第145話 オリエンテーション 29
ハッ!
俺は怒気を感じ、クレアの方を見た。
隠す気など全くない怒りに満ちた目でクレアがこちらを睨んでいる。
「今日のお昼ご飯は! 鶏肉のソテーよ! さっさと自分の分を取りに行きなさいよ! ジュリア!」
「はいはい、怖いわね~カルシウムとりなぁ~怒りっぽいんだから~」
「あぁ?」
クレアの怒りを物ともせず、ジュリアは自分の分の弁当を取りに行く。
「アイガも! 鼻の下が伸びてる!」
怒りの矛先がこちらに向いた。というか元からこちらに向いていたのかもしれない。
「そんな……つもりは……」
「なに!」
「いえ……すみません」
言い訳をしようとしたが、火に油を注いでしまったようだ。怒りが爆発してしまった。俺は謝るほかなかった。
チラリとゴードン、ロビンを見るが、二人とも目を逸らすだけだ。
サリーはクスクス笑っている。
そうこうしている内にジュリアが戻ってきた。
「お隣、失礼~」
ジュリアは俺の隣に座る。その際にまた胸が俺の腕に当った。
俺はにやけるのを必死に我慢する。
クレアの視線はそれでも痛い。
ジュリアの誘惑とクレアの憤懣の間での食事は何も味がしなかった。敗北の味すらも完全に消え失せるほどだ。
あれほど苦労して薄めた敗北の味がこうも簡単に消え去るとは……
それよりもこの空間にいるのが俺には耐えられない。
急いで飯を駆けこみ、さっとその場から離脱した。
「アイガ!」
「アイガ君!」
二人の声が重なって聞こえたが俺は乾いた笑いをしながら海へと逃げた。そこしか逃げ場が思いつかなかったのだ。
飛び込むように入った海の冷たさが心地いい。
やはり自然は平等だ。
どんな時も、どんな場合でも変わらないのだから。
一頻り泳いで浜辺に戻るとテレサ先生がいた。
昨日同様、全身に黒いドレスに黒くて大きな日傘。さらに肌を覆う布を全身にまとい、黒い帽子に、黒いサングラス、黒いマスクで完全防備した姿だった。
逆に暑くないだろうか。そんな心配をしてしまう格好だ。
「貴方、元気ねぇ~」
テレサ先生はそう言いながら浜辺に折り畳み式の椅子を置き、持っていた傘を地面に差す。
その傘は途端に大きくなり、ビーチパラソルになってテレサ先生を熱い太陽から守った。
「えぇ、まぁ。テレサ先生暑くないんですか? その恰好」
「暑いわよ。でも日焼けするよりはマシかしら。本当はウィー・ステラ島なんか来たくなかったんだけどね……はぁ~」
そう言ってテレサ先生は優美に座る。
「本当にテレサ先生こっちに来たくないって駄々こねてたの。それを私とサリーで宥めて無理矢理連れてきたのよ。だから初日、私達遅れたの」
クレアの機嫌は直っているようだ。良かった。
それよりそんな理由で特別科は遅れたのか。確かに特別科が遅れていることは気になっていたが……
やはり、この学園の先生癖が強すぎないか?
俺は浜辺を見渡す。
テレサ先生はいたが、デイジーの姿は見えない。
「デイジー……教諭は?」
俺が聞くとテレサ先生は少し呆れたような溜息を吐いた。
「あぁ、デイジー先生は本当なら午後からお休みさせるつもりだったんだけど大丈夫って言って聞かないのよね。で、今は午後の試練のため先にあっちに行っているわ」
テレサ先生が指さしたのは昨日、普通科が罰で遠泳させられた時に折り返し地点に使われた小島だ。
微かに動く人が見えるので恐らくあれがデイジーだろう。
俺との戦闘のダメージは大丈夫なのだろうか。
まぁ、この世界には回復魔法があるので既に治癒済みなのかもしれない。
俺が小島を眺めていると、リチャード先生がやってきた。
「ほうほう、左肩しっかりはまっとるの。これなら魔法の必要はなかろう」
有無を言わさず俺の肩を診断してくれた。
そうだ、リチャード先生に診てもらえと言われていたことをすっかり忘れていた。
「さっき、テレサ先生に言われたのじゃが、お前さん無茶な戦い方をしとるみたいじゃな。自ら肩を外すなど。あまりするなよ。成長中の身体には毒にしかならんぞ」
「はい、気を付けます」
リチャード先生をそう言って笑顔で俺の肩を揉んで、日陰の方へと歩いていった。
心なしか、左肩の痛みが引いた気がする。
「さて、午後からの試練は……あら? パーシヴァル先生、次の試練用のマジック・ドールが見当たりませんが?」
デイジーの戸惑う声が響いた。
「はて? デイジー先生が用意していてくれたはずですが」
砂場にはデカい箱が置かれている。それは昨日の試練で使用されたものと同じで中にはマジック・ドールと呼ばれる人形が入っているらしい。
その箱をパーシヴァル先生が覗いた。
「おかしいですね。ありませんね」
どうやら何かしらハプニングが起こったようだ。
「えぇ……困ったわね……他の箱は既に昨日回収したはずだし……もしかして間違えて今回使う用の箱を学園に送ってしまったのかしら……」
「そうかもしれませんね。自分が取りに行きます」
「いや……別にパーシヴァル先生がいく必要はないでしょう」
テレサ先生はクレアとジュリアの方を見た。
「クレアさん、ジュリアさん、ちょっと学園に戻って今から使うマジック・ドール取ってきてくださいな」
「「え~!」」
二人の声が重なる。綺麗なハーモニーだった。
二人とも露骨に嫌そうな顔をしている。
「文句を言わないで。どうせ貴方達二人は午後特別メニューでしょ。いいじゃないの。学園に戻ってその辺にいる先生に言えば用意してくれるはずだから。ちょっと行ってきてくださいな」
「それは構いませんが、ジュリアと二人は嫌です」
「私もぉ~嫌ですぅ~」
二人の視線が交錯する。また火花が散っているようだ。
大丈夫か?
午後からの試練……始められるのだろうか。
不安が心を覆う。
そして気付いた。
自分がいつの間にか敗北の味を完全に拭い去っていったことに。
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