第135話 オリエンテーション 19

 ロビンは砂浜に倒れ込んでいた。気絶しているのだ。


 俺は急いでロビンの下へ駆け寄る。


「ロビン! 大丈夫か!?」


 ロビンはぐったりしたまま動かない。額からは微かに血が流れていた。

 一瞬パニックになりそうになったが俺は奥歯を噛み締め冷静に努める。


「うぅ……」


 ロビンの近くには女生徒が二人いた。確か……黒髪のほうがユーリで銀髪のほうがエミリーだ。

 ユーリは呆然と座り、エミリーはしくしくと泣いていた。


 遅れてゴードンがやってくる。


「ロビンは! 大丈夫なのか!?」

「あぁ……恐らく脳震盪を起こしている。動かすのは危険だ。とりあえず、リチャード先生を呼んで来てくれ」

「心得た!」


 ゴードンが急いでリチャード先生を呼びに行ってくれた。

 俺はロビンをゆっくり寝かせる。


「うぅ……ごめんなさい。ごめんなさい……」


 不意にユーリが泣きながら謝りだした。

 エミリーも泣いている。


「何が……あったんだ?」


 俺の問いにエミリーが泣きながら答えてくれた。


「私が……作戦を失敗したの……それで……私を庇って……ロビン君がマジック・ドールの一撃を受けたの……だから……本当に……ごめんなさい」


 エミリーは泣きじゃくる。彼女の説明では要領は得られなかったが、どうやら何かしらの作戦の失敗がロビンを気絶させるに至ったのだろう。


 その後、ゴードンが急いで連れてきてくれたリチャード先生が診断してくれた。

 ロビンは脳震盪を起こしているほか、額の傷、両腕に打撲があったそうだ。

 だが、それらはリチャード先生の回復魔法で治癒できた。

 

 ただ、意識は回復していない。疲労も溜まっているので今夜はこのまま寝かせておくことになった。


 テレサ先生やリチャード先生曰く、オリエンテーション合宿ではこうしたことも度々あるので心配ないとのことだ。

 そう言われても俺の杞憂がなくなるわけではない。

 デイジーも心なしか顔色が優れない。


 学校の行事で気絶した人間が出るという事実に納得はいかないが、ロビンをリチャード先生に任せるほかない。


 俺は深呼吸をして精神を落ち着かせた。


 気絶したのはロビンだけだった。

 他のクラスメート達は、疲労困憊で敗北していたが気絶には至っていない。

 鎧のマジック・ドールは相手が戦闘不能に陥った場合停止する仕組みだったらしく、ロビンの気絶は不測の事態だったようだ。


 魔法の学校のオリエンテーション合宿。やはり俺の常識とは懸け離れている。


 試験終了の合図がデイジーから告げられ俺達はロッジへと引き上げた。


 部屋に戻り、普段着のジャージに着替える。

 ゴードンもタンクトップと短パンに着替え、ベッドに座った。


 ロビンはいない。ロビンは今夜、リチャード先生のいるロッジで眠ることになったからだ。心配だが、リチャード先生がいるならなんとかなるだろう。


「ロビン……大丈夫かな?」


 俺は呟く。

 ゴードンは天井を見上げた。


「毎年、この学園のオリエンテーション合宿では怪我人が続出するらしい。先輩方もそうした試練を乗り越えてきたはずだ。大丈夫。そのためにリチャード教諭のような高名な医療魔術師が帯同しているのだから」


 そう。ここは魔法使いを育てる学校だ。行く行くは王家護衛部隊やギルドの魔法使いになるために腕を磨く学校である。

 魔獣と闘うことも、魔法使い同士で闘うこともあるだろう。


 学校を卒業すればだいたいが闘いの中に身を置くことになるはずだ。

 だからこそ、この学校でこうした闘争の訓練は当たり前だし、怪我をすることもさせることも承知の上だろう。それがどうしても俺の常識から逸脱しているのだが。


 兎にも角にもディアレス学園は選ばれた者しか入れない。自らその狭き門に挑みこの学園に来たものばかりだ。


 それ故に全員こうしたことは覚悟しているはずである。

 はずである……が、ロビンは少し違う。

 親に命令されこの学園に来た人間だ。命令されて入れるロビンの才覚にも驚くが他の面々とは根底にある覚悟に差があるはずだ。


 誰かに言われて行った行為と自らが望んで行った行為では覚悟の差が如実に出る。

 その差が今回、ロビンを気絶させてしまったのではないか。


 そう考えてしまうのだ。

 無論、エミリーの言う通りなら彼女を庇って負傷したのだが……


 嫌な想像が脳内を駆け巡る。


 くそ! あの組み分けが俺と同じだったなら! こんなことにはならなかった。いや、あの砂の壁が出現した時に急いでロビンの場に行くべきだった!


 後悔が怒涛のように押し寄せる。

 今すぐ、ロビンと話したい。

 

 しかしそれは不可能だ。


「今は貴公も休め。いくら圧倒的な体力で試練を熟したとはいえ、身体は疲弊しているはずだ。それに……顔色が優れぬぞ」


 ゴードンの言葉にハッとした。

 部屋に備え付けられている鏡を見ると、青褪めた自分の顔がそこにはあった。


「ロビンのことが心配なのは貴公だけではない。我も、だ。が、今は自分達の回復に努めるべきであろう。我々が疲れ切った顔のままでは明日ロビンが起きた時に心配されるぞ」


 ゴードンはそう言ってベッドに潜った。

 そうだ。ゴードンの言う通りだ。

 後悔は後でもできる。今は……今できることに専念すべきだ。


「済まない。ありがとう、ゴードン」


 ゴードンは何も言わず手を振った。

 部屋の電気を消して、自分のベッドに入る。


 俺は良い友を持った。

 ゴードンとロビン。二人とも大事な友達だ。


 そう思った時、怖くなってしまった。獣王武人のことが。

 隠している罪悪感もある。それ以上に正体を晒した時の二人の反応が怖い。


 サリーの件もあった。

 唐突に訪れた恐怖を俺は脳から追い出す。


 全て忘れよう。

 今だけ。今だけ忘れて眠ろう。

 色んな事があったせいか眠気はすぐにやってきた。

 現実逃避だとしても、今はこの眠気を受け入れよう。


 俺は眠った。深く、深く、深く、眠りの世界に落ちて行った。

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