第133話 オリエンテーション 17
お通夜のような空気だ。
全員がヘトヘトのまま食事をしている。
オリエンテーション合宿の疲労が全員に重く圧し掛かっていた。
ロビンは顔が真っ青だから余計心配になる。
ただ修練は当人の問題だ。
魔法使いを目指すなら己の力で乗り越えなくてはならない。
小一時間ほどで食事は終わる。やはりかなりの量が残った。
程なくして水平線に日が沈む。
黄昏だ。
太陽のいない空はその残滓で真っ赤に染まり、星が煌めく。
紫の炎が赤い空を焼いていた。
そろそろお開きか、そう思っていた時、不意に空気が変わる。
テレサ先生が徐に立ち上がり、帽子、サングラス、マスクを外した。初めてその相好が垣間見える。
先ほどの話ぶりから年齢が高めの妙齢の女性、といったイメージだったがその顔は本当に美しかった。
皺はおろか、シミも雀斑もない。
白くきめ細やかな肌はまるで卵のようだ。
褐色のデイジーが横にいるからだろうが、それもあって高名な白磁器のように美しさが際立った。
「さて、初日最終試練を始めましょうか」
テレサ先生が指を鳴らす。
同時に上空から大きな箱が落ちてきた。
宛らそれは棺桶の如く。
その箱が開く。
中から出てきたのは鎧だ。
西洋の鎧そのものが棺桶と思しき箱の中から出てきた。
その数全部で十体。
「さぁ! 今回の試練はシンプルよ。この鎧たちと闘いなさい! 試練の名前はそうね……『力比べ』……かしら?」
テレサ先生が再び指を鳴らす。
鎧たちが一斉に襲い掛かってきた。
おいおい、まずいな。
クラスメートたちは疲弊しきっている。未だ完全に体力は回復していない。
この状態での戦闘は……
そう思っていると砂が一瞬で壁を作るようにせり上がった。
「何?」
気が付くと俺と鎧が一対一で向き合う。
これは?
戸惑う俺は鎧から一定の距離を取る。鎧は動かずこちらを見ているだけだ。
「あぁ言い忘れていたわ。この砂の壁によって皆を分断しました。分断したメンバーはこちらで想定した組み合わせになっています」
また耳元でテレサ先生の声は響く。やはりこれは彼女の魔法なのか。本人はいないのに声だけが聞こえるのは違和感だが、もう慣れてきている自分もいた。
ところでテレサ先生の説明の通りなら俺以外の面々は最低でも誰かとコンビを組んでいるわけか。
どういう組み分けか気になるところだ。
ただ恐らく、この鎧を相手に一対一の格好になっているのは普通科では俺くらいかもしれないな。
「五分、時間を与えます。その間に今いるメンツと残っている力で眼前の鎧型マジック・ドールを斃す手段を考えなさい」
成程、今度の試練は幾分か優しい。
それにシンプルだ。
テレサ先生の口調から恐らく他のクラスメートたちはチームを組めている。
満身創痍の身体で団結力と判断力、発想力を以て敵を斃せ、というわけか。
そして俺が一人なのは……気遣いか?
わからん。
まぁ、一人の方が気楽でいい。
そして、五分が経った。
なんら相談する相手がいない中の五分はかなり長く感じる。
鎧の目が鈍く輝いた。
「時間です。五分経ったので『力比べ』を開始しますよ。諸君の武運を祈ります。それでは! 始め!」
ギィンと微かな起動音を奏でて鎧が動き出す。
鎧は右手には鉄の剣、左手には鉄の丸い盾を装備していた。その姿はまさに西洋風の鎧といった具合。昔見たドラマなどで金持ちの家に飾ってあるものにそっくりだった。
見た感じ剣のほうは然程手入れもされておらず錆だらけ、そして刃毀れもしている。切れ味もクソもない飾りの剣だろう。ただ鉄の塊と考えれば攻撃力はそれなりにある。
当たれば痛いでは済まないだろう。
「丹田開放!」
俺は魔人の証明を発動した。
背中に紋様が走る。
「丹田覚醒!」
続けて氣を流動させた。
手足が淡く群青に光る。
獣王武人は使わない。こんなところで使うには勿体なさすぎる。
俺は鎧を迎え撃った。
右に走り、砂の壁を蹴って鎧の頭上高く飛ぶ。
そのまま鎧の首目掛け鋭い廻し蹴りを叩きこんだ。
「ちぃ!」
流石に硬い。その反動が足に痛みとなって伝わる。
しかし、氣は通った。
鎧の顔面が弾け飛ぶ。前面を覆う鉄製パーツが砂に転がった。
俺は地面に着地すると同時に右ストレートを放つ。
鎧はそれを盾で防いだ。
流石だな。本来なら顔面の痛み、衝撃で動けない、もしくは動作が遅くなるはずだが、生物ではないためそういった隙は一切なかった。
俺は構わず、その盾目掛けて拳を振りぬく。
そのまま氣を流した。が、氣は通らない。
先ほどとは全く異なる手応えだ。
そうか、あの盾は本当にただの盾なのか。
魔素がなければ俺の氣は通らない。つまり氣による爆破、侵食といったダメージが発動しない。
そうなると、右手の剣も恐らく魔素がないただの武器。
これは面倒だな。鎧そのものは氣が通るが、鉄の剣と鉄の盾は氣が通らない。
盾は左手を覆う程度の大きさだがその分、小回りが利くため防御に徹せられると厄介だ。
俺は一歩下がって体勢を立て直した。
ただの戦闘とは違う。面倒で厄介。
だが、俺は嗤っていた。
久しぶりの全力の闘争に心が躍る。
その悦びを感じていたからだ。
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