第146話 オリエンテーション 30

 砂浜に熱波が迸る。

 それは自然に吹き荒ぶ本物の熱波ではなく、クレアとジュリアが激しく怒気をぶつけ合って生まれたものだ。

 二人の視線がぶつかる。そこには激しい火花の幻が見えた。


 まさに犬猿の仲。

 そんな二人にお使いを頼むテレサ先生。

 本当に大丈夫だろうか。不安が加速する。


「はい! 我儘はそこまで! これは命令です。二人で行ってきてください!」


 テレサ先生はそう強く宣言する。

 それによって二人は渋々了承した。


「はは、それならこの老いぼれも一緒に行きましょう。どうせ私も暇ですから」


 リチャード先生が腰を上げる。


「宜しいのですか?」

「構いませんよ」


 朗らかに笑うリチャード先生に毒を抜かれたのかクレアもジュリアも少し顔が柔和になった。やはり二人きりなのがまずいようだ。


「では、お願いします。申し訳ありません」

「いえいえ。じゃあ行きましょうか、お二人さん」


 リチャード先生に促され、二人が付き従う。


「あ、お前ら先にロッジに戻って一旦着替えろよ。流石に水着で学園をうろつくのはダメだ!」


 後ろからパーシヴァル先生がそう言うと、クレアとサリーは「わかりました~」と綺麗なハーモニーで返事をした。


 確かにジュリアが水着のまま学園に戻るのはダメだろうな。そう思った時、クレアが冷たい眼でこちらをみた。

 途端に背中に冷や汗が流れる。


 あれ……なぜだろうか恐怖心も芽生えた。

 怖い。


「ふぅ……」


 自然と溜息が漏れる。


「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」


 後ろからサリーが声を掛けてきた。サリーはいつの間にか水着に着替えている。恐らく俺が海に逃げている間に着替えたのだろう。


「え? 大丈夫だが……」


 サリーはニッコリと笑った。どこか含みのある笑いに感じたのは邪推だったのだろうか。


 暫くしてテレサ先生が生徒を集める。

 いよいよ午後の試練が始まるようだ。


「さて、今から午後の試練を始めます。今回の試練は『橋造り』です」


『橋造り』。これまた奇妙な試練だ。


「まず、三人ほどあの島に行ってもらいます」


 テレサ先生が島を指さす。それはデイジーが先行しているあの小島だ。

 昨日遠泳して辿り着いたときの感想としては石ばかりの島だった。人工物は殆どない。石と砂と雑草だけの島だ。

 大きさも大したことない。三十分もあれば一周できそうな本当に小さな島である。


「残った面々で橋をあの島まで造って、向こうにいる三人をこちらに戻すことができればクリアです。因みに今回は対戦形式ではなく協力形式ですので落ち着いて行ってくださいね」


 成程、試練の内容はわかった。

 橋を作るのか。それも小島にいる人間を戻せるほどの橋を。これも中々難しい試練だな。


 俺はまたどこか他人事のように聞いていた。

 さて、俺ならどうするか。


 そんな折。


「さて、まずは向こうの小島にいくメンバーを発表しますね。まずはサリーさん。次いでロビン君。最後にアイガ君。以上の三名です」


 何!? 俺はあちら側なのか。急遽名前を呼ばれ俺は軽く混乱する。


「サリーさん、今回契約魔法は禁止ですよ」

「はい。わかりました」


 そんな俺を余所にテレサ先生は説明を続けた。


「ロビン君は昨日の授業のダメージを考えて一旦向こうの島に行ってもらってそこで判断します」

「わかりました……」


 ロビンも自分が島に行くメンバーになったので驚いているようだ。


「アイガ君は……なんとなくです」

「な!? え? そんな理由で? 俺、向こうの島にいくんですか?」

「はい」


 テレサ先生はきっぱりとそう返事した。

 俺はなんとも適当な理由だ。いや、最早理由でもない。

 まぁ、ここにいると俺が魔法を使えないということが露見してしまう可能性もあるため小島にいくのは吝かではないのだが。


 少し、納得できない。


「向こうの小島へはそこにあるボートで行ってください」


 テレサ先生が指した方向には海に浮かぶ小舟があった。

 木製の小舟の後方には丸い球体が二つ、くっ付いていた。


 中はハンドルらしきものが着いている。察するにこれは元いた世界でいうところのモーターボートのようなものか。

 今までのこの世界のことを鑑みるにエンジンではなく魔力で動くタイプのもののようだ。

 こんなものまであるのか。


「では、まずはお三方向こうの小島に行ってください。既にデイジー先生がいるはずですからあとはデイジー先生の指示に従ってくださいね」

「わかりました。では行きましょう」


 颯爽とサリーに先導され、俺とロビンは小舟に向かった。

 船の運転席にサリー、その後方に俺とロビンが自然と腰かけた。


「私が運転しますね」

「サリー、運転できるのか?」


 俺が聞くとサリーが首を傾げる。


「魔力を注げば簡単に操作できますよ」


 なんと、つまりこれは俺がいた世界のものより遥かに簡単なものらしい。

 久しぶりにこちらの世界に驚いた気がする。


 サリーは魔力をハンドルに込めた。

 ハンドルの中央が白く発光し、ボート自体からブゥンと起動音が響く。


 次いで後方の丸い玉が光りだした。

 そしてボートはゆっくりと進みだす。

 やはり魔力を動力にしているようだ。


 ボートは次第に加速していく。気が付けば猛スピードで小島に向かっていた。

 ロビンは悲鳴に近い声を出しながらボートの端を掴んでいる。

 俺は余りのスピードに驚きつつサリーを見た。


 サリーはハンドル片手に、悠然と操作している。とても気持ちよさそうだが、余りにもスピードを出しすぎていた。


「サリー! スピード出しすぎじゃないか!?」


 俺が大声で尋ねるとサリーはニッコリと笑う。


「そうですか?」


 サリーはそう言いながらも彼女の運転は何も変わらない。

 あぁそうか。サリーはハンドルを持つと性格が変わるタイプだったのか。

 昔、元の世界でも一定数そういうタイプの人間がいることをテレビで知っていたが、まさかこちらの世界にもいるとは。しかもこんな身近に。


 俺は、心の中で無事に島に着きますように、と願わずにはいられなかった。


 程なくして、小島に辿り着く。

 意外にも、無事に辿り着いたことに俺は神に感謝した。


 ロビンはフラフラになりながら小島に立つ。俺も同じだ。サリーだけが元気そうだった。


 帰りはロビンに運転してもらおう。

 魔力を感知して動くなら恐らくロビンでも大丈夫なはずだ。

 それがいい。


 船から下りたのに、未だ身体は波に揺られているようだった。

 これが船酔いか……

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