第139話 オリエンテーション 23

 デイジーは剣を引き、元の位置に戻った。


「う~ん~サリーちゃんは魔法のセンスは良いんだけど、戦闘のセンスがまだ甘いのよね~」


 テレサ先生が後ろでそう言いながらあの緑のジュースを飲んだ。


「どういうことですか?」


 俺が尋ねるとテレサ先生は嬉しそうにニヤリと笑う。


「彼女の魔法のことは知っている?」


 俺は頷く。

 サリーの能力は昨日知ったばかりだ。

 サリーは金属魔法使い。字名は『錬金の茨姫アルケミック・スリーピー』。


 地中の鉱物を操り、別の鉱物へと変え、それを武器化するという複雑怪奇な魔法だ。


「それなら話は早いんだけど……彼女の場合、普通の魔法攻撃とは異なるのよ。地面にある金属を別の金属に変えるという動作が入るから。魔法を発動すれば即攻撃、じゃなくて魔法を発動、別の金属に変更、そして攻撃って具合で。だからどうしても一瞬遅れが生じるの」


 成程。

 確かにサリーの魔法は便利だ。が、そのデメリットとしてタイムラグが起きるのか。

 先ほどのデイジーとの戦いでも最後の攻防はその差で敗北したように見える。


「同年代なら多分、そこまで問題じゃないんだけど……上にいくほどこの問題は大きいでしょうね。それは彼女自身もわかっているから物量に頼る闘い方をしているみたいだけど。デイジー先生みたいな本当の戦士相手には中々難しいわね。それが彼女の今後の課題かしら」


 テレサ先生はそう言って緑のジュースを飲み干した。


 魔法の闘いは本当に奥が深い。感心するばかりだ。


 再びリングに眼をやるとサリーは悔しそうに最初に出てきた部屋に戻っていく。

 クレアは少し悲しそうな顔でサリーを見送った。


 どんな形であれ、敗北は苦い。その気持ちが俺には十二分にわかる。


「さて……次は誰が『手合わせ』をするの?」


 テレサ先生が悪戯な笑みを浮かべながら聞いてきた。

 俺はゴードンとクレアを交互に見る。


「あ、言い忘れていたけど、クレアさんは参加しないわよ」


 テレサ先生の言葉に俺は軽く驚いた。


「そうなのか?」


 尋ねるとクレアは顔を赤らめる。


「まぁ……ね……ほら、私が本気で魔法を発動すると……その……ね」


 その反応から理解した。

 そうか、クレアが契約コントラクトを完全発動すれば上半身が裸になってしまう。確かに衆目があると躊躇するのも頷ける。


 それと俺も何故かそれは嫌だなと思っていた。


「あぁクレアさんの場合、契約を完全発動するとここが吹き飛ぶからよ。まぁ今ご本人が思っているデメリットもあるけど、どっちかっていうとこの闘技場が破壊されてしまうほうを懸念してのことね」


 テレサ先生はそう言いながら飲み終えたジュースのコップを氷の箱に戻した。

 代わりのオレンジジュースを取り出しまた椅子に座る。


 そうか、それもあるのか。

 確かにあの瓦礫を完全粉砕するほどの力をここで開放するわけにはいかない。

 つくづく、クレアの凄さがわかる。


 さて、ということは……俺かゴードンか。どちらが次なのか、だな。

 俺は迷うことなく立ち上がった。


「アイガ?」


 ゴードンは驚いた顔をしている。


「すまんな、ゴードン、先に行かせてもらう」


 サリーとデイジーの闘気に当てられて俺の中の闘争心がずっと燻っていた。

 それは絶え間なく燃え、渦巻き、俺の中を静かに、密かに焦がしていた。

 解放しなくては。

 俺が燃え尽きてしまう。

 そんな気持ちだった。


 俺は一足飛びでリングに向かった。

 ゴードンの許可は得ていない。

 クレアの顔も確認していない。


 ただただ、単純に闘いたい。

 本気で。

 そう思っただけだ。


 俺はリングに飛び込む。

 砂が微かに待った。


 つい先ほどまであった闘争の残滓が俺の脳を刺激する。

 それを燃料にしてより激しく、より強く、より熱く俺の中の闘争心が燃えた。


 血の匂いはまだしている。が、怨嗟の声はもう聞こえなくなっていた。


「次はお前か、アイガ」


 デイジーは首を回しながら俺を見る。その瞳に宿る感情はわからなかった。


「デイジー先生、連戦だけど大丈夫? なんなら代わりましょうか?」


 テレサ先生の声が響く。昨日の魔法だ。遠くにいるのに近くにいるように感じる声。

 脳はもう慣れているがやはり違和感は拭えない。


 それ以上に俺の心に去来する怒り。

 邪魔をするな!


 その言葉が脳内を駆け巡った。


「お気遣いは無用です。連戦でも構いません。それにアイガには少なからず興味がありますから」


 良かった。変に水を差されなくて。

 俺もデイジーに興味がある。


 シャロンの子飼いの教師だがその戦闘力、魔法の力は折り紙付きだ。

 教師としても尊敬できる部分がある。シャロンとの繋がりさえなければ俺は手放しで彼女を尊敬していただろう。


「パーシヴァル先生との封魔戯闘の件、聞いているぞ。あのパーシヴァル先生が闘いたいと思う程の力、私にも見せてもらう」


 デイジーから闘気が溢れた。そうだ、これだ。この闘気が俺の闘争心を呼び覚ましたのだ。


 それは宛ら熱波。

 冷房の効いた部屋から一歩出た時の真夏の昼間のような熱波だ。

 人を殺せる熱。それは殺意に近い。


 その熱を直接当てられて、俺の中の闘争心が完全に外に漏れた。

 自分でも驚くほどの凄まじい闘気が零れていく。俺自身、もうそれを止める気が無かった。


「若いな。だが悪くない」


 デイジーは手に持っていた剣をリング外に向かって放り投げる。剣は放物線を描いて場外に刺さった。


「パーシヴァル先生の時と同じルールでいい。お前に合わせてやる。素手による封魔戯闘だ。細かいルールも同じ。強化魔法のみ。それでいいか?」


 舐めているわけじゃないだろう。

 俺は頷いて応える。


 デイジーにあるのは俺への軽視じゃない。

 純粋な興味。そして気遣いか。


 恐らくデイジーは俺が魔法を使えないことを知っているはず。

 故に封魔戯闘という形にしてくれたのだろう。

 俺を気遣いつつもそれを見せないようにするその心遣い。


 本当にシャロンとの繋がりが無ければ……

 その思いが闘争心に微かにスパイスを加える。


 まぁいい。

 それよりももっと単純に……俺もこの人と闘いたい。

 ずっとそう思っていた。


 初めてトライデント・ボアを瞬殺したあの時から、デイジーと闘ってみたいという思いがあったのだろう。


 それが叶う。

 結実の時。

 これほど嬉しいことがあるだろうか。


 闘争心に隠れていた俺の中にいる獣が面を上げる。

 その所為だろうか、俺は嗤っていた。

 今から闘う身でありながら、俺は嗤っていたのだ。

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