第138話 オリエンテーション 22
裂帛の気合がリングに吹き荒ぶ。
サリーとデイジー。
相対する二人から放たれるその闘気は本物だった。紛い物のない純度の高い闘気だ。
これが試練なのか?
空気そのものが感電しているかのように震えている。それに比例するかのように温度が上がり肌を焦がす。
見ているだけでこの迫力だ。
当の本人たちはどれほどの覇気を浴びているのか?
慄く俺の後ろでテレサ先生が静かに立ち上がった。
「それでは試練を始めます! 両者! 構えて!」
その言葉に呼応して二人が構える。
サリーは右手を翳した。
デイジーは逆に左手を翳す。その手に握られた両刃の剣が黒く煌めいた。
「始め!」
テレサ先生の合図とともに二人が動く。
サリーは後ろに跳び、地面の砂を蹴った。
デイジーも後ろに跳んで剣を構える。
「晩秋彩る樹木の成れの果て。枯れて、朽ちて、輪廻を回せ! 『
サリーが祝詞を唱えた。
蹴り上げた砂が一斉にデイジーに襲い掛かる。
その砂は距離を詰めるごとに集まり、尖っていった。見る見るうちに砂の矢が無数に生み出される。
それがデイジーに一斉に襲い掛かった。
しかしデイジーは慌てない。
「『
左手に持つ剣を横薙ぎに払う。瞬間、凄まじい風が砂の矢を一気に破壊した。
これもまた魔法。
だが、砂はそのまま広がり、幕の如く、それこそ靄のように二人の間を覆った。
「鉱より生まれし鋼の子らよ! 悠久の時を越えて咲き誇れ! アルラウネ!」
出た!
サリーの契約だ。
この砂魔法は目晦ましか。全ては契約魔法を発動させるための布石。
サリーの背後にあの鈍色の裸婦が現れる。同時に彼女の右手に現れたペンデュラムが地面に刺さった。
「
サリーの声と共に地面より無数の棘が生まれる。
銀色のそれは先端が鋭く尖っていた。一部がフックのようになっていて一度でも刺されば抜くのが難しい造りだ。
人を傷つけることに特化した形である。
それが一斉にデイジーへと向かって伸びた。凄まじい速度で。
未だ砂は晴れていない。
目晦ましだけではなかった。
攻撃の起点を隠すという意味でもこの砂の幕は有効打だったのだ。
無数の棘が地面を穿つ。
デイジーは串刺しに……なっていない。
跳躍で躱していた。
だがそれでも襲い来る無数の棘。
その全てを手に持つ大剣で弾くデイジー。
驚くことにデイジーはその状態でサリーに詰め寄っていった。迫りくる棘を足場にして。
彼我の距離はどんどん狭まる。
「鋼鉄花狂咲! 『
額に冷や汗を滲ませながらサリーは叫んだ。同時に背後にいるアルラウネが小さく吠え地面に潜る。
そこから巨大な薔薇が生えてきた。まるでアルラウネ自身がその薔薇になったかのようだ。それほどに巨大。
花の幅は恐らく五メートル前後。それほどの大きさの薔薇の花が地面から生えているのだ。
その薔薇は鈍色である。よく見れば花弁は刃で出来ていた。幾重の刃が重なって薔薇の形を形成しているのだ。
それは宛らクレアの迦楼羅天を発動した時のあの銃器の翼の如し。
サリーは跳び、その薔薇の中央に立つ。
「
サリーが薔薇に手を置いた。
そして僅かに振える薔薇。
次の瞬間、薔薇の刃が一斉に発射される。
四方八方を問答無用、縦横無尽に飛び交う。
それらが空中で旋回して全てデイジーを狙った。
『血腥い刃の波濤』は薔薇の花弁に見立てられた刃の全体攻撃か。
刃の大きさは二メートルほど。それが数多あり、全ては数えきれない。
無慈悲な攻撃だ。
あのリング上では逃げ場など無い。
これほどの大技を持っていたのか。俺と戦った時には使用しなかった技だ。
刃が全て轟音と共に着弾した。
砂煙が巻き起こる。
全員が固唾を飲んでいた。
次第に砂煙が緩やかに晴れていく。
デイジーの姿はなかった
空を切り、地面に差さる刃の群れが美しくも虚しい。
俺は空中を仰いだ。
微かに見えたデイジーの動き。
彼女は空中に飛んで全ての刃を躱しきったのだ。ただ躱しただけじゃない。攻撃が当たる直前に自ら地面に手を翳し、砂煙を巻き起こして攻撃が当たったと誤認させていた。
さらに飛来するいくつかの刃を剣で叩き落としてもいる。
圧倒的。
サリーの凄まじい攻撃すら
デイジーは空中でさらに跳んだ。恐らくこれも魔法。
サリーはまだ慌てていない。
真っ直ぐにデイジーを睨む。
「
サリーが唱える。
同時に薔薇が生える地面から銀色の茨が一気に伸びた。その茨には鋭い棘が無数についている。
本当に薔薇のようだ。
茨は一瞬で絡まり、巨大な一本の槍となる。
それがデイジーに向かっていった。
対空攻撃だ。
一式、二式と続くことからこの技は複数の形を持っているのだろう。
その二つ目の攻撃がデイジーを狙う。
デイジーは迫りくる茨の槍を剣で受けた。
甲高い金属音が響く。
デイジーは受け止めた茨の側面に足を置いた。
「押しが足りないな! 『
ゴォという大きな音と共にデイジーの剣がサリーの蔦を切り裂いた。
正確には完全に切断には至っていない。
しかし、サリーの銀色の茨が弾き飛ばされた。
そのままデイジーはサリーに向かって急降下する。
「く!
「遅い! 『
デイジーの剣に強烈な風が纏う。それはまるで小さな台風だ。
そのまま強烈な刺突でサリーの薔薇を砕いた。
薔薇は粉々に砕け散る。
「きゃあ!」
サリーは地面に落ちて転がった。
同時に銀色の薔薇は破片諸共消えていく。
遅れて、地面からアルラウネが再び現れた。
サリーも立ち上がろうとする。
だが、そんな彼女の顔の前にデイジーが剣を突きつけられた。
勝負ありだ。
「チェックメイト。負けを認めろ、サリー」
「くっ……参りました……」
サリーは悔しそうにギブアップする。
アルラウネも悲哀に満ちた顔で消滅した。
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