンガンの如く。


 先ほどの大砲の技とは違う。一発一発の威力は劣るがその分速射性に優れている技だ。


「あぁ?」


 ドンと音がした。

 さらにドン! ドン! と、音が続く。


 風の弾丸がアンドレイに着弾していった。

 風の弾丸は視認できない。

 その視認できない弾丸がアンドレイを何度も穿った。


「ちくしょうがぁ!」


 アンドレイが吠える。

 デイジーは前進しながら尚も撃ち続けた。


「グリフォン!」


 手甲がまた変形する。大爪の付いた手甲へと姿を変え、その爪がキラリと光った。

 接近戦で決める気だ。


「舐めるなぁ!」


 アンドレイは風の弾丸のダメージを受けている。額や身体から血が流れていた。が、それだけだ。

 数多の風の弾丸を受けていながらその肉体は掠り傷程度しかない。

 恐るべきタフネスだ。


 アンドレイは大きく息を吸い、右腕で迫りくるデイジーの爪の斬撃を受けた。

 そしてガキンと凡そ肉体から発せられる音とは思えない音が響き渡る。


 なんとアンドレイの身体が岩に変わっていたのだ。見た目はまさに岩。肉体そのものが岩に変貌しているのだ。

 その腕で斬撃を受けたため、あのような音が響いたのである。


「岩石魔法ぉ! 『分岩・甲冑ブロック・アーマー』!」


 ニヤリと嫌な笑いを浮かべアンドレイは左腕を振り回した。

 その腕もまた岩になっている。当たれば一撃で大打撃だ。


 デイジーは軽やかに飛び、その攻撃を避ける。

 彼女の顔に焦りは一切ない。

 その表情を見てアンドレイは笑みを消した。


「流石にあんた相手に素手は不利だなぁ。ユニットォ! ロック解除だぁ!」


 アンドレイが叫ぶとあの球体から低い金属音が鳴った。それは何かの起動音のようだ。

 球体はパカッと開く。その姿はまるで幼き日に前の世界で見たガシャポンを彷彿とさせる。


 その中から棍棒が出てきた。

 野球のバットくらいの大きさで手持ちの部分は拳二つ分ほど。その先が大きく広がっていて御伽噺に出てくるあの棍棒だ。

 色は黒く、太い部分には下から上へと螺旋の装飾が施されていた。


 アンドレイはそれを掴むとぶんぶんと振り回す。


「行っただろぉ。これは運搬兼移動用だってぇ。俺の武器が入っているんだよぉ。さぁ覚悟しなぁ」


 アンドレイは岩のまま笑った。

 口元から砂が零れる。それは涎のようで尚のこと気持ち悪い。


 デイジーは心から軽蔑するような視線を送る。


「時間がない。これで決める!」


 そう呟いたのが聞こえた。

 同時にグリフォンが悲しそうな瞳でデイジーを見ていることに気付く。


 何故だろうか、今のデイジーに以前感じた強さを感じられない。

 不安とも違う。恐怖とも違う。

 俺が今感じている感情は……


 なんだ?

 この心に渦巻くこの感情は……一体なんなんだろうか?

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