第140話 オリエンテーション 24
俺はリング横に聳える鉄柱の頂点に手を置き、背筋を伸ばす。
鉄柱は錆びているのか握るとボロボロと破片が崩れた。
改めて前を向く。
烈風の如き闘気が俺の身体を吹き抜ける。
心地いい。
それでいて緊張感が漲る。
闘争の場は常に俺を癒す。
それが善でも悪でも。
俺は嗤いを封じた。
自然に零れた笑みは消え、目には純粋な闘志が宿る。
そして眼前の敵、デイジーを望んだ。
そこにいるのは正しく戦士としてのデイジーだった。
「それでは両者……準備はいいですね?」
テレサ先生の声が響く。
お互いに黙したままだ。
準備は万端。故に反論する意味がない。
俺とデイジーの闘気がリングの中央でぶつかり、爆ぜる。
同時に、
「では! 始め!」
と、テレサ先生の号令が響いた。
俺は一気に駆ける。
走りながら地面の砂を左手で掬った。
「しゃ!」
それを思いきりデイジーに向かって投げつける。
「ふん! 先ほどのサリー戦を見ての二番煎じ……ちぃ!」
言葉の途中でデイジーは目を見開き、大きく右に頭を振って躱した。
その後方でカランと金属の音が響く。
俺は砂の後にあるものを投げた。
先ほど鉄柱を掴んだ際に砕いた破片だ。
砂に紛れて投げ込まれた鉄の塊。当たっても支障はないはずだ。魔法使いなら。
しかし、今は封魔戯闘。強化魔法しか使えない。
その状態では何を投げられたかは判断が難しい。
俺が魔法を使えないという点を考慮しても即座に判断はできない。故に避けるはずだ。
その目論見が的中した。
逃げる方向を調整するように投げた鉄柱の欠片。その通りに避けてくれたデイジー。
ここまで予定通り。
ここからが本番だ。
「丹田開放! 丹田覚醒!」
俺の背で刺青が光る。
腕の先、足の先へとその刺青が伸びていき、まずは魔人の証明が終わる。
次いで、青く輝く氣が手足へと満ちていく。
これで全ての準備が完了した。
無論、本来なら闘う前にスタンバイしておくべきだったのかもしれない。
だが、先の闘いでサリーは契約を開始の合図後に発動していた。
つまり、魔法の行使は開戦の合図後でなければならない……かもしれないのだ。
細かいルールは知らされていない。
だから別に俺が開始の合図を待たずに魔人の証明と氣を発動しても問題はなかっただろう。寧ろ闘争の場においてそんな配慮はいらない。
これは矜持の問題だ。
ルールがあるなら、それに従う。
そして矜持を失えば戦士ではなくなる。
己の矜持に反した時、それはもう戦士ではないのだ。
そう師匠に教えられてきたし、俺もその考えが正しいと思っている。
これは俺のエゴだ。
しかし、ここから先は卑怯、姑息などは言い訳。
手練手管、正々堂々、全てをまとめて挑む。
「はあぁ!」
俺は気合一閃のローキックを見舞う。
宵月流殺法術『月齢環歩』、『三日月』だ。
俺が最も得意で信頼を置く技。
さぁ、どうする?
受ければそこから氣が流入する。避ければそこから次の技に移行する。
さぁ! デイジー! これは俺からお前へのクエスチョンだ!
「し!」
デイジーは三日月を受けた。
確かに伝わる感触。
入る!
氣が俺の右足からデイジーの左足に流入した。
「しゃ!」
しかし、氣はデイジーの胴体にいかなかった。
デイジーの腿から黒い血が噴出する。
「ちぃ!」
氣外し。
やはり使えたか。
パーシヴァル先生から聞いていたか?
いや、デイジーはそれよりも先に俺が氣を使うことを知っていた。
対策する時間はあった。
だが、デイジーが氣外しを使えたということをわかっただけでも収穫だ。それならそれに対応した戦いをすればいい。
俺は即座に右足を戻し、気合を込めて、踏み込む。
砂の地面を破砕するように、空気をその身に纏わせ、全身が破裂させるイメージ。
そのイメージを身体に重ね渾身の左ストレートを放つ。
「しゃあああ!」
デイジーは俺の動きに合わせて同じく左のストレートを撃った。
大丈夫。
見えている。
相手が教師とはいえ、パーシヴァル先生ほどの脅威はない。魔法がないなら、無手での状態ならまだ俺は闘える!
魔人の証明は全身を強くする。
それは筋肉だけじゃない。強化魔法の恩恵は躯体全てに及ぶ。
神経も、靭帯も、骨も強くなっているのだ。
俺はデイジーの左ストレートに合わせて身体を捻転させる。
撃ち込んだ左ストレートはそれに合わせて軌道が変わった。
軸足は急激な回転で悲鳴をあげるが、魔人の証明によってギリギリ耐える。
全身を捩じり、デイジーの左ストレートを至近距離で躱した。
そのまま、捻転の力を
起動の変わった左手でデイジーの左ストレートを往なし、鋭く抉れるように肘を突き出した。
「宵月流! 『崩月蓬廻』!」
これは鎧相手に使った崩月蓬廻の正しい打ち方だ。
至近距離で相手の攻撃を躱し、その躱した際の身体の捻りをそのまま相手に叩き込む。
鋭く、重い、俺の肘がデイジーの腹を穿った。
氣も乗せている。
決まれば一撃必殺だ。
だが、決まらなかった。
デイジーは左ストレートを弾かれた段階で身体を流していたのだ。俺と同じように身体を捻転させ、俺の肘撃ちを躱した。
そんなことが可能なのか?
いや、向こうも強化魔法を使っている。
それも俺の魔人の証明なんかよりも精度の高い純粋な強化魔法だ。
反応さえできていれば、筋肉と靭帯を無理させることで回避は可能。
しかしそれは理論上、だ。
頭でわかっていても身体が実行できなければ意味がない。
それができるのがデイジーなのだ。
先のサリー戦で飛来する無数の刃を叩き落した彼女の動体視力と迎撃能力の高さを鑑みれば当然。
認識を改めろ! アイガ!
相手はディアレス学園の教師、デイジーだ。
その辺の雑魚とは違うのだ。
俺は空を切った肘を戻し、体勢を戻す。
デイジーもまた構え直していた。
お互いの視線が交錯する。
一秒にも満たない時間だ。
だが、お互いに次の動きを予見するために全神経を集中させた。交錯する視線に色んな情報が見え隠れする。
フェイントを織り交ぜた闘気のぶつかり合い。
先に動いたのは俺だ。
デイジー相手に待ちは悪手。一気呵成に責めるべきだ、そう判断した。
「はぁ!」
俺は乾坤一擲の力を込め、拳を握る。
そしてそのまま右ストレートを撃った。
デイジーはそれを触れずに躱す。
氣を嫌ったか?
俺は休む暇なく左でフック気味のパンチを放つ。
デイジーはそれも躱す。
そこで俺は呼吸のため一瞬間を取った。
その隙を見逃さず、デイジーが返す刀で右ストレートを撃つ。
「せいや!」
俺は心の中で嗤った。
これは誘い水だ。わざと隙を作った。
俺が呼び込んだ千載一遇のチャンス!
デイジーの気合が拳に迫る。
これで決めるつもりだろう。
それは俺も同じだ!
「はぁ!」
「何!?」
デイジーは驚嘆する。渾身の右ストレートが躱されたのだから。
それも単純に避けたのではない。
俺は足を百八十度、横に開脚してその攻撃を下方に避けたのだ。
狙っていた的がいきなり下へ消えたことでデイジーは当惑しただろう。それが一秒でも……いや刹那でも構わない。
その隙を俺が突く!
「宵月流! 『
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