第134話 オリエンテーション 18

 鎧は唸りを上げて動き出す。右手の剣を高々と振り上げて。

 俺は低く構え、迎え撃つ。


 狙いはあそこだ!

 無慈悲に振り下ろされる鉄の剣。殺意も敵意もない。あるのは無機質な動作のみ。


 俺はそれを右に避ける。

 空を切って砂浜にめり込む鉄の剣。


 一瞬の間もなく、鎧はそのまま地の砂を持ち上げるように鉄の剣を下から上に振り上げた。


 生物では不可能な動きだ。こんな動きをしたら一発で関節が壊れる。

 生物でないからこその動き。だが俺は既にそれを読んでいる。

 先ほどの戦闘でこの鎧が生物的な動きをしないことは承知だからだ。


 俺は振り上げられた鉄の剣に足を置き、相手の勢いを利用して高く跳んだ。

 相手の頭上よりも高く跳ぶ。


 俺はそのまま落下の勢いを利用して相手の右肩に左足で強烈な踵落しを決めた。

 ガッキーンと甲高い金属音が響く。


 俺はその踵落しに使った左足を軸にして一気に右の膝を鎧の顔面に叩き込んだ。


 しかし、寸でのところで鎧は盾でそれを防ぐ。

 膝に響く鉄の感触。


 俺は即座に地面に降りて『月齢環歩』の三日月を鎧の右足に叩き込む。

 ぐらつく鎧はその体勢のまま鉄の剣で攻撃を仕掛けてきた。


 俺はその攻撃よりも早く、氣の込めた右手で鎧の腹を穿つ。

 氣が濁流の如く鎧の内部を駆け巡った。


 鎧に動きが鈍る。俺の眼前で鉄の剣が止まった。

 俺は左腕に氣を溜める。


 そして力強く、地面に踏み込んだ。


「宵月流奥義! 『崩月蓬廻ほうげつほうかい』!」


 俺の左腕が弧を描くようにフックの軌道で鎧の胴体を狙う。が、拳は胴体をスルーした。

 軸足を滑らせ、鎧の至近距離で身体を限界まで捻転させる。そして一瞬止まり、反動を使って一気に全身を戻す。


 さっきとは逆の軌道を描く。捻転の力が加味され鋭く尖らせた左肘の一撃が鎧の腹を穿った。


 ドンと大きな音と共に氣が流入する。

 鎧は吹き飛び、氣が爆ぜた。

 鎧を構成する鉄の欠片が吹き飛ぶ。


 相手の至近距離で身体を限界まで捩じり、放つ一撃必殺の肘撃ち、それが『崩月蓬廻』。本来は相手の攻撃に合わせて放つ返し技だが、鈍重な鎧相手なら通常の技として充分に使える。


 また氣術と合わせることでこのように武器を持った相手にも使えるのだ。

 渾身の一撃に確かな手応え。


 俺は勝利を確信する。

 残心を持ちつつ。悶えるように蠢く鎧に近づいた。


 鎧の身体は大破し、中身が見えている。がらんどうだった。

 氣の打撃によって手足の一部が破壊されたためか、立ち上がることもできず、地面でのたうち回っている。


 このままでも恐らく俺は試練を突破できるだろう。しかし地面に這う鎧の姿は余りにも不憫だった。

 俺は構える。次いで、氣を込めた正拳で下段突きを放った。


 その下段突きは鎧の頭部を破壊する。それはまるでガラスのようにガシャンと音を立てて壊れた。

 静かな起動音を呻き声のように放ち、鎧は動かなくなった。


「ふぅ~」


 呼吸を整える。

 久々に宵月流を使えた喜びに震えながら俺は残心を解いた。


 もう鎧は動かない。

 俺の勝ちだ。

 そう思った時、砂の壁が音を立てて崩れる。


 俺が周囲を見渡すと、クレア、サリー、ジュリアが悠然と立っていた。

 彼女らは俺より先に鎧を破壊したようだ。それぞれの近くに鎧の残骸が事切れている。


 一体は焦げて溶けて、真っ赤になっていた。

 一体はズタボロに切り刻まれていた。

 一体は……全身が少し溶けていて何か変な匂い……饐えた匂いが漂っていた。


 恐らくジュリアが倒した個体だが俺は彼女がどのような魔法を使うかわからない。故に何故あのような破壊のされ方をしているのか皆目見当もつかない。

 ただ、その近くで微笑むジュリアに少し慄いた。


 どこかその鎧の破壊のされ方が彼女らしいとも思ってしまう。

 ジュリアは俺と目が合うとニッコリ笑って手を振ってくれた。


 つい手を振り返す。

 その後ろでチラリと睨むクレアを見て即座に俺は手を引っ込めた。


「ふ~ん、普通科トップはアイガ君ね。成程、成程」


 テレサ先生は笑いながら何かを手元のノートに書き込む。

 やはり特別科の三人は俺より早く鎧の試練を突破したらしい。

 全く恐れ入る。


 普通科でのトップは俺か。

 他のクラスメートたちは大丈夫だろうか。特にロビンは戦闘向けじゃないからなおのこと心配だ。


 その時。

 砂の壁が崩れ落ちた。


 中から現れたのは……ゴードンだ。


「はぁはぁはぁ……」


 ゴードンは地面に膝をつき、体力の全てを使い切ったのかのように疲弊していた。

 その近くにボコボコになった鎧が転がっている。


 ゴードンの近くには誰もいない。

 そうか、ゴードンも一人だったのか。


「大丈夫か? ゴードン」


 俺はゴードンに駆け寄る。


「はぁはぁはぁ……元気そうに……見えるか?」


 減らず口を叩ける程度の余力はあるようだ。


 俺はゴードンに手を差し出す。

 ゴードンは俺の手を受け取って立ち上がった。


 多少怪我はしているようだが、殆ど軽傷のようだ。


 よかった、よかった。


「ゴードンも一人だったのか?」

「うむ……その口ぶりなら……アイガも一人だったか?」

「あぁ」


 ゴードンは俺が斃した鎧を眺める。


「流石だな。我など一体斃すだけでこんな有様なのに……貴公や特別科の面々は涼しい顔をしている。嫉妬すら烏滸がましいと思えるほどの差を感じておるわ」

「特別科はともかく……俺は単純に鍛え方が違うんだよ」


 俺はゴードンの胸を小突く。ゴードンは苦笑いでそれを受け止めた。

 ただゴードンの言いたいこともわかる。


 わかるのだが、特別科と俺を同列に扱うのは違う。

 あそこの三人は紛れもなく魔法を使って斃していた。


 体術と氣術を使った俺とは根本が異なる。

 俺の場合はイレギュラーなだけだ。


 それに……俺から言わせれば……

 契約もしていない、氣術もない、体力的に疲弊した状態で、あの鎧のマジック・ドールを斃したゴードンも凄いことに違いはない。


 カルテット・オーダーのオークショット家の血統たるゴードンもまた天才の領域にいる人間だと思うのは俺の思い違いなのだろうか。


 程なくして全ての砂の壁が崩れ落ちた。

 見渡すと、普通科のクラスメートたちが軒並み倒れている。

 鎧は不気味に彼らを見下していた。


 どうやら他の面々は敗北したようだ。

 俺はロビンを探す。

 この試練が始まって一番の心配がロビンだった。


 無事でいてくれればいいが。

 しかし……

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