第152話 オリエンテーション 36
荒れ狂う暴風。
それを撥ね返す大岩。
デイジーとアンドレイの闘いは熾烈を極めた。
デイジーの白銀の手甲に竜巻の如き風が宿り、アンドレイに斬りかかる。
しかし、対峙するアンドレイは全身を岩に変えその攻撃を真正面から受け止めていた。
凡そ、人体から発生するとは思えない闘いの音が周囲に響き渡る。
高位の魔術師同士の闘い。
それは最早人智を越えた領域だった。
「あぁ~どうしたぁ~? そんなもんかぁ~ディアレス学園の教師はぁ~!」
アンドレイが薄汚い笑みを浮かべながらデイジーを挑発する。
デイジーはそれに反応することなく、剰え一切感情を動かさず、アンドレイを攻撃し続けた。
アンドレイは嘲笑のままその攻撃を受け続ける。
だが、如実に均衡は崩れ始めていた。
アンドレイの身体の岩が徐に欠けだしていたのだ。
罅が走り、破片が飛ぶ。
岩石の身体がどんどんと壊れていく。
デイジーの攻撃がアンドレイの岩盤を削っていったのだ。
「ちぃ!」
アンドレイの表情も変わってくる。
嘲笑は消えた。
手に持つ奇怪な棍棒を無造作に振り回す。
棒術というレベルではない。原始の使い方だ。ただ力に任せてぶん回すだけ。そこに技と呼べるものはない。
デイジーは容易く相手の攻撃を受け、躱し、自分の攻撃を決めていく。
アンドレイは巨体。さらに動きも緩慢。基本的に回避はない。
ダメージが蓄積されていった。
そもそも強さが違う。
傍から見れば圧倒的にデイジーが有利だ。
それなのに……
俺の脳は未だに警報が鳴り続けているし、心は危機感で一杯だ。
何故?
あれほどの優勢ぶりを見てまだ安堵できないのか?
これは杞憂なのか?
何を恐れる?
この感情は一体なんだ?
答えの見えない中、俺は二人の闘いを注視する。
「くそぉ!」
苛立つアンドレイは右手に棍棒を持ち、左手をデイジーに向けた。
「喰らえぇ! 『
アンドレイの掌から塵芥が集まり、石が生成された。それがデイジーに向かって発射される。
「ふん!」
デイジーはその石を手甲で切り伏せた。
石は真っ二つになって砂と化す。
デイジーはそのまま突っ込んだ。
アンドレイはニヤリと笑って右手を振り上げる。
その時カチっと小さな音がした。
次の瞬間、アンドレイが持つ棍棒が回転し始めた。
ドリル。
それが最初の印象だ。先端が尖っていないので厳密には違うのかもしれないが。
棍棒についた螺旋状の刃の意味もやっと理解できた。あれはぶつかるものを掘削して攻撃するものだったのだ。
しかし……
ドリル型の棍棒。
何故、この世界にあんな代物が?
見たことがない。というか、魔法の世界であるこのリガイアにあのような科学の技術が必要な武器があるのか?
恐怖を伴う疑問が俺の脳裏を埋めていく。
「しゃあ!」
デイジーの雄叫びが響いた。
彼女はその未知なる武器に一切臆することなく、契約武器である白銀の手甲で迎撃する。
風を生む手甲と回転する棍棒がぶつかった。
ギィィィンと甲高い金属音と眩しい火花が散る。
「このままぁ! グチャグチャになるかぁ! あぁ!」
アンドレイはまた下卑た笑みを浮かべた。
体格差からアンドレイが押し込む形になる。
それでもデイジーは感情を見せない。
余裕も油断も苦悶も焦燥もない。
まるで機械のように、無感情のままアンドレイを見据えていた。
「グリフォン。奔れ! 『
デイジーの爪が僅かに閉じる。
そしてそこに凄まじい風が纏われていく。
こちらが本物のドリルのようだ。
その回転は棍棒の回転を凌駕した。
白銀の手甲がドリルの棍棒を強い力で弾く。
そのままデイジーは右手を目一杯引いた。次の攻撃の準備だ。
華麗でいて、全く無駄のないその所作はまるで熟練の武術家のような動きだった。
竜巻を纏った手甲の右手が硬く握られ、そして放たれた。ミサイルの如く。
さらに手甲にある翼から激しい風が放出されその動きを加速させる。
アンドレイは弾かれた棍棒を必死の形相で戻し、辛うじて防御が間に合った。
竜巻の右ストレートがアンドレイの棍棒に直撃した。
そして、先ほど以上の轟音が木霊する。
「ちぃぃいいい!」
アンドレイの顔が初めて悲愴に満ちた。
デイジーが一気呵成に押し切る。
棍棒は耐えきれず、またも弾かれとうとう空に舞った。
そのままデイジーの右ストレートがアンドレイの胸部に届く。
「はぁ!」
デイジーの攻撃がアンドレイに入った。気合が迸る。
岩盤を掘削する白銀の手甲から火花が飛び、破片が周囲に散った。
デイジーは鬼気迫る表情で攻撃を続ける。
アンドレイは……
嗤っていた。
そして、俺の脳の警報がピークを迎える。
「はぁ! 『
突如、アンドレイの背中が割れた。
正確にはアンドレイの纏っていた岩石の後ろ部分が割れたのだ。
そこから生身のアンドレイが飛び出す。
「な!?」
今度はデイジーの顔に困惑の表情が浮かんだ。
「岩石魔法! 『
アンドレイは抜け殻となった岩の塊に手を翳す。するとその抜け殻が突如として爆ぜ、その破片全てがデイジーを襲った。まるで散弾銃の如く。
「ぐあ!」
無数の岩の礫がデイジーに突き刺さる。そのままデイジーは後ろに吹っ飛んだ。
「はっはぁ! そこで寝てろぉ!」
アンドレイは下卑た笑いのまま、俺達のいる方へ突っ込む。
ドリルの棍棒を回転させ、島の地面にあった砂礫を集めていった。
「岩石魔法! 『
砂礫はやがて小さな石となり、そして大きな岩の塊となる。
三角錐を横にしたような、それこそ巨大なドリルのようだった。
そのドリルが猛スピードで俺達に向かってくる。
あいつの狙いは最初から俺達……つまり、俺とロビンだったんだ。
だから俺の脳味噌は警報を鳴り響かせていたのか。アイツから向けられる殺意に反応していたから。
戦場において弱者から斃すのは正攻法だ。卑怯でも何でもない。その理屈はわかっている。
それなのに心に何かが引っ掛かった。
そんな場合じゃないことはわかっている。感情論はあとだ。迎撃しなければ!
そう思っているはずなのだが……
迷いがまた生まれる。
俺はまだ迷っていた。
獣王武人を使うことに。
眼前に迫る脅威を前にして何を迷うのだろうか。
わかってはいる。
わかってはいるのだが、未だに俺は迷いの
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