第124話 オリエンテーション 8
私の名前はユーリ・ベイカー。
ディアレス学園の一年三組普通科に通う女子学生。
見た目は本当、地味。
なんの特徴もない普通の学生。身長も体重も全部平均値。
艶のない黒髪をアレンジすることもなく普通に降ろしている。長さは肩くらいまで。理由はこれ以上伸ばすとセットが面倒だから。
自慢できるのは視力くらいかな。昔から目だけは良かった。
中流貴族の次女だから、って言い訳しているけどファッションにも無頓着。変に見られないようにする程度。今も来ている水着だって市販品だから。
この辺りは両親の影響なのかもしれない。
ちょっとだけ自分語りをさせてほしい。
ベイカー家は元々、貴族の中でも中の中。特筆することもなく、また軽んじられることもない。そんな一族。
一言でいえば地味。
いてもいなくても一緒。
そんなうちの一族の現当主が父。
モットーは現状維持。今の状態のままでいられるなら構わないって考えの人。
ただ、母は違った。
上昇志向の塊のような人だ。
母は私を含めて兄妹全員に魔法の家庭教師をつけて徹底的に勉強をさせた。
それは勉強ではなく虐待だった。
正直母は狂っていたと思う。
私達を自分の第二の人生だと思っていたくらいに。
その母が一番厳しく勉強を叩きこんだのが長兄のバイロンだった。
因みにうちは長兄バイロン、次兄ダニー、長女ホリー、そして次女の私で四兄弟。
バイロン兄さんは睡眠時間を削って母からおかしいと思えるほど勉強をさせられた。一人で三人の家庭教師を付けられ徹底的に魔法を教え込まれた。
休むことは許されず、遊ぶことも許されず、只管勉強の毎日。
そして壊れた。
ある日家を飛び出してそのまま今でも行方が分からない。
それまで私達に無関心だった父は初めて母を怒鳴りつけた。それはきっと貴族の人間の出奔という失態が己の立場を悪くすると思ったからだろうな。
母は心血を注いだ最高傑作を失ったこと、軽蔑していた父からの叱責、他の家族から見放されたことでこれまた壊れた。
結果、自死を選ぶ。
けど、そこは甘々な母。結局死ねなかった。でも心は壊れたままだ。
今も病院で入院している。
貴族の体裁から離婚はしていないけど父はとうに母を見限っているし、父の一族も同じだ。
母のほうの親族は我関せず。
と、いうのも母の妹、私にとっての叔母が
元々母が妄執に取り憑かれた原因がこの叔母さん。
それまで母は一流の教育を受けていた。が、たった少しだけ運が良かったことで自分よりも上の貴族に嫁いだことと、それによって一族の期待が妹に集中したことで敗北感を感じてしまった。
常に見下していた妹に負けたその屈辱。私にはわからないけどそれが母を蝕んだ。
そこから一族を見返すため、己のプライドを守るため、母は私達を生贄にした。
それも全て水泡に帰すのだけれど。
母の一族の本音は中流貴族に嫁いだ失敗作に感けている場合じゃない、だろう。
ベイカー家が落ちぶれようがどうでもいいはずだ。それよりも叔母のほうが大事。それは傍から見ていてもわかる。痛いほどに。
しかし、ベイカー家は落ちぶれていない。長兄が出奔しようが、母親が壊れようが落ちぶれていない。
そこまでの地位にいなかったのだ。
一族のごたごたが漏れたところで笑い話にもならない。
ベイカーという一族は他の貴族から見ればその程度だったというわけ。
父は安堵し、今もせっせと中流という名の安全地帯を彷徨っている。
多分、父も壊れているのだろう。
ただ、母が壊れた結果私達は自由を手に入れた。
ダニー兄さんは家督を継ぐため父に従っている。けど元々母のことを毛嫌いしていたし、兄さんは父と同じ性質だからか楽しそうだ。
兄さんは一番父親に似ていると思う。顔も性格も。
姉のホリーと私は完全にほったらかしになった。
でも姉は逆に自由を謳歌している。時折寂しそうな表情をするけれど。
そんな姉さんが一番末っ子でまだあまり母の教育を受けていなかった私ならこの一族から抜け出せると、私にディアレス学園を薦めてくれた。
『この一族はもう手遅れよ。父は自分の立場に固執し、母は己の妄執に囚われ、結果私達は壊れた。一番上の兄は壊れて逃げ出し、二番目の兄は壊れたまま父に従っている。私も壊れたままどうすればいいかわからない。でも貴方は違う。まだ間に合う。だから力をつけてこの一族から逃げなさい。ディアレスならきっとそれが叶うはず。そして貴方だけの幸せを見つけて』
その時の姉の顔は忘れられない。どこか母親に似ていた。
迷った。だけど姉の言葉は真実だ。
私はここから抜け出すために勉学に励み、そしてなんとかディアレス学園に入った。
家庭教師から魔法のことを学んでいたこと。それだけは母親に感謝している。
ただ、ディアレス学園に入って一か月で自分の力量を把握した。
やはり私はベイカー家の人間だ。
一番にはなれない。ただビリでもない。本当に平均だ。普通という道から外れることはない。
そして更なる現実を知る。
特別科だ。
その世界にいる化け物たち。あそこにいる人たちは同じ人間とは思えなかった
魔法のセンス、魔力の量、どれを取っても桁が違う。また、既に契約をしているという事実。
どう考えてもおかしい。
次元が違う。
私は笑うしかなかった。現実逃避だ。
それでも私は諦めなかった。
普通科なら、この普通科で頑張れば私はまだ大丈夫だと思っていた。
けれど……その考えも間違いだった。
貴族特権が無い。その所為で……
まさか
運が悪すぎる。
しかもゴードン君は横暴だった。
取り巻き二人を従えてまるで暴君のように普通科を支配していた。
でも、私は虐められていない。きっとそれは取るに足らない、いや、記憶にすら残らないベイカー家の次女なんてどうでもよかったんだろう。
兎にも角にも問題はあったけど回避は可能だった。
それが変わったのは……あの人が来てからだろう。
普通科に突然やってきた転入生、アイガ・ツキガミ君。
不遜な物言いに横柄な態度。当然、ゴードン君に目を付けられた。
二人は闘い、そしてアイガ君が勝った。
信じられなかった。
圧倒的な筋肉による純粋なパワーだけでゴードン君を倒したのだから。あの時、アイガ君は魔法を使っていない。
遠目だったけど視力だけはいいからしっかり見えていた。
魔素も歪な動きをしただけで魔法は使っていないはずだ。
ただ、ナニカ……別の恐ろしいナニカを使った気がしたのだけど。それが何なのかは未だにわからない。
ただただ怖かった。それだけは今も覚えている。
そしてその後、学園に起きた未曽有の大事件。
魔獣侵入、テロ組織の画策、その犯人が私達のクラスメートだったモーガン君とオブライエン君だったあの事件。
衝撃的すぎて私は夢を見ているのだろうかと思った。でも全部現実だった。
事件後、アイガ君がテロ事件の解決を手伝ったと聞いた。
納得できる。彼なら。
それからアイガ君はゴードン君とも仲良くなった。
それに特別科のクレアさんとも知り合いだったらしくあっという間にサリーさんやジュリアさんとも仲良くなってしまった。
本当に凄い。
彼もまた別次元の人間なのだろう。
私如きとは違う。
本当に……
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