第131話 オリエンテーション 15
「では結果を発表するぞ! 特別科八十六点! 普通科二十二点! よって特別科の大勝だ!」
ん?
俺は自分の耳を疑った。
八十六? 二十二?
俺は駆けより特別科の壺の中身を見た。
中は白い玉が四つ、青い玉が五つ、黄色い玉が五つ、赤い玉が六つだった。
一方で普通科は俺が先ほど入れた黒い玉が二つ、赤い玉が二つだけだ。
何度数えても数は変わらない。
余りに虚しい光景に俺は目を丸くしながらゴードンを見る。
「すまん。手も足も出なかった」
肩を落とすゴードン。
それ以上俺は何も言えなかった。
しかし……じゃあ俺がクレア達と激戦を繰り広げたのは無駄骨じゃないか。
いや、最後の白熱した戦いに浮かされて忘れていたが元々、勝ち筋の薄い勝負をしていたんだ。
この結果は確定圏内のことではないか。
そう頭ではわかっていても現実を突き付けられるのは堪えるものだ。
その現実によって俺は崩れ落ちる。
いやはや……まさかここまで大敗しているとは。
「全く……お前らは……なんだ! この体たらくは!」
壺に凭れながら呆ける目で眺めるデイジーはかなり怒り心頭だった。
それもそうか。自分たちが受け持っているクラスがここまで大敗を喫すれば怒りたくもなるものか。
「今回、赤い玉に擬態させた白い玉を発見できれば君たち普通科にも勝ち目はあった。いや最初に団結して作戦を練っていれば充分チャンスはあった!」
同意見だ。
団結。それが勝つための最低条件だった。
三対十八という数字を使えば人海戦術でいくらでも有利に試合を運べる。
それなのに、初手から散り散りになったのだ。この時点でもう駄目だったんだろうな。
加えて白い球は赤い球に擬態していた。
これもまた少ない勝機をものにするチャンスだった。
赤い球に擬態しているとき、白い球は魔力を発していなかったのだから。
直前で赤い球を砕き、白い球にしてから壺に入れればいい。魔力探知でも引っかからず安全に運搬できる。
この部分をうまくつければもう少し点数は肉薄していただろう。
まぁ。先ほどの壺の中を見るに擬態していない普通の赤い玉もあったみたいだが。
チャンスを全て消したんだ。勝てるはずがない。
終わってみれば、結果論で『あぁしてればよかった』、『こうしてればよかった』なんて戯言は山ほど出てくる。
遅い。
全てが遅かった。
「魔力の感度を上げ、探索魔法でちゃんと赤い玉を確認できれば魔素の歪に気付けたはずだ! それに刺客を斃せば黒い玉も手に入ったのに。ここまで酷いとは思わなかった! 普通科はバツとしてあの島まで遠泳だ! 泳げ! 馬鹿どもが!」
キョトンしていた面々がデイジーの剣幕に圧倒される。
普通科の生徒は一斉に海に入った。
無論、俺もだ。
あの島まで! と指さした島は遥か先にある。
全員が猛省しながら泳いでいった。
今回、惜しいところが全くなかった。せめて作戦の立案くらいはしたかったものだ。
何もせずに敗北するのと、何か手を打って敗北するなら後者のほうが断然いい。
今回は本当に実りの薄い敗北だ。
俺も悔しさがこみ上げる。
その悔しさを力に変えて、俺は只管泳いだ。
一番のりで島に辿り着くと砂浜には看板が立てられていた。
『さっさと戻ってこい』
これは魔法で今用意されたのだろうか。それとも前もって用意されていたのだろうか。
俺は考えながらそのまま引き返してまた遠泳を開始した。
三十分ほどで元居た島に戻ると特別科の面々が砂場でビーチバレーをしていた。
「あ、お帰り~アイガ。さっすが~一番早いね」
「まぁな」
クラスメートたちはやっとあの島に辿り着いた頃だった。
顔を濡らす海水を拭いながら俺は辺りを見渡す。
デイジーはいなかった。
「デイジー先生なら森の中にマジック・ドールを回収しにいったわよ。あ、私達は自由時間らしいから適当に遊んでいたの」
成程。確かにあんなものを置きっぱなしにしておくのはマズいな。
ただ、そこは人力で回収するのか。
妙なところでこの世界はアナログだ。
さて、俺も三人に交じって遊んでいいものか。
流石にそれは他のクラスメートに悪いか。
「アイガくぅん、一緒に遊ぼうよ」
ジュリアが腕を絡ませてきた。
やはり彼女の胸は恐ろしい。一瞬で目が釘付けになる。
「は!」
俺は凄まじい怒気を感じた。
クレアが真っ黒な眼でこちらを見ている。
「ク……クレア?」
「なに?」
全く笑っていないクレアの笑顔に背筋が凍った。
その時。
ふと一陣の風が吹く。香しい香りを伴って。
全員の視線がそちらへ向かった。
そこには黒い傘を差した人間がいた。
全身黒ずくめ。
唾の広い黒い帽子を被り、黒いドレスを身に纏い、黒い手袋をして、黒いマスク、黒いサングラスをした全身真っ黒な女性だった。
肌が見える場所が一切ない不気味な女性がこちらを見ながら無機質に、不気味に、そこに立っていた。
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