第125話 オリエンテーション 9
「大丈夫? ユーリ?」
「え?」
突然声を掛けられて私は驚いた。
声の主は隣にいたエミリーだ。
そうか、今はオリエンテーション合宿の真っただ中だ。
現実逃避の旅は終わる。
エミリーはディアレス学園に入ってからできた友達だ。
エミリー・スチュワート。
私と同じ中流貴族のスチュワート家の女の子だ。
親友だと思っている。彼女には何でも話せるから。
「なんか、ボーっとしてたけど……日射病とかじゃない?」
エミリーは長い銀髪を掻き揚げなら私を眺める。
銀色の瞳はいつ見ても美しく吸い込まれそうになる。
「大丈夫だよ」
私は笑顔でそう返した。
「ほんとうにぃ? ダメそうなら言いなよ」
エミリーも笑顔で返してくれた。
もう物思いに耽るのはやめておこう。
とりあえず、目下最大の目的は食料の確保。
まさか、『食事は自分で用意しろ』と言われるとは思わなかった。
勉強や魔法なら多少の心得はあるけれど、料理なんてしたことない。
それどころか食材の用意までしなくてはならないなんて。
不安に駆られながら私とエミリーで森に入って採ってきた食材を並べる。
どれが食べられるものだろうか。
一応全部食べられそうだけど。
私は意を決して一つ黄色い木の実を手に取った。
「食べるの?」
エミリーが不安そうな顔で聞いてくる。
「だってお腹減っているもの」
そう言ったけど本当は違う。私は実験体のつもりだった。私がこれを食べて何ともなければエミリーに薦められるし、ダメなら私一人の犠牲で済む。
私は心の中で覚悟を決めた。
そして、黄色い木の実を口に入れようとしたその時。
「止めなよ」
私の腕を誰かが掴んだ。
「へ?」
力強い。びっくりした。
「あ……」
目の前にいたのはアイガ君だ。
筋肉の塊でまるで鎧がそのまま肉体になったかのような人だった。
彼とちゃんと会話するのは初めてだ。
だから、私は驚くしかできなかった。
「それ、毒があるよ」
アイガ君の一言に私は「へ?」と情けない声を出しながら持っていた木の実を落とす。
「これ、作りすぎたからよかったらどうぞ。こっちなら安全だから」
そう言ってアイガ君は持っていたお皿を私達に手渡してくれた。彼は片手で器用に二つのお皿をもっていたので一つを私が、もう一つをエミリーが受け取る。
私のお皿には焼き魚が、エミリーのお皿には魚の煮物のようなものがあった。
渡された瞬間、いい匂いがふわっと香る。
空腹のお腹が刺激された。
「いいの?」
「あぁ。口にあえばいいけど」
アイガ君はそのまま元の場所に戻っていった。
「良かったね、ユーリ。ご飯分けてもらえたよ」
隣でエミリーがニッコリと笑う。
「そうだね」
エミリーは私が落とした木の実を拾った。
「これ、毒があったんだね」
「そうみたい」
「危なかったじゃん」
エミリーは思いきりその木の実を海に向かって投げる。
木の実は放物線を描きながら海に落ちて、沈んでいった。
「危機一髪だね」
「ユーリってば暢気すぎ。もう……」
エミリーは少し怒ったような表情だった。
私のことを慮ってくれているのだろうか。
「ごめんて。まぁまぁ、折角アイガ君がご飯くれたし、食べようよ」
「そうだね」
私とエミリーは仲良く横並びで座り、アイガ君がくれた料理を頬張った。
「美味しい!」
「本当だね!」
驚いた。
想像の何倍も美味しかったから。
あの短時間でここまで料理ができるなんて。
凄すぎる。
私はアイガ君のほうを見た。横目で確認するとエミリーも同じ方向を見ている。
アイガ君は自分たちの料理を皿に装ってまた別のグループにお裾分けしていた。
「はぁ~よく見たらアイガ君って優良物件だよね」
「え?」
エミリーはそう言いながらため息を吐いた。
優良物件。それは家屋や土地に使う言葉だけどエミリーが使う場合は違う。
その意味を私は知っていた。
これは恋に恋する乙女たるエミリーらしい表現なのだ。
「だって、アイガ君ってディアレス学園に転入してくるくらいだからきっと凄い魔法の才能があるんでしょ。それにあの筋肉見なよ。もう鎧じゃん。超恰好いいし。顔だって別に悪くないしね」
エミリーの目が輝いている。
もう彼に恋してしまったのかもしれない。
でもエミリーの気持ちはわからないわけじゃない。
私もアイガ君は本当に恰好いいと思うから。でもそれは恋心じゃないのだけど。
「そうだね」
私は小さく相槌を打った。
「それにゴードン君に勝っちゃうし、魔獣も斃しちゃうし、それにこんな美味しい料理をこんな大自然の中で作っちゃうし……マジ優良物件じゃん」
そう、彼女のいう優良物件とは彼女の条件に当てはまる殿方を指す言葉だ。
彼女のお眼鏡に会う、または彼女の心の中にある条件に複数当てはまると『優良物件』という称号を貰える。
「でも……」
エミリーの目が曇った。
恋する乙女が現実に戻ってきたみたいだ。
「あの人に勝てる気はしないな」
エミリーがそう言って視線を移す。
その先にいたのは、クレアさんだ。
学園始まって以来の大天才『紅蓮の切札』、クレア・ヒナタさん。
魔法のセンス、魔力量、全てが段違い。格が全く違う特別科の中でも頭一つ抜きんでた存在。
私からすればあまりにも遠くにいる人だ。
つい、私もそんなクレアさんを見てしまった。
すると、クレアさんと目が合う。
彼女はにっこりと笑った。
瞬間、背中に怖気が奔る。
エミリーも同様だったみたいだ。
「多分……釘を刺されたのかも……」
「だろうね……」
私達はぺこりと頭を下げて視線を戻した。
「あ~あ、やっぱ優良物件にはもう人が住んでいるのね」
「そうだね」
「世知辛い」
そう言いながらエミリーはアイガ君から貰った焼き魚を頬張った。
私は笑いながら貰った料理を食べる。
ふと思った。
私もいつかエミリーみたいに恋に恋することができるのだろうか。
今のままで別にいいんだけれど。
普通科を卒業して、ベイカー家から逃げ出せればそれで。
そう考えていると遠くの方で鳥の無く声が聞こえた。
そして何故か父の顔を思い出してしまった。
何故なんだろうか……
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