第130話 オリエンテーション 14

「も~言ってよ~転んだだけって~」


 クレアはそう言いながら両手を合わせて『ごめんね』と意思表示していた。


 俺は陥没した自分の鼻を抓んで元に戻す。

 キュポンと音がした……ような気がした。


 しかし……あの一連の動きの中でどこに釈明する隙間があったのだろうか。

 クレアと遭遇してから俺の顔面に拳が飛んでくるまで一切情け容赦などなく、謝罪する機会もなかったが……


 ダメだ。考えないようにしよう。どうせ答えは出てこない。


「でもアイガ、玉持ってないみたいだね」


 クレアが俺を眺める。恐らく魔法の力で探知しながら見ているのだろう。


「持ってないよ。俺は地道に探す以外ないし、持っていたとしてもクレア達ならわかるんだろ?」


 俺の言葉にクレアとサリーが目を合わせた。


「そうなんだよね。本当にアイガからは玉の気配が感じられないや」

「そのようですね」


 二人は納得したようだ。


「じゃあ、私達は行くね。アイガも頑張ってね~」

「そう言うなら奪いに来ないでくれよ」


 俺の問いかけにクレアは悪戯っ子のようにニンマリ笑って森の奥へと消えて行った。

 最後にサリーが微かにお辞儀したのは恐らく謝罪だと思うが、どの部分を謝っているのだろうか。


 意外とサリーは強かなのかもしれない。

 

 さて。

 こちらも出発しよう。

 時間があまりないはずだ。




 クレア、サリーと別れてから既に一時間以上が経過している。制限時間までもう十分もないはずだ。

 既に俺は黒い玉二つ分のパーツを掌中に収めていた。


 あれからクラスメートの悲鳴などを頼りに刺客であるマジック・ドールを探しだし何とか破壊しまくった。


 偶然、既に破壊されたマジック・ドールを二体発見できたのは幸運だった。

 さらにそのマジック・ドールは玉の欠片が回収されていなかったことも僥倖だ。


 恐らく、迎撃に成功したものの他の奴らに漁夫の利を取られまいと、碌に調べもせず置いていったのだろう。


 ありがたい。

 それで何とか黒い玉が二つ分を確保できた。


 さらにあれから特別科の面々とは会っていない。

 やはり玉は欠片の状態ではなんら魔力を発していないのだろう。


 合体させるならゴールの直前のほうが良い。

 現状、俺が二十点持っている。これなら既にゴードンたちがやられていてもまだチャンスがあるはずだ。


 しかし、そうなると問題なのは白い玉。

 あれが気になる。


 それに宝探しというゲームの性質もおかしい。

 これでは単純に宝の奪い合いだ。


 宝探しという名前が余りにも引っ掛けすぎる。


 その時だった。

 俺の目の前に何かがキラリと光る。


 周囲を警戒しながら俺はそれに近づいた。

 赤い玉だ。

 草むらの中に赤い玉が転がっていた。


 まさか、自力で発見するとは。

 一点の赤い玉だからこそ放置されていたのか。それとも本当に誰も見つけていないのか。


 俺はとりあえずそれを拾い上げた。

 改めてよく見ると野球のボールくらいの大きさだ。

 綺麗な真球の玉は赤く煌めいている。


 俺は何気なくその玉を天に翳した。昔、前の世界で見たドラマで宝石を太陽に掲げるシーンがあったのでそれを真似ただけだ。なんの意味のない行為である。


 暑い日差しが玉を貫く。

 その光に俺は違和感を覚えた。


「ん?」


 何故だろうか、言葉では言い難いこの違和感は。

 俺は玉に力を込める。


 しかし玉はびくともしない。


「どうせ一点だし、まぁいいか」


 俺は氣を発動した。

 その氣が玉に流れ込む。

 すると玉に罅が走った。魔素に反応して氣が玉を破壊したのだ。


 俺は構わず氣を込める。

 罅は一気に広がり、そして玉を完全に破壊した。


「なんと!」


 俺はそれを持って急いでゴールである砂場に走った。

 偶然の発見とはいえ、これは幸運と不運の間。ネット上で揺れるボールだ。

 どちらに転ぶかはまだわからない。


 寧ろ不運のほうが強い。その証拠のように、あと少しというところで気配がした。


 咄嗟に止まる。

 眼前にはクレアとサリーがいた。


「アイガぁ~なんか持ってない~?」


 どうやらバレているようだ。


「おいおい、俺は時間が来たから帰ってきただけだぞ」

「嘘はダメ。アイガから魔力感じるよ。持っているでしょ。しかも……白!」


 そう、俺は今白い玉を持っている。

 あの赤い玉を割った中から現れたのが白い玉だった。


 そして白い玉が一回り小さかった理由が分かった。

 赤い玉に擬態する性質上どうしても一回り小さくせざるを得なかったのだ。


 さらにあの赤い玉のコーティングが剥がれたことで魔力を発してしまったようだ。


 ただ、それは予想通り。

 ここからが正念場だ。


 炎使いのクレア相手に正面突破は難しい。しかも、時間もない。

 俺は後ろをチラ見する。

 いつの間にかジュリアがそこにいた。


「やっほ~」


 可愛くウィンクするジュリア。

 見逃してはくれなさそうだ。

 前門の虎後門の狼といったところか。


「はい、アイガ! 白い玉渡して!」


 クレアが優しく手を伸ばす。

 が、闘志が犇々と伝わった。

 獣王武人を発動すれば恐らく突破は可能。


 ただ、それは禁じ手。

 俺は白い玉を取り出す。


 クレア達は渡してくれると思ったのか頬が緩んだ。


 一瞬のチャンスだ。

 俺は白い玉を持って投球のフォームに入った。


「アイガ!?」

「悪いな! クレア! 俺は諦めが悪いんだ! それと! サッカーよりも野球派だ!」


 上手投げのオーソドックスなフォームから俺は思いきり白い玉をぶん投げた。

 剛速球の如く、唸りを上げて白い玉は砂場に向かう。


「嘘でしょ!」


 クレアとサリーの視線がそちらへ向かう。

 同時に俺は走った。


「あ! クレア! サリー!」


 背後にいたジュリアだけが俺の動きに気付いたが、遅い。


「ほへ?」

「な?」


 呆ける二人の間を抜けた。

 純粋な脚力なら俺の勝ちだ。


「アイガ!」


 チラリと後ろを振り返ればクレアとサリーが魔法で俺を狙う。

 炎と鎖が一気に飛び出した。


 俺はそれを氣で満たされた右手で払う。

 殺傷力の欠片もない魔法では俺は止められない。


 一気に駆け、砂場に出た。

 そこには普通科の面々が座っている。

 すでに力尽きたメンツだろう。その中にはゴードンやロビンもいた。


 ゴードンだけが俺の動きに反応して壺の近くに走った。

 俺が投げた白い玉は今、俺の足元に転がっている。それを素早く蹴り上げた。

 因みに俺はサッカーも大好きだ。


「ゴードン!」

「心得た!」


 サッカーボールの如く、放物線を描いて白い玉がゴードンの手元へ赴く。

 あとはゴードンがキャッチして壺に入れれば終わりだ。


 行ける!

 そう判断した時、パァンと乾いた音が響いた。


 クレアの拳銃だ。

 放たれた弾丸が白い玉に当たり、玉は再び空中へと弾かれる。


 全員の視線が白い玉に行く。

 俺はジャンプしてその白い玉を取ろうとした。


 だが、背後より伸びた鎖がその玉を捕らえる


 サリーだ。

 結果、俺が見つけた白い玉は一組の壺へと吸い込まれていった。


「あっぶなー!」

「ギリギリでしたね」


 二人のコンビネーションの前に俺は敗北した。

 だが、地面に着地すると同時に俺はポケットから黒い玉の欠片を取り出す。


「な!?」

「アイガ!?」


 二人が驚く中即座に黒い玉を組み立てて、普通科の壺に入れた。


 白い玉は囮だ。

 安全に黒い玉を壺に入れるための。

 これで何とか最低限の仕事はできた。


「ちょっと! アイガ黒い玉もってたの? え? なんで? 魔力の反応なかったじゃん!」

「黒い玉は合体させないと魔力を発しない仕様なんだろ。まぁ奥の手だ」

「そんなのどこにあったの!? 私達でも見つけられないなんて」

「マジック・ドールの中だよ。これはマジック・ドールをぶっ倒した奴だけ手に入れられるご褒美だったんだよ」

「そんな……」


 クレアとサリーは悔しそうだ。

 少し溜飲が下がった。

 あとからジュリアが面倒くさそうに森から出てきた。彼女だけはどうにも本気じゃなかったようだが。


「それまで!」


 後ろでデイジーの魔法で轟音が鳴り響いた。

 宝探し、これにて終了だ。


 さて、勝負の行方は……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る