第136話 オリエンテーション 20

 オリエンテーション合宿二日目が始まった。


 俺とゴードンは海に赴く。


 ロビンはいない。

 昨日、ロビンは最後の試練で脳震盪を起こして気絶してしまった。その後、リチャード先生に介抱されるも、大事をとって先生たちがいるロッジにて静養することとなったのだ。


 俺とゴードンは朝起きると同時にそのロッジに向かったがリチャード先生曰く、まだ寝ているとのことで会えなかった。

 ただ、既にダメージ自体は回復しているらしく、午後からの試練になら参加できるとのことだった。

 とりあえず、安心した。が、不安は拭えない。心配だ。


 こんな感情は初めてだった。

 いや、正確には初めてではない。


 前の世界にいた時から俺には友人などいなかった。

 学校生活は常に闘争の場だった。


 クレアを虐めるクズ共と殴り合いをする場所。それが学校というものだった。


 心配、憂い、杞憂、そうした感情は全てクレアに対してのみ向けられていた。

 それがこちらの世界に来てから初めて友人という存在にその感情が向けられたのだ。


 それはきっと喜ばしいことなのかもしれない。

 だけど心を穿つこの感情は思いのほか痛い。


 早く元気なロビンに会いたかった。


 そう思いながら俺は合宿二日目に挑む。心が疲弊したまま。


 二日目もまた海からだ。そのため今日も俺達は水着である。


 俺とゴードンが海に着く頃には既にクラスメートたちが揃っていた。

 そこに昨日いなかったパーシヴァル先生もいる。

 パーシヴァル先生は道着を着ていた。空手や柔道の道着だ。こうした道着がこちらの世界にもあることは知っていた。

 俺の師匠がよく着ていたからだ。


 パーシヴァル先生の白い道着は所々汚れている。

 血の跡もあった。


 それは普段からそれを着て練習をしているからだろう。

 西洋風の相貌のパーシヴァル先生によく似合っている。道着が馴染んでいるからだ。


 帯は黒を締めていた。

 不自然ではない。

 パーシヴァル先生の実力なら黒帯を締めていてもなんら不思議ではない。


 俺達が最後だったらしく、着いた瞬間パーシヴァル先生がこちらを睥睨した。

 その眼に宿る気迫に全員慄く。

 まるで猛獣が突然眼前に出現したような緊張が走った。


 一瞬間を置いてパーシヴァル先生は笑う。途端に緊張は解けた。


「揃ったな。さて……昨日は済まなかった! 不甲斐ないが寝込んでしまった。しかし! 今日は! 絶好調だ! 諸君らを一から鍛えてやる! 喜べ!」


 いつものパーシヴァル先生だ。

 全員の顔が引き締まる。


「さて。昨日君たちは特別科に大敗したようだな。どうせ『俺達は普通科だから』とか『特別科には勝てない』とか、そんな感情があったのではないか? 情けない。まずはその根性から叩き直すことにしよう」


 パーシヴァル先生は海を指さす。


「まずは魔法の維持訓練だ! 全員、海の上に立て!」


 は?

 海の上に立て?

 どうやって……

 あ! 魔法か!

 魔法を使って海に立つのか。

 それが試練なのか?


「おっと、言い忘れていたが使っていいのは水魔法のみだ」


 条件が足された。

 だが俺からすればそれがなんなのかさっぱりわからない。


「ふぅむ。成程」


 後ろでゴードンが何か頷いていた。

 どうしようか。

 その理由を聞きたいが、聞いたら俺が魔法が使えないということが露呈してしまうかもしれない。


 しかし、気になる。


「最早、貴様らに説明は不要だが一応言っておこう。海に立つということは魔法で海の流れ、つまり波の動きを感知しなければならない。その上で己の体重分を魔法で支える。発動と感知、さらに精緻な操作と維持が求められる。しかもそれを水魔法しか使えないという条件下なら難易度はさらに上がるだろう。風魔法や氷魔法での併用ができないからな。さぁグズグズするな。さっさと始めろ」


 そういうことか、得心がいった。

 今パーシヴァル先生が言った通り、それはとても難しい技法らしい。


 そう言えば昨日、サバイバルの試練の時川魚を捕る際にロビンとゴードンがそのようなやりとりをしていたな。

 それに遠泳のときもテレサ先生が水魔法で泳ぎのサポートに使う方法があったとも言っていた。加えてそれは大変疲れるとも。


 どうやらこの試練はかなり難しいことを要求しているようだ。


 ふむ。

 さてここで別の問題が発生する。

 俺はどうするか、だ。


 海の上に立つ。

 そんなことできるか。


 俺は魔法が使えない。

 故に不可能だ。

 氣術でどうにでもなるものでもない。

 自然の海に氣を送ったところで何も起こらない。

 例え獣王武人を使ったとしても海の上に立つことは叶わない。


 よもや始まる前から困難が立ちふさがるとは思ってもみなかった。

 さてさて、どうするか。


 俺が思案しているとき、パーシヴァル先生が近づいてきた。


「アイガ、ゴードン、お前らはいい」

「へ?」


 突然の免除に俺は呆ける。


「報告が遅くなって済まないが、お前とゴードンは別メニューだ。二人はこのまま島の西側に回れ。特別科と合流してそちらのメニューを熟すのだ」


 なんと。

 俺とゴードンは特別科と合同か。今日もクレアに会える。

 少し心が浮足立つ。


「我も……ですか?」


 ゴードンは驚いた顔をしていた。


「あぁ。力比べの試練を単独で突破したお前らは特別科に合流するべきだ。この道をまっすぐ行けば馬鹿でかい建物があるからすぐにわかる。そこで特別科が試練を行っているはずだ。さぁ早く向かいなさい」


 パーシヴァル先生はそう言うと、普通科のクラスメート達のほうへ帰っていった。

 俺とゴードンは目を合わせる。


「とりあえず……向かうか」

「う……うむ」


 ゴードンは少し緊張した面持ちになっていた。

 俺は嬉しさを隠しながら真面目な顔を作る。


 パーシヴァル先生に言われた通り、道を真っ直ぐ歩く。森の中に入ったが、気にせずさらに真っ直ぐ進む。


 サバイバルや宝探しの試練の時は獣道を直走っていたのでこうしたちゃんとした道を歩くのはこの島に来て初めてだった。


 一本道は木漏れ日が差し、時折芳香を伴った涼風が吹き抜ける。

 暑さを忘れる瞬間だった。


 十分ほど歩くと森から抜けた。

 そこは長閑な緑の平原だった。

 左手には海が広がっているが、俺達がいた南側と違い、ごつごつとした岩が乱立している。とてもここからは泳げないだろう。波も強い。


 右手には山があるがかなり険しかった。それはもう崖というレベルだ。

 平原の先に確かに大きな建物があった。一発でわかる。


 それは学園の修練場を小さくしたような施設だった。

 白い煉瓦と石で組み上げられたドーム状の建物はどこか厳かな雰囲気を放っている。

 頂点には十字架を模した石が置かれており宛ら教会のようにも見えた。

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