第147話 オリエンテーション 31
「来たか、お前ら」
フラフラの俺達をデイジーが迎えてくれた。
デイジーはまた白い水着に着替えている。褐色の肌が太陽に照らされて煌めいていた。
彼女の右手にギブスのようなものがはめられている。三角巾などはしておらず指先も動いていたので重傷ではないようだが、こればかりはわからない。
「何やらハプニングがあったみたいだな。テレサ先生が魔法で教えてくれたよ。まぁ問題無かろう。とりあえず、サリーとロビンはあれを組み立ててくれ」
そう言われて、二人はデイジーに支持され海岸にあった椅子やパラソルを建て始めた。
不意にデイジーが俺の横に立つ。
「お怪我は?」
俺が聞くとデイジーは右手を俺に見せてきた。
「右上腕骨骨折だ。リチャード先生に診てもらって現在このような形で治療中となっている」
悪戯な笑みを浮かべるデイジー。どこかその顔がシャロンに似ている気がした。
「それは、それは。ご自愛ください」
「せめてもう少し心を込めて言え。棒読みすぎるぞ」
デイジーはニヤリと笑う。
「今回の試練、大変そうですね」
デイジーの言葉を無視して、俺は向こうの岸にいる普通科のクラスメートを眺めながら尋ねた。
「あぁ。昨日も言ったが水面など自然物の上に魔法を発動し、維持するのはかなり難しいことだ。今回、その上三人を島に戻すのだからその分の体重を支えるだけの強度がいる橋を作らねばならない」
そうだ。それは俺も思ったことだ。
自分自身を海に浮かべることすら困難なはずなのに橋を作って俺達を帰さなくてはならないのだから。それは並大抵のことではない。
「土魔法で海底の泥を引き上げるか、氷魔法で橋そのものを作るか。こればかりは発想力の勝負だな。無論、妨害用のマジック・ドールもいるのでそれをどう対処するのかも考えなくてはならない」
ほう、邪魔をする敵までいたのか。本当に難しい試練だ。
「その妨害用のマジック・ドールが無かったんですか?」
俺が聞くとデイジーは左手で蟀谷をかく。困惑の表情だった。
「そうだ。しかし変なんだ。昨晩、確かに用意したはずなんだが。誰が間違って向こうに送ったんだ? う~ん……まぁ、学園に戻れば余分にあるはずだから大丈夫だろう」
デイジーはそう言ってサリーとロビンの方へ向かった。
俺も従う。
長椅子はすでに完成していてパラソルも立てられていた。
長椅子は二つ置かれ、その間にジュースの入ったあの氷が用意されている。
「こんな感じでいいですか?」
「あぁ大丈夫だ。ありがとう」
デイジーはその長椅子の一方に座る。自然と俺の視線は彼女の胸に行った。
午前に俺とデイジーは封魔戯闘で闘っている。
最後の攻防。俺の渾身の大技は確かに決まった。決まったはずだった。
それなのに俺の氣は彼女に入らなかった。
氣外しとは違う。氣そのものがこれ以上奥に行かない。そんな感触だった。
そんなこと今まで一度もなかった。
事実、デイジーは脚部や腕部で受けた際は氣のダメージを受けていたはずだ。
胸部に放ったあの一撃だけ想定と違ったのである。
大きな脂肪で阻まれた? いやそれはない。脂肪だろうが、筋肉だろうが氣は入るはずだ。
ではなぜ? あの一撃だけ決まらなかった?
あの一撃さえ決まっていれば……
たらればは、戦闘に一番必要のない言葉だということはわかる。
しかし、そう思わずにはいられなかった。
「あんまり胸ばかり見ているとクレア様に告げ口しますよ」
急に後ろからサリーが耳打ちしてきた。
「いや! そんなつもりじゃ!」
焦りからか冷や汗が噴き出す。
本当にそんなつもりじゃなかったのだ。濡れ衣である。
「ふふふ、冗談ですよ」
サリーは笑いながらデイジーとは違うほうの長椅子に座った。
性質の悪い冗談だ。
どっと疲労が肩に押し寄せる。
俺はサリーの横に座った。後ろでロビンが笑いながら、デイジーの横に座る。
「今回の試練、難しいでしょうね」
サリーはそう言いながら向こうの海岸を望んだ。いつの間にか赤い眼鏡はサングラスに変わっている。
「サリーもそう思うのか?」
サリーはどうやら俺とデイジーの話を聞いていたようだ。
「はい。妨害もされるとのことでしたので。余計にそう感じます」
彼女は足を組み、頬杖を突く。
同年代とは思えない美しい姿だった。本当にモデルのようだ。
「アルラウネは禁止なんだよな。それでもサリーの金属魔法ならこちらからある程度サポートできないのか?」
俺の問いにサリーの表情は少し曇る。
「この島だと難しいですね。私の金属魔法はその土にある鉱物に左右されます。アルラウネがいればどんな鉱物でも錬金して道具にできますし、ある程度質量も変化させられますが、私単体では無理ですね。こんな石と砂ばかりの土地では満足な金属魔法は使えません」
そうか。そういう弱点もあるのか。
俺は足元を見る。
確かに片手ほどの大きさの石と細かい砂しかない。地中深く掘れば何かしらの鉱物はあるのだろうが、サリーの魔法に使えるほどではないのだろう。
クレアは何もないところから炎を生んでいたが、それと比べてはいけないということを俺はもう学んでいる。
クレアは規格外。大天才だ。
同じ特別科のサリーといえど、その部分では大きな開きがあるのだろう。
俺は改めクレアの凄さを知った。
逆にクレアならこの場合どのような魔法で試練を突破するのか。そこに興味が湧いてしまった。
その時。
水平線の向こうでまた赤い光が見えた。あれはここに来た時にみたものだ。
あのあと色々あって忘れていた。
あの光は一体?
海洋を進む船か? 灯台のようなものがあるのか? それとも俺の知らない魔法の類か?
何気なくそれを眺める。
そして……
ドーン! と爆音が響き渡った。
「なんだ!?」
「何?」
俺、ロビン、サリー、デイジーの四人は同時に驚嘆しながら立ち上がる。
爆音の方角はウィー・ステラ島の本島だった。島の凡そ中心部。そこから黒い煙が黙々と空へと上がっていた。
あそこは……
ワープ・ステーションがある場所だ!
心に去来する不安、焦燥、そして絶望。
「クレア!!」
俺は叫ばずにはいられなかった。
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